幸せになりたいと、若いころから考えていました。

中学生の頃は、「彼ができたら幸せになれる!」と思ってました。

高校生になって、彼(実はこの人が現在の夫)ができました。今度は「痩せたら幸せになれる!」と思っていました。

社会人になって、ダイエットしたら一気にちやほやされて、すぐにリバウンドして今度はヒソヒソ話をされるようになりました。
「一時的な関心ではなく、一生愛してくれる男性に側にいてほしい。結婚したら幸せになれる!」と考えました。

結婚して子供が生まれると、「〇〇だったら幸せなのに」はもっと増えました。
皮膚炎が治ってくれたら…
離乳食をちゃんと食べてくれたら…
お遊戯をしてくれたら…
勉強をしてくれたら…

そうしてくれたら、そうなったら私は幸せなのに。

三男が生まれた頃、次男の障害が発覚しました。
じきに、病気ひとつしたことない長男が腎炎で半年の入院となり、その間に父がガンで亡くなりました。

なんで私ばかりこんな目に合うんだろう。

子供たちに優しくしたいのに、余裕もなく当たり散らしてばかりで全然ダメな母親だ。

いつも幸せになりたい、気持ちが楽になりたいと願っていました。

私は幸せというものは、恵まれた環境で、悩みが全くない状態を指すと勘違いをしていました。

今思うと、小学生並みに未熟だったと笑えるものの、当時は真剣に悩んでいたんです。


私は、このような「〇〇だったら幸せ」というのを相対的幸せと呼んでいます。

相手がこうなれば、環境がこうなれば、という他者に依存した幸せです。

対して、環境に左右されない「何があっても幸せ」だと感じられることを、絶対的な幸せと呼んでいます。

他人から見て、いかにも不幸だと思える環境でも、本人は幸せだと感じている、そうした自分主体の幸せです。

私が23時間幸せ計画で目指しているものは、この「絶対的な幸せ」なのです。

 

 

 

 

無料で使えるパッチワーク型紙

QueSeraSera