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<成田空港>

キルギスから日本に帰国して2ヶ月半が経ちました。
ブログだけ読んでる人からすると、前回のウズベキスタン旅行、続きどうなった?状態です。し、ていうか「JICAキルギス」どうなった?ですが、
国家の束縛と闘いながら2年間のボランティア活動をなんとか終え、日本に帰って晴れて自由の身となり、「水を得た魚」になって、今、ロシアに旅行に来てます!


前回のブログの続きですが、ウズベキスタンのサマルカンドの次に行ったブハラと言う歴史地区は、建物も通りも古めかしいけど趣があって、近代的なサマルカンドとは違う魅力のある、素敵な町でした。

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そのブハラで起きた主な出来事は、

①キルギス料理のドゥンダマが、実はウズベキスタンの家庭料理だと判明。

②アフガニスタン人に拉致されそうな私を2人のウズベク人が守る事件。

の二つくらいです。

簡単に説明すると、

ロシア料理やグルジア料理、ドゥンガン料理ばかり人気で、自分達の伝統料理が少ないキルギスで、
「ドゥンダマは本当に美味しい!」
ってキルギス人に向かって絶賛していたのに、ガイドブックに「ウズベキスタンの家庭料理」と紹介されていてショックを受けました。
キルギス人もドゥンダマはキルギス料理だって言って、よく作ってくれていたのに。

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でも。

ここウズベキスタンは、ご飯がどれもキルギスより美味しい。
私の大好きなドゥンダマがキルギス料理ではなくウズベキスタン料理だとすると。
キルギスで食べているのより、本物はさらに美味しいかもしれない!
本物のドゥンダマを食べなければ!!

と思って、ブハラにいる間、レストランを覗いては「ドゥンダマある?」って聞いて回って(ドゥンダマって単語を日に20回以上使いました。掛ける4日。)、
昼に夕にドゥンダマを探し続けたんですが、

ないんですよ、ドゥンダマ。
レストランにも食堂にも。
1回だけ「あるよ」って言われて出された料理はドゥンダマじゃなかったし。
全然違うし。

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(または、全部をスープに入れて混ぜて自分でドゥンダマにする仕組みなのか)

ブハラ最終日、「ウズベク人、ドゥンダマを知らないんじゃないの!?」って半分キレてた私ですが、仲良くなったゲストハウスのお母さんにお願いしたら作ってくれましたー!

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めちゃくちゃ美味しかったです!
今まで食べたドゥンダマの中で1番美味しかったです!
ドゥンダマは、ウズベキスタンの家庭料理に違いない!


二つ目の「拉致(未遂)事件」は、サマルカンドからブハラへの長距離バスから乗り換えた後の、乗り合いバスで起きました。

私が乗ったブハラへ向かう乗り合いバスに、途中でアフガニスタン人のおじさんが乗ってきました。
スマホが壊れて町に修理に行くらしく、運転手に店の場所を聞いていましたが、運転手のウズベク人は公用語のはずのロシア語が分からない様です。
アフガニスタン人はもちろんウズベク語が話せません。

その時バスに乗っていた乗客は、簡単なロシア語を理解出来て、ウズベク語によく似たキルギス語を話せる日本人の私だけだったので、
2人の間に入って通訳をしてあげました。

そしたら、

アフガニスタン人に気に入られました。

「君、日本人?観光で来たの?ロシア語もウズベク語も出来るなんて偉いな!僕はこの近くに工場を5つ持ってるんだ。助けてくれたお礼に明日にでも君を招待するよ。」
「ブハラではどこに泊まるの?予約してる?そこいくら?僕の知り合いのホテルなら君を1ドル(約100円)で泊めてあげるよ。良いホテルだよ。1ドルのホテルなんて日本にはないだろう?あっはっは。」
「ブハラに着いたら僕のタクシーで送っていくよ。町でお茶でも飲もう。奢るよ。」
「電話番号はあるかな?WhatsAppは?連絡先を交換しよう!
おっと、忘れてた、今、スマホ壊れてるんだった。」
とか何とか、アフガニスタン人のおじさんが一人で喋ってるうちに、乗り合いバスがブハラの入り口に着きました。

ここからはタクシーに乗り換えて町に入るんですが、アフガニスタン人はさっさと私のバックパックを持つと、自分が呼んだタクシーに私を連れて行こうとしました。

車内の様子から私の身を心配した乗り合いバスの運転手が、もの凄い怖い顔で私に向かって、
「あいつのタクシーには乗るな。このタクシーに一人で乗るんだ。荷物をすぐに返してもらえ。あいつには絶対付いて行くな。」
って言ってきて、さらにタクシーの運転手にも、
「彼女をゲストハウスまで乗せて行け。あの男が彼女の荷物を持って行ったけど、絶対あいつと一緒に行かせるな。お前が彼女を送るんだ!」
と、これまたもの凄い怖い顔で言うので、若いタクシー運転手もなんとなく状況を察し、

タクシー運転手「おい、彼女の荷物をこっちに渡せ。」
アフガニスタン人「僕が彼女を送って行くから大丈夫だ。」
タクシー「いや、彼女は俺のタクシーに乗るんだ。」
アフガニスタン「違う。僕と一緒に行くんだ。」
タクシー「何でお前と一緒に行くんだ。お前、誰だ。」

みたいなやり取りの後、タクシー運転手が私のバックパックを取り返し、私がタクシーに乗るとすぐに出発しました。
それを見届けて、乗り合いバスの運転手も出発して行きました。

タクシーの中で。

運転手「誰なの?さっきの男。」
私「いや、知らない人。アフガニスタン人だって。」
運転手「いつ知り合ったの?」
私「え、今。さっきのバスで。」
運転手「何であなたを連れて行こうとしてたわけ?」
私「なんか、お茶飲もうって言ってたけど。」
運転手「はあ…???」
……。
私「危なかったかな?」
運転手「当たり前でしょうっ!!!」

危なかったらしい ( ̄▽ ̄)

2人のウズベク人運転手が男前で良かったです。
あ、顔じゃなくて。行動。

簡単な説明のつもりがちょっと長くなりました。

ウズベキスタン旅行からキルギスに戻り、6月半ばまでの仕事を真面目にやり終えて、
「アラクル湖」と言うキルギスが誇る絶景、標高3,800メートルの崖から見下ろす天空の湖トレッキングをして、
(ここ、ホントに凄いんですよー。私、2回目だったけど2回とも感動しました。ちなみに1回目に行った時は、帰りに大迷子になって台湾人のヤーシンとキルギス人の女子高生と犬のリオと夜中に4時間も森をさまよった痛い話があったんですけど、まあ、省略します)

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そして、7月3日に日本に帰国しました。

2日間、東京で帰国後の研修やら健康診断やら受けて、実家に帰った後は2ヶ月くらい、

起きる→食べる→休む→食べる→読書→食べる→飲む→寝る

と言う、廃人の様な生活をしていました。
(何でかって、暑過ぎるからです!日本の夏が!)

間で、たまにランチ。たまに飲み会。たまにカラオケ。
温泉2回。
ちょっとフィリピン。
岡山で飲む。広島で飲む。
大阪でビザを取る。東京でビザを取る。
を経て、

今、

ロシアにいます。

もう「JICAキルギス」関係なくなりましたが、もう少しブログ書くかもしれません。
(^^)

…書かないかもしれません。
(^_^;)