解釈が答えじゃない
解釈が答えじゃない
アメーバブログを見ていると、解釈を答えにしてしまってる女性が、メチャクチャ居ます。
で、答えを得て安心しているのですが、それは答えじゃありません。
何と言うかそれは、男性が「これが愛だよ」と言うものに対して「はい、わかりました」「いいえ、何か違う」とか言うようなもの、なのです。
あるいは、会社で「これが仕事だよ」と言うものに対して「はい、腑に落ちました」「いいえ、何か違う」とか言うようなもの、なのです。
識者からすると「何それ」と言う感じなのですが、世間はそんなのだらけ、なのです。
もう少し具体的な例を出しましょう。
たとえば、この絵のタイトルが、
「黄色」だとしたら、あなたは納得してしまう、のです。
理由は「黄色」と記されてるから、です。
あるいは、音声ガイドでそう聞いたから、です。
これが、アメーバブログの女性(一般の普通の女性)なのです。
で、私はその「タイトルが答えじゃない」「解説が答えじゃない」と言っている、のです。
ちなみにこれは私が考えたことではなく、2500年前にお釈迦様が説いたこと、なのです。
その意味では、人類は全然進歩していない、のです。
たとえば、これが愛やら仕事やらだとして、
これはこうです、とか一言や一文で収まるものではない、のです。
なのにそれで納得してしまうのは相当ヤバい(安易な)のです。
簡単に言うと、他人からの答えを鵜呑みにしているだけで、自分で咀嚼してない(考えてない)のです。
たとえるなら、こっち、なのです。
ゴッホのひまわりで言うと、ゴッホのひまわりという丸暗記ではなくて、
よーく見て、あなたの出す答えが答え、なのです。
で、それは全て間違っている、のです。
上の動画の答えのようなもの、なのです。
仕事で言うと「これが仕事」と思っているものは仕事ではないし、愛で言うと「これが愛」と思っているものは愛ではない、のです。
それはこの絵に対して、人が好き放題言ってるだけで、その解釈が答えじゃない、のです。
そんなのただの知識か個人の主観なのです。
答えはこの絵そのもの、なのです。
あなたの顔で言うと、顔を文字で記述したもの、が答えな訳が無い、のです。
答えはあなたの顔で、文字はタイトルをつけたり、解釈を書いたもの、で、答えではない、のです。
美術館で言うと、絵の横に書かれたタイトルや注釈が答えな訳ないのですが、
日本人は(その一番重要なもの)中身を見ないで解釈を見て「なるほどー」とか言う、のです。
ピカソの絵を素通りする人でも、「これがピカソ」と書いてあげれば「なるほどこれがピカソかぁ」とか言って納得する、のです。
下世話に言うと、馬鹿カップルの彼女が、馬鹿彼氏の「彼氏の⚪︎⚪︎を飲むのが愛だよ」と言うことに対して「うん」とか受け入れるようなもの、なのです。
ちなみに、高学歴でも馬鹿な女性が多いのはこういうこと(文字を無条件に暗記する(受け入れる)能力が高いから)なのです。
その能力が高いと、早稲田でも、国立大でも、入れてしまう、のです。
で、重要なのは、タイトルや解釈ではなく、現実を見る能力なのです。
お釈迦様は、それを説いた、のです。
一方、他の人は、偉い人の言うことや、文字から得ようとしている、のです。
だからそれ、二次情報で、現実という一次情報じゃ無いじゃん! とお釈迦様は言ったのです(こんな風には言ってないけど)。
重要なのはタイトルや解釈ではなくて、中身なのです。
ですから、これ(現実)を見て、毎回答えが変わっても、幾つ答えがあっても、それが人とは全然違っても良い、のです。
何故なら、
それらは全て間違っているから、なのです。
逆に言うと、社会では、これが答えだなんて学校のように答えが一つだなんて思っていることが、間違い、なのです。
洗脳教育、良い子ちゃんの弊害、なのです。
ちなみに、そんな妻と、そんな母だと、嫁姑問題が起きる、のです。
そもそも答えが一つじゃないのに、どちらか一つにしようとするところに無理(摩擦、軋轢)が起きる、のです。
そして、どちらも自分の過ちに気がつかないまま無益な争いをして死ぬ、のです。
それをお釈迦様は、憐れみをもってその薬(脳の開発法)を説いた、のです。
これで言うと、人々は、老人としか見ない、のです。
(あるいはカップとしか見ない)
で、一つしか言わない人は、自分がそう見えるからそうなんだ、と言う馬鹿なのです。
また、書いてある文字を見て、その解釈を丸暗記して、自分はこの絵がこうであることを知っている、だからスゴイみたいなのも、馬鹿なのです。
前者は単純な馬鹿で、後者は小賢しい馬鹿なのです。
そうではなく、現実そのものを良く見なさい、なのです。
ではないと、嫁姑やプーチンやニートのようになる、のです。
彼ら、彼女らは、一つの固定概念(文字、解釈)にガチガチに縛られ、それ以外の見方が出来ない、のです。
これで言うと、絶対に老女(or若い女性)なんだ、と自分の感情を根拠にして、思うようなもの、なのです。
SMAPの中居正広が、私が思う中居正広が正しい、と思っていた女性と同じ、なのです。
そりゃ、離婚も、シングルマザーも、これだけ増える、のです。
表面上や自分の思う思い込みしか見てないのです。
女性に幻想を抱いている男性と同じ、なのです。
現実を見てない、のです。
それは、仕事に自分勝手な希望を押し付けて五月病(鬱、辞める)になる人と同じ、なのです。
他にも、絵の値段を聞いた途端に、「それはスゴイ(絵だ)」と言う日本の大人達と同じ、なのです。
(悪い意味で、絵(現実)を全然見てなくてもそう思う(自分は正しいと思っている)のです)
月だって、これだけの解釈があり、そのどれもが間違っている(少なくても一つが正しいなんてことは無い)のです。
世界中で、本当の月ではなく、自分がこう思う(こう教えられた)もの、を見ている、のです。







