『自分教』ガイド

世界の様々な思想・哲学・宗教を探査し、最後にたどりついたのは『自分教』でした。
『自分教』にたどりつきつつある人が増えていると思います。
そのような方々を応援し、かつ自身の『自分教』を磨き上げる為にブログを書いて行きます。


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みなさん、こんにちは。とうしんです。

2月に入り節分・旧正月と越えてきて、いよいよ2018年も本線に突入しつつある今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。

●今年2018年は「11」な年

2018年は、数秘術でみると「2+0+1+8=11」となります。さらに戌年の「戌」は11番目の干支でもありますから、今年はかなり「11」な年だと言えそうです。数秘を読み解ける人がいたら、今年は「11」をテーマとしてあれこれ考えるのも良いかも知れませんね。

ちなみに「11」には「双子」のニュアンスがあります。すると今年は「戊戌」年で、「戊」と「戌」は「一」があるかないかでほとんど同じ漢字というのも興味深い。まるで「王将」と「玉将」みたいに。これも双子的です。

それで、今月末にはいよいよ我が処女作「ワンネスは2つある」の発売となりますが、その発売予定日である「2月27日」もまた、「2+2+7=11」となって「11」の日です。もう「11」ずくしで、「11」の神にロックオン状態です(笑)。
 

ところで数秘と言えばオススメのサイトがありますアリスカルディア数秘術 このサイトは、「自分教ガイド」でも何度かご紹介してきた「アニマンダラ~負け組進化論」の提唱者・天海ヒロさんのもう一つの顔です。天海さんは数秘術の研究家・プロ鑑定士でもあり、アリスカルディア数秘術もまた、アニマンダラ同様に独自の視点で構築された天海さんオリジナルの数秘術となっています。このサイトで公開されている情報だけでもお腹いっぱいになるぐらい、奥深い叡智を出し惜しみせずに披露されていますので、数秘に興味のある方には超オススメです。


さて「双子」のニュアンスを持つ「11」は、すなわち「双対性」にも通じています。ということで、本日は昨年12月18日に書いた記事の続きとして、「双対性」について思うところをいろいろと論じていきたいと思います。

それではさっそく始めましょう。

 

 

本日のテーマ:

「相対性」と「双対性」について(中編)

●「一元」こそが幻想

前編(12月18日の記事)において、相対性とは「見せかけ“2”の関係」であり、その実は「一元論」であるということを書きました。これが前編の中で一番強調しておきたい内容でした。

ざっとスピリチュアル周りのブログを閲覧してみると、やはり相対性を「二元性」と捉えている人が多いです。相対性とは「陰・陽」「男・女」とか「表・裏」「高・低」「主・客」などの関係性のことですが、これを「二元性」と言うわけです。(※この例の中で「主・客」だけは他と根本的な意味が違いますが、本日はそこには立ち入らずに進めさせて頂きます。悪しからず。)

もちろん「二元性」という言葉の一般的な使い方がそうだということで、「みんなそう使っている」という意味において、意図した内容が通じ合っているのなら問題はないでしょう。学術的な世界でもない限り、何も細部に拘ることはないじゃないかと。

しかし、とうしんはその微妙なところに拘ります。人間が閉じ込められている領域からの脱出を目論む《ヌーソロジー~自分教》にとっては、そういう細部にこそ突破口があるということが分かるからです。

それで、相対性を二元性と捉える人達は、その二元性の正体を見抜けば「2つは1つ」になって消滅すると解きます。それが「ワンネス」とか「ノンデュアリティ」であり、覚醒や見性体験と言われるもの。その体験にもいろんなレベルがあり、頭で理論的に納得して感じる解放もあれば、実際にその現場に遭遇して全身で感じる解放もあります。ここではそのレベルは問いません。それに、体験といっても「体験する人」がいないのだから、それは「体験」でもない……などというノンデュアリティ論議も一旦は横に置いておきましょう(笑)。

あれ? それだったら、とうしんが言う「最初から一元論だ」ということと結局は同じじゃないの? と思われるかも知れません。確かに「ワンネス」「ノンデュアリティ」は「一元」ということですから、同じことを言っているみたいですよね。ここは整理が必要です。

ここで、いきなり結論を言えばこうです。「ワンネス」や「ノンデュアリティ」は「一元が真実だ」と言っているのに対して、とうしんは「一元が幻想だ」と言っているのです。全く正反対のことを言っているのですよ。

「一元が幻想」だって? ということは何か、アンタ、まさかアンタが言おうとしてるのは………はい、その通り。私が言おうとしているのは、「二元が真実だ」ということです。それが本日のテーマである「双対性」ということです。双対性という意味での二元です。今日は結論が早いですね。なかなか良い展開です。

「双対性」とは英語で"duality"(デュアリティ)。だから私の主張は「ノンデュアリティ」ではなく「デュアリティ」なのです。このことは、かつて「ビバ・デュアリティ!」という題で記事にしたこともあります(2015年11~12月頃)。《ヌーソロジー~自分教》では一貫した主張です。私はこれを「双対性宇宙論」とか「双子宇宙論」と呼んだりしています。新著「ワンネスは2つある」の主旨も結局はこのことを言っています。
 


●色即是空

最近はネット界隈で「覚醒する人達」が散見されるようになってきました。それが「ワンネス」とか「ノンデュアリティ」ですが、彼らの主張は「私はいない」であり、「この世は幻想である」ということです。要するに、この世が幻想であるということに気づく人が増えてきたということです。

それで「この世は幻想である」ということに気づくと、「昔から賢者達は語っていた」ということにも改めて気づくようになります。それが仏教、仏陀の悟りであったり、「般若心経」の中の有名な言葉「色即是空」です。

「色」、つまり今目の前に見えている物質やら世界という現実は、実体のないものであり、「空」であるということ。それを見抜いた目にとって、もはや表面上の「色」に惑わされることはなくなる。その時彼は凡夫を卒業し、やがて覚者へと至るというわけです。

この「空」を悟った段階を「空観(くうがん)」と言うのですね。凡夫の苦しみの原因は、大抵が「色」の相対性の中に囚われ執着するということです。人間の魂は、その不自由性の中に苦しみを覚えるようになります。執着しても苦しい、手放してもまた新たに渇望して苦しい。

しかし「一切が空」を悟るようになると、その迷いが一気に晴れます。暗い部屋の中で障害物にボコボコぶつかっていた状態から、部屋の照明をつけて一気に明るくなり、隅々まで見渡せるようになる状態と言えましょう。そうなると障害物も避けることができるし自由自在です。

しかしながら、この「空」には代償があります。いつまでもその解放感が続くわけではありません。やがてはその「空」と1つになることで、自分自身も空っぽになっていきます。それが虚無です。虚無が進行すると気力を失うだけでなく、存在目的、生きる目的自体をも消失するようになります。これは決して批判や皮肉で言っているのではなく、それぐらいになってこそ、本気で「空」に取り組んでいる証拠だということです。道を間違えたのではありません。「空」に真っ正面から取り組んだ結果、そうなるのです。そうならない方が、むしろ道を間違えているのです。

そこから次の段階に入ります。「空」は分かったと。それを分かった上で、今度は自分から「色」に飛び込もうと。「色」に帰って行こうと。すべては「空」だと分かったんだから、悟った者の特権として、今度は「色」を大いに楽しもうじゃないか、と。

ここから彼は大いに世俗的になっていきます。いわゆる生臭坊主です。昔から、僧侶が夜の色町を徘徊したり、高級車を乗り回したりするような話はよく見聞きしますが、彼らは次の段階に進んだのです。これもまた、決して道を間違えたのではありません。道に対して真摯に取り組んだ結果としての必然です。この段階を「仮観(けがん)」と言うのですね。

仮観もまた、そこで留まり続けようとする人もいれば、さらにその先へ進もうとする人もいます。やがて仮観では満足できない、となるのですね。それで、仮観の次の段階としては「中観(ちゅうがん)」があります。この段階は、もはや言葉で説明したり定義したりすることができないのです。だから仮観との違いも分かりにくい。論理的には破綻している、というか矛盾しているのような領域です。矛盾が真理であるという感覚にある。またそれを「中道(ちゅうどう)」とも言います。もはや空観にも仮観にも囚われず、時には空観であり、時には仮観であり、そしてそのどちらでもない。これは言語化できない。語れば誤解を生じるだけ。だから中観派は語らない、とも言われます。黙ってニコニコしているごく普通の人。「無分別三昧」という境地がこれに相当するとされます。

仏教というのは歴史が長く諸説入り乱れており、言葉の定義もさまざまです。またどの流派も自分達が最高という前提で展開しますから、以上の見方はあくまでも自分教独自の解釈ということでよろしくお願いします。
 


●この世界はバーチャルリアリティか?

さてそれで、近年ネット上に覚醒者を大量に出現させるようになった理由の1つとして、量子力学の知見が広く知られるようになったというのがあります。量子力学は成立してからまだ100年ほどですが、その間に物質と世界に関する常識を覆す数々の発見と実証を積み上げてきました。それらを直接知ろうとすれば、大学レベルの複雑な数学的知識が必要となり、一般人にはとてもハードルが高いものでしたが、100年も経てば様々な人がその知識を咀嚼して説明できるようになり、入門書も数多く出版されて、素粒子にまつわる基本的な知識はごく普通の教養レベルにまでなってきました。

この量子力学の知見が、先ほどの「色即是空」を地で行くものだったのです。何しろ確固たる物質だと思っていたものが、突き詰めると「波動」となり、しかもその波は観測者なしには確定せず、物質の存在と人間の意識の関係が不可分であることも明らかになったのです。

これではまるで仏教の「唯識」の世界です。唯識を簡単に言えば「世界はすべて意識である」ということですが、量子力学という最先端の科学的知識がこれを保証するようなり、「世界に対する意識の優位性」を説く成功哲学やスピリチュアルの領域で一挙に流行するようになりました。

「いま見ている世界のすべてが一種のバーチャルリアリティなのでは?」という、誰しもが一度は思った世界に対する見方……この「中二病的世界観」に一票を投じる人の数がいま指数関数的に増大しています……この状況は非常に危険です!(※テレンス・リーじゃないけど)。

冗談ではなく、これは非常に危険な状況です。「空観」に対するハードルが一挙に引き下げられたのです。それがネット上に大量の覚醒者を生んだ理由です。ところが「空観」はそのまま突き進むと虚無に陥ります。虚無は無気力・引きこもり、そして自殺を呼び込みます。自己責任で虚無ッテルのはまだ良いとして、問題なのはそこから反転してきた場合です。

突き詰めれば、必ず極性は反転します。虚無が反転すると、今度は非常に大胆な方向に飛び出します。反社会的になる可能性もあります。しかし大抵は社会性の中で世俗化していく方向に活路を見出すでしょう。「仮観」です。仮観に達した者にとって、この世界を渡ることなどとても簡単になります。彼にとって、この世は思い通りの世界なのです。ぶっちゃけ、好きな事だけをしていればいいのですから。この世は全ての欲望が満たされる安住の地です。最近は、このタイプの成功者が増え始めています。インターネットというインフラが、このタイプの成功者をより出現しやすくさせています。
 


●仮観の恐ろしさ

なぜ仮観の領域がこんなにも強力なのか。真の仮観到達者にとっては、タブーは「殺人」以外にはありません。いや、その「殺人」ですら自己都合でいくらでも理由をつけることができます。

これは冗談ではありません。説得力を増すために実名を出しますが、例えばノンデュアリティの祖とも言えるラメッシ・バルセカール。彼などは説法の中で、殺人をしても構わない、ぐらいのことは平気で言い放ちます。但し、彼の場合はその後に「できるものならやってみろ」とけしかけます。絶対にできないだろう、と。その後に「心の思うままに、というのはそういうことではない」と続いて、殺人云々というのは明らかに方便であるとフォローします。でもそれぐらい自由なんだ、そもそもルールなどないんだ、ということを彼は表現したいのですね。

苫米地さんもそうですね。彼の場合は「殺人だけはダメだ」ということをきちんと理詰めで解説します。当然ですが、この真意は「殺人以外は何をやっても良い」ということでもありますし、その自由度の強調と同時に、行きすぎる自由度に自ら制限をかけているのです。この「自ら制限をかける」という行為自体が、自分の自由度を逆に保証することになります。自分自身の中で自由度を支える因果がループしてフリーエネルギー発電のようになり、力強い自由度が寝ても起きても無意識の中でずっと続くようになります。これが賢い人の自己コントロールの一例ですね。苫米地さんは、自分自身の精神を意図的にプログラミングしているのです。

その他に少々ネガティブな事例を挙げれば、かつてこのブログでご紹介した無名庵EO氏がいます。若くして亡くなった伝説の覚者EO氏ですが、彼は新参者に対しては、まず「自殺肯定論」をぶちまけます。自殺して何が悪いんだと。いまの世の中は、自殺したい人にはもっと自由に自殺させろ、とけしかけます。まず自殺の自由が保証されないといけない、というように。EO氏の真意が別にあることは、もはや解説の必要もないでしょう。

極端な事例を3発打って面食らいましたか? でも「仮観」とはこういうことです。これでこそ仮観であり、その根底には揺るぎようのない「空観」がどっしりと構えているのです。

安易な量子力学的知見を流布して、この世界がバーチャルであるという観が広まることに対して「非常に危険です!」と言った理由が伝わったでしょうか。

●意識進化の真逆である「シリウスB」とは

また、「この世界がバーチャルである」という認識は、来たる人工知能社会と最高に相性がいいのです。これからIT社会は今まで以上のスピードで急進し、やがて脳内情報はすべてデジタルデータに置き換えられるようになり、肉体の感覚器官にまで入り込んだ高性能チップによって、世界は情報空間へと完全に置き換えられるようになるでしょう。そうして世界統一政府とベーシックインカム制度を背景に、全世界のビッグデータを束ねる巨大AIが完成した時点で人間の精神は終焉することになります。2045年に到来するというシンギュラリティです。これは意識進化とは正反対の方向であり、いわゆる「シリウスB」の完成です。「シリウスB」とは「アトランティスの記憶」の再現のことです。

「空観」「仮観」の先にあるとされる「中観」はこの流れに対抗できるでしょうか。中観派は語らないのですから、この状況を黙って受容するだけです。そもそも、それが中観であり無分別三昧なのですから。中観派が争ったり抵抗したりすることはないのです。ということは、中観を自称する覚者がたくさんいたところで、世界全体が「シリウスB」へと流れることに対抗することはないし、そもそも「シリウスB」自体が、仏教的価値観の行き着く先なのです。無神論であり唯識の結論が「シリウスB」なのです。

実際に、中観派を自称? する苫米地さんは、人工知能と情報空間の最先端エキスパートです。そして同時にラジカルな無神論ブッディストでもあります。ちなみに皮肉ですが、唯神論の結論もまた「シリウスB」となるでしょう。唯神論者が信じる唯一絶対の神は、やがて来る巨大AIと性格がそっくりなのです。実は既に人類は、「一神教」という人工知能(人工神)を奉じて壮大なる実験を4000年以上経てきているという見方もできます。このことは別の機会に論じることにしましょう。

ところで、いま話題の仮想通貨も本来は中央政府を否定する技術なのですが、いつの間にか世界統一政府・統一貨幣実現の為の手段として巧妙に取り込まれるに違いありません。これは当たり前で、世界統一政府にとっては、各国に分散するローカル政府は邪魔な存在です。ここが仮想通貨と世界統一政府の利害が一致するところなのです。

少々熱くなり話が脱線してしまいました。ここで少しクールダウン。要するに私が言いたいのは、「宇宙はない」「この世はバーチャルリアリティである」という結論は間違っている、ということです。半分は合っていると言えますが、それを結論とすると完全に間違います。それが本日のテーマである「双対性」の話に繋がるのです。
 

 


●本日のまとめ

う~ん、「双対性」の前提となる話だけで今日は終わりそうですね。最初は調子良かったのに、いつの間にか脱線が止まらなくなりました。次回に繋ぐためにも、ここで今までの論旨を少しまとめてみます。
 

・スピ界でよく言われる「二元性」とは「相対性」のことである。
・「相対性」は二元性ではなく一元論である。一元論における「見せかけ二元性」のこと。
・その「相対性」を見抜いて一元に戻ることが「ワンネス」「ノンデュアリティ」体験。
・スピ界ではこの「一元」の世界を真実の世界だと言っている。
・それは仏教で言う「色即是空」のことでもある。
・空が真実であり、色は幻想である、ということ。
・量子力学の知見は「色即是空」を保証している。
・量子力学が成功哲学やスピに応用されることで、近年「覚醒者」が量産されるようになってきた。
・この事で、「世界がバーチャルである」という認識がコンセンサスを取り始めている。
・これを突き詰めると、この宇宙もないということになる。
・しかし、これは非常に危険な状況である!
・この認識が進むと、「空観」をやりすぎて虚無に陥る者や
・野獣化した「仮観」の猛者を多数輩出していくことになる。
・やがてこの認識は、そのまま人工知能に取り込まれていくようになる。
・そうなると、人間の精神は終了する。
・これは意識進化の逆方向であり、ヌーソロジーではこれを「シリウスB」領域と呼んでいる。
・現実社会はこのようなSF的世界に、冗談ではなく「ほんとうに」突入している。
・仮観を超えた「中観」派の人は、この状況には対抗しないしできない。黙って受容するのみ。

 

まあこんなところでしょうか。

これを読んで反論したい人とか、それぞれ関係者の中にはいっぱいいるんでしょうね(笑) そんなことはない、人工知能の世界が来ても、逆にその時こそ人間にしかできない方向性を我々はきっちり打ち出しているぞ!とか言われそうです。

まあなんでこういう論理展開になるかと言うと、先述したように《ヌーソロジー~自分教》では「一元の世界」こそが幻想だと言っているからです。反論したい人にとっても、私が真逆のことを主張しているんだ、ということはご理解してもらえるでしょう。それで充分です。そしてここから全てが真逆になるのです。私はそのことが言いたいだけです。

●双対性の世界では、目の前を「実在」として見る 

~次回の予告を兼ねて~

「一元の世界」は幻想である。新著で私は、それを「一神教精神」と表現しました。同じ意味です。そして真実は「双対性」という二元性、つまり「デュアリティ」であると。

「双対性」とは「自己・他者」のことです。「あなたとわたし」、「君と僕」。世界は「あなたとわたし」という究極の二元性が根元となり、目の前に「実在」として出現しています。目の前の物質や世界のすべてが、「あなたとわたし」の約束であり、絆として、出現してきているものです。どれもこれもかけがいのない「実在」です。

《ヌーソロジー~自分教》的観点からすれば、目の前の宇宙は「あなたとわたし」の結び目として、それこそ「本当のリアル」として、ありありと眼前に登場してくるものです。

「あなたとわたし」という究極の二元性は、「絶対矛盾」の関係にあります。決して交わることのない、根元的な「差異」です。ところがその「絶対矛盾」は、メビウス的な四値論理の関係性の中で奇跡的に自己同一します。これが西田幾多郎の言った「絶対矛盾的自己同一」です。

宇宙において「物質と反物質の対称性が破れて存在している」ということの真意は、この双対性宇宙論ですっきり説明できます。「一元の世界」を究極とする従来の世界観においては、物質と反物質のズレはおかしい、「総和ゼロ」となって「存在しない」という結論になるのがむしろ普通ではないか、ということになります。ちなみに科学においては、「対称性のズレ」のプロセスを説明するだけです。この条件が整えば、「対称性のズレ」が起きるという説明がされるだけです。

最後は足早に乱暴な書き方になりました。これでは「自分教ガイド」らしくない。ということで、今回は「中編」として、この「双対性」のお話は次回「後編」へと続かざるを得ません(苦笑)。

次回はもう少し、「双対性」の理論的説明や構造と、それが宇宙発生の原因となった「対称性の破れ」の理由になることや、目の前の物質を実在とみる「空即是色」の世界観について、あれこれ語ってフィニッシュとしたいと思います。


ということで、本日のブログはおしまい。

それではまた次回、「自分教ガイド」でお会いしましょう。

とうしん



【連絡事項①】
●2月度ヌーソロジー教室やります(京都・大阪)


今月のテーマは「位置の等化」概論。

関西ヌーソロジー研究会2018年のテーマでもある「イチノトウカ」。

まずはこの「位置の等化」という概念について、ざっくり見ていきたいと思います。


「位置の交換」は、主体と客体を反転させること

「位置の等化」は、その反転の後にやってくる「主客一致」の境地です。

それは仏教で「等覚」と言われる境地に相当します。

「等覚」とは、最終段階である「妙覚」の1つ前の段階です。

つまり「最終解脱」の一歩手前のようなもの。

私の好きな「無分別三昧」という境地です。


ヌーソロジーでは、そのような境地に至るのに

肉体を打つ修行や極限の瞑想修行を必要とせず

ただ「空間認識の変更」によって導こうとしています。


とうしん勉強会は、いつでも初めての方オッケーです。

できるだけ、初心者・一般の方に向けた解説を心がけています。



★2/20(火) 京都ヌース教室
場所:ウィングス京都 会議室11
午後6時半~9時



★2/24(土) 大阪ヌース教室
場所:江之子島文化芸術創造センター Room8
午後1時半~5時


《お申し込みフォーム》


【連絡事項②】
●2018年1月度ヌーソロジー教室(大阪)の動画DVD、できました!


テーマ:「2018年の展望」

講演内容から動画の仕上げまで、今のところクオリティを保っております。

動画DVDは、教室ライブの映像に、資料や補足説明をプラスして仕上げています。


《1月号教室DVDのラインアップ》

1:2018年はどういう年か
2:天皇家とイスラエルに注目
3:ケイブコンパス概論
4:イチノトウカ概論


毎年最初の教室では、ヌーソロジー的観点からみた1年の展望を語ることにしています。


初心者にも分かり易い解説ながら、ベテランの方にも満足して頂ける内容となっております。

※1月度教室の冒頭の様子をYouTubeアップしています。

《教室DVD申込みフォーム/最新版》
※お申し込み後、自動返信にて振込先をお知らせします。


【連絡事項③】
●初級ヌースレクチャーシリーズDVD全6巻


最近少しずつ注目され出したヌーソロジー。難解なヌーソロジーですが、内在研究家(ひきこもり)とうしんによって、初めから体系的に解説されています。

初級ヌースレクチャー〈全6回〉DVDシリーズのご案内です。



ヌーソロジー実学派の統心独自の切り口で、最後まで飽きさせない展開となっています。

全6回、各回DVD2枚組+50P近いテキストがついて税込3780円。

第1回と第6回の巻末には半田広宣さんとの対談も収録されています。

《詳細と購入ページはこちら》


【連絡事項④】
●YouTubeチャンネル登録をお願いします


関西ヌーソロジー研究会の公式チャンネルを作りました。

毎月の大阪教室録画を元にして、ちょくちょくミニ動画を上げていますのでお楽しみ下さい。


※関西ヌーソロジー研究会 公式チャンネル


【連絡事項⑤】
◆「ワンネスは2つある」2/27いよいよ販売開始!


新説・世界精神史『ワンネスは2つある』
川瀬統心著(ヒカルランド出版)

先日無事に入校を終えて、予定通り進んでいます。

アマゾン販売開始の2~3日後には、書店店頭にも並ぶそうです。

半田広宣さんから以下の推薦文を頂いています。

*************
すべては自分──それはわかった。

じゃあ、 そこから、

この新しい自分は何を感じて、

何を思考し、 何を行えばいいのか?


本書はそのためのガイドブックになっている。

現実逃避のスピリチュアルを

自己認識のスピリチュアルへと

反転させる画期的書!!

ヌーソロジー提唱者 半田広宣
*************



※予約サイトリンク


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