(昨日の続きです)


翌日は漢方の診察日でした。


元嫁さんも同じドクターに診察を受けているので、性格もわかってみえて、彼女の病状も私から話してあります。


その上で、こんなことがありましたとお通夜のことを話しました。


「長男はちゃんとできたと思うし、成長を感じられて本当に嬉しかったのです。


夫もとても喜んでくれてました。


なのに私の気持ちは晴れません」


脈をとってドクターが言いました。


「わかって欲しかった?」


「そうかもしれません。結局元嫁さんには、葬儀に出ることよりも、心で送ることが大切だと、伝わらなかったんですよね


次から次へと言葉が溢れ、ドクターが真剣に聞いてくれるのでつい続けてしまいます。


しかし私の診察時間が長くなると、後の予約が遅れこむので、


「少し時間がかかりそうですが、きっと整理できると思います。ありがとうございます」


と、話を切り上げました。




すぐに気持ちが晴れるわけもなく、すぐ帰る気にもなれず、私はボンヤリしたままコンビニコーヒーを買いました。


このままだと運転も危いと、今ブログを書いています。


書いていて思い出しました。


前の姑が亡くなった時のことを



それは耳を疑うような、義兄の言葉でした。


「子供らは学校と仕事があるだろう。ばあちゃんの葬式には出なくていい」


障害のある次男を葬儀に出したくないからか、勝手にそう決められてしまいました。


私の長男はすでに大人になってましたから、


「何で出たらいかんのや!」


と怒って、勝手に一般客とともに通夜に出席しました。


そんな長男を、義兄は睨みつけていたそうです。



障害のある次男は、自分の父親の葬儀の時でさえ学校に行かされ、葬儀に出してもらえませんでした。


せめてお別れだけでもと、通夜が終わった後、次男を父親に合わせるため、客が引けてから連れてきたのを思い出しました。


それも、誰も声をかけてくれるわけでもなく、私が勝手に連れてきたのです。


さすがに実の子供ですから、文句は言われませんでしたが、何とも寂しく情けなく感じました。



思い出して、未だポロポロと泣けてくるのは、その時の想いが片付いてない証拠です。


だから、元嫁さんが長男にさせたことが、心の傷を刺激して、過剰に反応して、苦しかったのです。


あぁ、そうだったんだとかわかると、私の気持ちは一気に晴れてきました。


今の気持ちが整理されたと同時に、過去の辛い記憶を手放すことができたのです。



以前は私も、葬儀や法事は生きてる人が気持ちを整理するためにやるんだと勘違いしていました。


しかし実は、葬儀は亡くなった人のためでもあるのです。


死んでも意識や体がある感覚は残ります。


自分はここに存在しているのに、声は届かず、体はものをすり抜ける。


おかしいと思って見ていると、ベットに自分が横たわっています。


それでも死んだことが理解できずにいると、通夜と葬儀が行われて、徐々に状況理解してくるのです。


それをいきなり火葬しようものなら、しかもまだ霊視線が繋がっているようなら、亡くなった人は火あぶりにされる感覚に襲われてしまいます。

(霊子線は死後24時間ほどで切れ、体の感覚から解放されます)


人生最後のセレモニー、葬儀に真心をプラスして、亡き人の幸せを願っていただきたいと思います。