天理教には、「八つのほこり」という教えがあります。


親神様の思いに反する、自己中な考え方を、心に積もる「ほこり」とし、日々このほこりを掃うことで私たちは正しく生きることができるという教えです。

「おしい・ほしい・にくい・かわい・うらみ・はらだち・よく・こうまん」という「八つのほこり」を私が見た時、ほこりの順番が後になるほど、自分で気づきにくく掃いにくいほこりであると思いました。

これは天理教で教えていただいたわけではなく、あくまで私の見解なのですが、「こうまん・高慢」という最後に書かれた心の汚れは、宗教を学んだものほどつきやすく、一番気がつきにくく、一番落としにくい、一番やっかいなほこりだと思うのです。


自分は素晴らしい法を学んでいるという、その思いが人を見下げる種になるからです。


また、霊能力が強くなると、人が知らないようなことがわかるので、どうしても高慢になりがちです。


私は幸い、調子に乗った時や、霊能力を面白がった時に、何度も指導霊から「謙虚でありなさい」と教えていただきました。

言われるたびに、失敗した💦と凹むのですが、言っていただけるのは、ものすごくありがたいことです。


もともとプライドの高い私のことですから、言われなければ天狗にも負けないほど、鼻が高くなっていたでしょう。


私が思うに、霊能力がある人はたくさんいても、かつ人徳を持った方というのは少ないと感じます。


霊能力は、人に役立てるように、必要で授かっているものですが、それを自分の力と勘違いして、自分の王国を作りたがる人、自慢する人のなんと多いことか。

霊媒体質の私は、そうした方から見れば、王国の仲間にしたい人間に映るようで、そうしたお誘いが何度かありました。

そうした方はカリスマ性があるというか、どこか人を惹きつける話術や魅力を持っているもので、ついフラフラとまた会いたいと思ってしまいます。

そのたびに、「会う必要があるか考えなさい。会うなら気をつけなさい。油断しないように」と、指導霊から注意していただきました。

優しく、強く、力あるものほど謙虚である…

私もそのような人になりたいと願っています。

 

 

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