いめふみい
今日こそ「いめふみい」をしよう!

・解説
「いめふみい」って何でしょう。
私は知りません。
ただ今回の説明をするために、急遽こしらえた「意味不明」を反対にしただけの言葉だからです。
でも、この「いめふみい」を他の言葉に置き換えるだけで、何となくそれっぽくなります。
たとえば、
今日こそ「成功」しよう!
今日こそ「幸せ」になろう!
今日こそ「やりたいこと」をやろう!
などなど、です。
でも、よくよく観察すると、
『今日こそ「いめふみい」をしよう!』
と言っているのと同じくらい「中身がスカスカ」なことが、多いのです。

今日は「いめふみい」を食べよう。
こう誘われて、あなただったら何て言うでしょう。
おそらく、「いめふみい」って何と聞き返すでしょう。
何故なら、「いめふみい」の中身が不明だからです。
今日は「いめふみい」を食べよう。
いいね。食べよう。
こうは、ならないハズです。
しかし、この「いめふみい」が、別の言葉になると、発言した側も、発言された側も、中身が不明でも、何となく会話が成立してしまいます。
今日は「やりたいこと」をやろう。
いいね。やろう。
みたいな。
で、見てると感情だけ盛り上がって、特に何もしないのです。
今日は「成功」しよう。
今日は「幸せ」になろう。
これらでも、同様です。

仮に、成功がダイエットで、幸せが食べ放題だった場合、どうするのでしょう。
その状態で、やりたいことをやったら、一食を抜いて、一食を食べ放題にして、現状維持ずっと続いてしまいます。
これは、何もしていない(三食を普通に食べる)のと一緒なのに、何かやった気になってしまいます。
「成功」なんて、ある人はテストの点数でも、ある人は恋人を作ること、かもしれません。
仮に、利益を上げるにしても、それは売り上げを増やすのか、経費を減らすのか、どちらで、どれくらいするかによって、方法がまったく違います。
「幸せ」なんかも、家でゴロゴロなのか、外で動き回るのか、人によってまったく違います。
すなわち、「成功」とか「幸せ」とか「やりたいこと」なんて、どうとでも解釈が出来る故に、『「いめふみい」をする』と言っているのと変わらないのです。
重要なのは、その中身で、「いめふみい」って何ですの? という話です。

仮に、『「いめふみい」しよう』という単語が、男女の間でかわされた暗号で、「エッチしよう」という意味だったとします。
すると、「いめふみい」には、中身とイメージがあります。
「いめふみいしたい」は、「エッチしたい」です。
こういう風に、言葉がどんなものであれ、言葉とイメージが自分の中で合致していれば良い。
しかし、この「いめふみい」が、「成功」や「幸せ」や「やりたいこと」という言葉になると、途端に、ぼやけてしまうでしょう。
それは、中身とイメージがないってことなのです。
今日は「いめふみい」を食べよう。
いいね。食べよう。
こうは、ならないように、中身とイメージがないものには、やる気が起きないのです。
で、わざわざ、みんな、やる気が起こらないようなことをしているのです。
人は、「いめふみい」に向かって、頑張れる訳がありません。
同じように、「成功」や「幸せ」や「やりたいこと」に頑張れる訳がないのです。

あなたの「成功」は何でしょう。
仮に、恋人が欲しいとします。
でも、その恋人は、異性じゃないかもしれないのです。
もしかしたら、仕事など、人じゃないかもしれません。
この辺りが、ぼやけていると、パワーも何も出ないのです。
たとえば、あなたの「幸せ」が何か美味しいものが食べたいだとしましょう。
すると、明確じゃないので、パワーが弱い。パワーが弱いから、やる気も出ない。
でも、たまたまテレビでやっていたパンケーキを見たら、ものすごい美味しそうでした。
すると、がぜんやる気が出て来て、次の休みには、そこへ行ったりするでしょう。
これは、ぼやけてたものが明確になったから出るパワーなのです。
人間、ぼやけたままだとパワーが出ないのです。
この例では、たまたまテレビでやっていたという運ですが、運がなくても、自分で調べていけば、明確になっていきます。
つまり、自分でハッキリさせれば、パワーは出るのです。
しかし、多くの人が、この手間を省きます。
省いてしまうから、やる気が出ない。
このように、自分でハッキリさせることを避けると、いくら「成功」や「幸せ」になりたいと願っても、その中身が不明で、不明なものに対してパワーが出ませんから、なれる訳がないのです。
人は、「いめふみい」に向かって、頑張れません。
「いめふみい」を「成功」や「幸せ」という便利な言葉に置き換えても同様です。
中身のないビンに、「いめふみい」なラベルから、「成功」や「幸せ」などのきらびやかなラベルを張っても、無いものは無いのです。
ラベルを「女子力」や「自分磨き」や「綺麗」や「素敵」にしても、同様です。
大事なのは、その中身。
その中身が何なのか、ということです。
その中身を自分でハッキリさせることが極めて重要です。
たとえ、ホストやキャバ嬢のようなキラキラネームをつけても、中身が駄目なら駄目なのです。
ラベルが良ければ、全て良し、な訳がありません。
逆に言えば、その中身のイメージがハッキリとさえしていれば、ラベルは何でも構わないのです。

