誰にでも最後の時が来る

この詩は、5歳のときに発症した神経芽細胞腫という病気で、5年半にも及ぶ闘病生活の末、11歳という短い生涯を終えた宮越由貴奈さんの書いたものです。
「まだたくさんの命がつかえるのに」
人間、誰にでも最後の時が来ます。
お迎えがはやい人も居ますし、遅い人もいます。
お迎えがはやかった人にとっては、いま生きてる人は、どんな境遇でも羨ましいのです。
年取ったって、病気だって、無職だって、たとえ借金があったって良いから代わりに生きたかった人は、いくらでもいたのです。
生きている人は、それを忘れてはいけません。
命、イコール、寿命。
寿命、イコール、時間ですから、時間はとても大切です。
有名な時間の名言に、こういうものがあります。
一年の価値を知りたければ、大学受験に失敗した学生に聞くといい。
一ヶ月の価値を知りたければ、未熟児を産んだ母親に聞くといい。
一週間の価値を知りたければ、週刊誌の編集者に聞くといい。
一日の価値を知りたければ、六人の子を抱えた日雇い労働者に聞くといい。
一時間の価値を知りたければ、逢瀬を待つ恋人たちに聞くといい。
一分の価値を知りたければ、最終電車に乗り遅れた者に聞くといい。
一秒の価値を知りたければ、事故から生還した者に聞くといい。
100分の1秒の価値を知りたければ、オリンピックで銀メダルに終わった者に聞くといい。
瞬間、瞬間の積み重ねが人生です。
過去のことは良いから、人のこともいいから、
いま、自分のやるべきことをやりましょう。
明日死んでも悔いの無いように。
今日が最後の日でない保証は、誰にも無いのですから。


