去る令和元年8月25日、第51回(令和元年度)社会保険労務士試験(以下「社労士試験」という)が実施されました。

平成」から「令和」に改元された最初の社労士試験ですから、出題傾向を変え、設問内容も長文化又は難問化するであろうことは予想していました。

そして、これから述べる「日本ケミカル事件最高裁判決(平成30.7.19)」は、択一式における労働基準法の問題〔問6-D〕に出題されたものです。

【事案】
原告は、調剤薬局で働く薬剤師であるが、その労働条件通知書の内容は、次のとおりである。

(1)被上告人である薬剤師は、平成24年11月10日、調剤薬局の運営を主たる業務とする上告人(調剤薬局)との間で、次の内容の雇用契約(以下「本件雇用契約」という)を締結した。
①業務内容  
薬剤師(調剤業務全般及び服薬指導等)
②就業時間  
月曜日から水曜日まで及び金曜日は午前9時から午後7時30分まで(休憩時間は午後1時から午後3時30分までの150分)
また、木曜日及び土曜日は午前9時から午後1時まで
③休日及び休暇 
日曜日、祝祭日、夏季3日、年末年始(12月31日から1月3日まで)及び年次有給休暇
④賃金(月額) 
基本給46万1500円、業務手当10万1000円
⑤支払時期 
毎月10日締め25日支払

(2)被上告人(薬剤師)は、平成25年1月21日から同26年3月31日までの間、上告人(調剤薬局)が運営する薬局において、薬剤師として勤務し、上記(1)④の基本給及び業務手当の支払を受けた。被上告人の1か月当たりの平均所定労働時間は157.3時間であり、この間の被上告人(薬剤師)の時間外労働等の時間を賃金の計算期間である1か月間ごとにみると、全15回のうち30時間以上が3回、20時間未満が2回であり、その余の10回は20時間台であった。

(3)①本件雇用契約に係る契約書には、賃金について、「月額562,500円(残業手当を含む)」、「給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」との記載があった。
②本件雇用契約に係る採用条件確認書には、「月額給与461,500 円」、「業務手当 101,000円みなし時間外手当」、「時間外勤務手当の取り扱いは年収に見込み残業代を含む」、「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」との記載があった。
③上告人(調剤薬局)の賃金規程には「業務手当は、一賃金支払期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」との記載があった。
④上告人(調剤薬局)と被上告人(薬剤師)以外の各従業員との間で作成された確認書には、業務手当月額として確定金額の記載があり、また「業務手当は、固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します」等の記載があった。
⑤上告人(調剤薬局)は、タイムカードを用いて従業員の労働時間を管理していたが、タイムカードに打刻されるのは、出勤時刻と退勤時刻のみであった。被上告人(薬剤師)は平成25年2月3日以降は、休憩時間に30分間業務に従事していたが、これについてはタイムカードによる管理がされていなかった。
また、上告人(調剤薬局)が被上告人(薬剤師)に交付した毎月の給与支給明細書には、時間外労働時間や時給単価を記載する欄があったが、これらの欄はほぼ全ての月において空欄であった。

【原審(高等裁判所)の判決】
いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。

〔注1〕以上の判決文は、第51回(令和元年度)社労士試験における労働基準法〔問6-D〕とまったく同じですね。つまり、社労士試験では、高等裁判所の判決文を引用して、あたかもそれが最高裁判所の判例であるかのように出題し、受験生を惑わしたというわけです

しかし、最高裁判所は、当該原審(高等裁判所)の判決による細かな要件までは不要であるとして、破棄差戻しをしているのです

つまり、最高裁判所としては、原審が述べるまでの要件は必要なく、もっと要件を緩和しなさいと言っているのです。

〔注2〕しかし、この設問に対しては、最高裁判所の判断枠組みをきちんと知っていれば容易に「誤り」だと分かりますよね。つまり…
①通常の賃金の部分と割増賃金の部分とが「判別」できること(判別可能性
②実際の割増賃金の額が定額残業代の額を超えるときは、その「差額」を支払うこと(精算

※ この箇所は、本試験直前の「直前対策生講義」で触れたところです。が、まさか高裁判決文を引用するとまでは予想もしていませんでした😟

【最高裁判所の判断のブレ】
社労士試験に出題される最高裁判例としては、定額残業代制(固定残業代制、みなし残業代制)における上記①と②の要件を知っていればよいのですが、どうも最近の最高裁判例にはブレが見られます。

(1)従来の最高裁判例である「判別可能性」について、この判例では、契約書などの記載だけではなく、契約時の説明などをも考慮して検討していますから、どうも「判別可能性」よりも「対価性」を重視しているように思われるのです。
業務手当」であるから、それを割増賃金の全部又は一部と考えているのでしょうか?
極端なことを言うならば、割増賃金の算定基礎から除外される賃金(家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当など)は、まさか割増賃金とは認められないでしょう。
それでは、時間外・休日労働の対価として支給する「業績手当」とか「仕事手当」とか、様々な名称として支給される対価性のある手当は、どうなるのでしょう?

(2)また、最高裁判所は、実際の時間外・休日労働の時間数により算定された額と定額残業代の額との間に大きな乖離がないことも、定額残業代制が認められる一因だとしています

確かに、従来の裁判例では実際の割増賃金に相当する額と定額残業代の額との間に大きな乖離がある事例が多く、だからこそ訴訟にまで発展しているわけですが、仮に時間外・休日労働をまったくしなかった月がある場合、賃金全額払の原則により定額残業代の額をも労働者に支給しなければならないことは当然として、大きな乖離があると解釈されるのではないでしょうか?

※ まあ、いずれにしても、社労士試験がマークシート形式の国家試験だからといって、難解な最高裁判例を原審(高等裁判所)の判決と比べて出題するとは……ねぇ。