友達0人なら、年賀状って超憂鬱イベントだよね。 | 友達0人ですが何か?

友達0人ですが何か?

友達0人のサラリーマンでしたが、アーリーリタイアして専業投資家になったブログです。

12月は、内向型人間にとって忘年会やら大掃除やら憂鬱イベント目白押しの恐怖月間ですが、その中でも超弩級憂鬱イベントが年賀状です。

自分が子供の頃はプリントゴッコが全盛でしたが、あれのテレビCMが流れる度に、ドキーっとして胃の下の方がキュッとなってました。

何故なら、年賀状は年に一度の友達リトマス試験紙だからです。

昔は今と違って、学校でもクラス全員の住所氏名を明記したクラス名簿が普通に全校生徒に渡されていましたので、その名簿を見ながら誰に出すべきか出さざるべきかを悩む訳です。

毎年くれそうな、幼馴染チックな奴はすぐ決まるとして、来るのか来ないのか微妙な義理チックな間柄の奴をどうするのか運命の分かれ道です。

キャラ的にこいつは律義者だからくれる筈だとか、こいつはこういう系には無頓着だから無理かなとかいろいろ分析するわけです。

そして大概、自分を甘目に評価してこいつもこいつもくれる筈だよなと思い込んで、当初予定よりかなり嵩増しして張り切って作ります。

そして一月一日元旦、地獄の窯が開きます。

昔は朝起きると、もう配達されてました。

うちでは、年賀状を家族別に仕分けするのは親父の役目でした。

皆見ている前で、さっさっと分けていきますが、自分宛ては中々出て来ません。

山積みになっていく親達の年賀状の横でたまにポツッポツッと気紛れのように自分のエリアに置かれていきます。

その差は歴然です。いや、でもまだ下の方にまとめて自分宛てのはがきが偏っているのかもと微かな期待を胸に、じっと親父の手元を見つめます。

しかし無常にもだんだん手元の年賀状が残り少なくなって行きます。

そして最後の一枚すら自分宛てでなく無事全部配り終え最終審判は下されました。

自分だけポッツーンと僅か数枚しか置いてありません。山にもなりません。

肩身の狭い思いをしながら、まず誰から来たかを真っ先にチェックします。

やはりというか甘目に見積もった人からはただの一枚も来てません。

去年知り合って内心結構、班でも喋ったし、つりも一回だけ行ったよなと自分の中では固いと思ってた奴からも来てません。

結局、定番の幼馴染の基礎票オンリーで、浮動票は0という体たらくでした。

あとはこちらが出してないのに、1年間一言も口を訊く機会の無かった学級委員長的なキャラから来ています。こいつ自分にまで出すくらいだからクラス全員に出してるよなと義理感満載ですが、少しだけ嬉しい哀しい自分がいます。

そして1月2日は郵便が休みで、1月3日から自分が出したけど来てなかった片思いの友達から、バラッバラッと届きます。

家族に、こいつどんだけ片思いなんだよwって笑われているようで恥ずかしい・・・

そして今年も最悪な1年の幕が開くのです。

しかもこのイベント毎年、年を経るごとにただでさえも少ない年賀状がだんだん減って行きます。

ついには自分が高3の頃には、半分義理で来てる幼馴染1枚のみになってしまいました。

両親の我が子ながら心底情けないっていう表情を見て居たたまれないです。

「昔はもっと来てたよなぁ」って溜息つきながら話している声が漏れ聞こえます。

何が辛いって両親に友達0人だと知られるのが一番辛かったですね。


大人になってからの話になりますが、去年までは会社関係が来てましたが、来年からはもう会社関係にも一切送りませんので、完全0枚になります。

今はもう、年賀状0枚ですが何か?という気分です。


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