(昨日の続きです)

元嫁さんとは、中学から友人として付き合い、お互いに結婚してからも家族ぐるみの付き合いがあり、共依存になって医者に付き合いを止められました。


子供の学校で再開してからも、当たらず触らずで避けていたくらいです。


しかし夫と付き合いだして結婚となると、子供のことがあるので、そうもいきません。


最初は何を言い出すかわからない元嫁さんが怖くてたまりませんでした。


話をしていると、いつの間にか相手のペースにはまって、頭が混乱して、妙に凹むのです。


まるでサブリミナルのように、何が原因か気づかないまま刷り込まれてる感じです。


何度も付き合いを切りたかったけど、指導霊から「付き合っておかないと後々困る」と言われて、渋々最低限で付き合っていました。



発病した秋は、まだ学生だった次男をどうするかということもあり、話し合わざるを得ないことが増え、ストレスフルに過ごしていました。


その年明けの2月、指導霊が私の意識を変える一言をくださいました。

「元嫁さんをもっと愛しなさい。あなたはその意味をわかっている」


そう言われても…と、その時はどうすればいいのか、全くわかりませんでした。



翌月、余命宣告された3月頃、夫が「友人として見送ってやってほしい」と言い出しました。


この世で遺恨を残すと、成仏(あの世の幸せ)が得られにくいからです。


あれほど結婚生活で苦労した夫の方が「元嫁にも幸せになってほしい」と、本気で考えているのです。


それに対して私は「無理!友達じゃないから!仕方なく付き合ってるから!」と夫に主張していました。

夫の考え方自体は素晴らしいと思う、けど私が元嫁さんと友達付き合いは絶対無理!と思っていたのです。

でも、指導霊の言葉を忘れるはずもなく、私は他人が自分を見るようにして、何を考えているか観察してみました。



…私は何が嫌なんだろう


だって、あんな訳のわからないことをする人と、友達という括りで一緒にされたくない!


…だけど、元嫁さんは必要で私の前に居てくれるんだよね。そのことに感謝してないよね。


私だけじゃなくて、子供にまで悪影響してるのに、何を感謝すればいいの?

…元嫁さんがいたから子供たちがいてくれるんだよね。

長男だって、元嫁そっくりで、ちっとも可愛くない!


けど、子供達のことは大切だし、私の修行のために一緒に居てくれることはわかるから、感謝できる。


…それなら、夫の子供たちを産んでくれたことに感謝できるんじゃないの?


元嫁さんを友人として見送ることに、何か不都合でもあるの?


…元嫁とは友達じゃないとこだわって、私はそれで幸せなの?



自分に何度も問いかけるうち、友達と言われてもどうでもいいやと、つまらないこだわりを捨てることができました。


元嫁さんが少しでも楽に、少しでも幸せを感じるように生きてもらえるよう、努力していこうと思いました。


がん治っちゃったよ!全員集合!に連れて行ったり、子供たちの小さかった頃の苦労話を聞いたり…

新しいイベントに参加できたり、子供たちの情報を得られたり、
私が何かしてあげているようでも、逆にいただいたこともたくさん出てきました。


一番嬉しかったのは、元嫁さんと似ている長男のことです。


生理的に嫌!全く理解できない!と思っていたのに、気がつけば自分の子供と同じように、自然に接することができるようになりました。


元嫁さんと付き合うことが平気になったから、似ている長男に対しても自然に接することができるようになったのでしょう。

また次男は挨拶もしなかったのが、私とも話すようになってくれました。

 

元嫁さんの病気が再発したときは、真っ先に私を頼って連絡をくれたこともありました。

 

もちろんそうした中でも、長男や元嫁さんは依存しやすい傾向にあるので、適度な距離を保つことにも注意しています。


どうしても譲れないところは、こだわってでも信念を曲げてはいけないと思います。

ただ、日常生活の中で苦しくなったら、「私は何にこだわっているんだろう?」と気持ちを整理するだけでも、楽になれることが多くあります。

そのこだわりを捨てたとして、何か困ることがあるんだろうか?と考えて、問題なさそうなら手放した方がいい。

こだわりたくないのに、どうしても手放せないこだわりは、「いつか手放せるから、今はこれでいい」と考える。

こだわりがすぐ見つからない、自分だけで整理できない複雑に絡まった悩みは、夫に協力してもらって解決しています。

そうして「こうでなければいけない」という決めつけを、一つずつ減らすことで、ずいぶん生きやすくなってきたと感謝しています。