経験が邪魔をする | プラクティス

経験が邪魔をする

経験とは、面白いものです。

若い時は、経験がなくて失敗しますし、

年をとると、経験があるから失敗したり、します。


高齢化社会の日本においては、経験がないことよりも、むしろ、経験が邪魔をしてうまくいかないことの方が、多いのではないでしょうか。


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こういう風に言うと、経験には良い経験と悪い経験なるものがあって、良い経験をたくさん積めば良いのではないか、と、さももっともらしい反論が来そうです。

果たしてそれは、本当でしょうか。


たとえば、バブルの時の経験はどうでしょう。

良い経験をたくさん積んだでしょうし、頑張りもしたでしょう。

その結果、かなり上手くいきました。


でも、その経験を今に活かそうとしたら、どうなるでしょう。


こういう例が、本当に多いのです。


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近年では、活字離れが進み、考える力が弱まり、考えが単なる感想になっている人が増えています。

感想とは、その人の過去の経験に照らし合わせて、合っているか、合ってないかで判断することです。

たとえるなら、バブルの時にうまくいった男性が、自分の過去の経験に照らし合わせて、このやり方で合っているんだ、とか言う様なものです。

その人は、おそらくよく考えた上で、そう言っているのだと思います。

真面目な人でしょうし、それで上手くいったのでしょう。


でも、悲しいかな。それは「考える」とは言わないのです。


女性の場合もそうで、過去にこれで上手くいった、過去にこれで上手くいかなかった、こういう風に過去の自分の経験と照らし合わせることを考えるだと思っている人は、けっこう居ます。


でも、それは「考える」とは言わないことは、上記で示した通りです。


仮に、過去に若さと容姿でモテていた人が、過去に強引にデートに誘うことで上手くいっていたとしましょう。

でもそれは、10年経った時に、通用するでしょうか。

逆もまたしかりで、10年前にモテなかった人が、過去にデートを誘えなかったからといって、これからデートに誘えないことにはならないのです。


でも、当人達は、よく考えた上で、

自分は今でも(昔のやり方で)出来る、あるいは、自分は(何をやっても)出来ない。

そういう風に考えているのです。

よーく、何日も、何百日も考えた上での結論が、それなのです。

当人達は、すごい考えたつもりです。


でも、悲しいかな。それらはどちらも、「考える」とは言わないのです。


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