私は嫌だと思う人に会うと、その人の良いところを探す癖をつけていました。

 

私が誰かの愚痴をこぼすと、人には凸凹があるから、その人の良いところを見てあげて、と夫がよく言っていたからです。

 

しかし、自分が素晴らしいと思う人に会うと、私の理想の人!とばかりに、舞い上がってしまうところがありました。

 

その都度、「その人の欠点を探しなさい」と霊指導を受けても、最初は何がいけないのすらわかりませんでした。

 

私の良くない癖で、素晴らしい講師の話を聞くと、「すごい人に会えた!」と惚れ込んでしまって、その人をまるっと真似して、自分にコピーしようとしてしまい、私の良さが消えてしまう危険があるのだと、後になってわかりました。

 

自分に自信がなかったから、芯が強い人の真似をしたら、私も自信が持てるんじゃないかと思っていたんでしょうね。

 

 

昔から人に合わせすぎて、自分がわからなくなることがあり、「自分がない」と指摘されて、尚更これではいけないと思うばかりでした。

 

しかし、人によっては、他人に合わせられないことでぶつかったり、相手を傷つけてしまったり、しかもそれに気づかないこともあると、いろんな人と話をする中で気がついてきました。

 

そんなある日、八角形の模様を見ていて考えました。

 

神様は、ある人を八方向全てから見ることができるのだろう。

 

しかし私たち人間は、人や物事の一面、せいぜい二面くらいを見て評価したり、判断することしかできないんだろう。

 

でも見ることができないからこそ、相手を思いやる気持ちや、新鮮な発見に喜びを感じることができるのだろう。

 

相手がどんな人かを判断する時には、できるだけ多くの情報を得て、多方面から見る努力をする必要があるんじゃないか。

 

相手がわかれば、相手のしてほしいこと、欲しい言葉がわかってくるだろうし、相手に喜んでもらえる確率は高くなるだろう。

 

今思えば、自分に芯がないと思っていたのは、自分の弱い一面だけを大きくクローズアップし、幻の完璧な私と比べていただけに過ぎなかったと思います。

 

 

私は私でいい、あなたはあなたでいい

 

そんな風に認められると、自己承認欲求が満たされて、心が落ち着いてきます。

 

でも人間はそのままではいられません。

 

人間の魂は、本能的に成長する性質があります。

 

なので、あなたのままでいいんですよと言われ、承認欲求が満たされると、その次は自然と己の成長のために動きたくなってくるものなんです。

 

誰かのために働こう、自分のために幸せを大きくしよう

 

各自が様々な成長をしようと、様々なことにチャレンジしていくでしょう。

 

 

…何年か前まで、私は人が怖くて堪らなかった。

 

でも今は、つくづく人は素晴らしいと、人が愛おしいと思うのです。

 

 

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