もはや、“参加することに意義がある”を忘れたオリンピックはやめるべきである! | トミー稲垣のブログ

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2020年に開催される、東京オリンピック。



『コンパクト五輪』として、
『お金をかけないように』をモットーに、
2年後の開催に向けて順調に計画が進んでいる。



…というのは嘘八百で、
皆様も各メディアでの報道でよくご存知であろうと思うが、
まだまだ問題は山積みで、決して順調とは言えない状態である。



『コンパクト五輪』どころか、どんどんお金をかけて、
どんどん派手にしようとしているのだ。

見栄っぱりの日本は、
「過去の開催国よりも、開会式・閉会式を、派手に!
豪華にしなければ!」

次から次へとお金をかける。



『コンパクト五輪』はどこへやら…。

過去の開催国も、かつてはそうだったのであろう。

もはや、オリンピックは『スポーツの祭典』ではなく、
『派手さの競争』になってしまっている。

競技施設においても、「収容人数を増やさなければ」
「より高級な施設にしなければ」という見栄っぱり精神に
押しつぶされそうになっているのではないか。

当然、お金がないと
開催国立候補はおろか、出場すらできない

そもそも、経済的に、
ある程度の余裕がある人(もしくは裕福)でないと、
スポーツなど続けられないのである。



大会に出場できる選手は、恵まれているのである。



“国を背負って”といえば聞こえは良いが、
国の“税金も”背負って出場していることを
忘れないでほしい。

果たして“オリンピック”とは、
人々の努力を称え、感動を生む場所であるのか。

それとも、
ごくごく一部の、生まれもっての“才能”“環境”
恵まれた人たち“だけ”の祭典なのか。

これは、オリンピックの本質を問う問題である。


2020年東京オリンピックの次の、
2024年の開催都市は【パリ】と決まったが、
実はすでに、次の次(2028年)の開催都市が
【ロサンゼルス】ということまで決まっている。



それは何故かというと、
「オリンピックをぜひわが国で!」
手を挙げる国が少なくなってしまったからである。

何故、立候補国が減少しているのか。

それは、「お金がかかりすぎるから」である。

現在のように経済が大変な時に、
オリンピックのために使うお金が残っている国が
どれほどあると言えるのだろうか?



IOC(国際オリンピック委員会)としても、
次の次の!開催国まで決めておかなければならない
という、異常な状態なのである。



しかも東京オリンピックは、
当初1兆3,500億円で開催できると試算されていたが、
先日、会計検査院が調査をしたところ、
3兆円もかかることが判明した。




「東京オリンピックはお金がかからない」
ということを売りにしていたが、
真実はその真逆であるということを
関係者は知っていた上で国民に隠し
“日本にもたらす経済効果”
(しかもその恩恵を受けるのはほんの一部であろう)

だけをうたい、
インチキして五輪開催国に挙手した
責任をとってもらいたい。

そのお金は、
我々国民の血税であることを
到底理解していないのだから、
さらに腹立たしい思いがしてならない。

古代ギリシャで始まった
『スポーツの祭典・オリンピック』の、
“参加することに意義がある”という精神は、
一体どこへ行ってしまったのか。



今や完全に商業ベースとなり、
「お金をかけなければ成り立たない!」
という傾向になってしまっている。

これでは、本来の精神とは、
完全に相反する状態
ではないか!

今、多くの国が一堂に会する
『スポーツの祭典・オリンピック』の本質を、
もう一度考え直す時期に来ている。

それすらできないのであれは、
オリンピック自体、やめるべきである!

わたしは、東京オリンピックの開催に、
大!大!大!大反対である!!!!!

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