財を遺すは下 業を遺すは中 人を遺すは上
「財を遺すは下 業を遺すは中 人を遺すは上」
これは、医師で、政治家で、大臣まで勤め上げた後藤新平氏が最後に残した言葉です。
「いいか、よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」
これは、「親が子に遺すもの」「転んだ子を見守る親」に関連する話で、遺す側にとって、とても大切な言葉です。
親子で言うと、
金持ちのボンボンを残して死ぬ者は下。
職に困らない人を残して死ぬ者は中。
世のため人のためになるような人を残して死ぬ者は上。
と言う感じです。
もちろん、サークルや、部活、会社でも似たようなことが言えます。
たまに「上中下」の言葉の響きだけに過剰に反応して、人に優劣をつけるように誤解する人がいるので、さらに分り易く説明すると、
TAKE & TAKE は下。
GIVE & TAKE は中。
GIVE & GIVE は上。
こういう意味の上中下で、下に行くほど自分中心にしか考えられず、上に行くほど、周りに配慮できるということです。
だから、「上中下」と言うより、「小人」「中人」「大人」と言う方が適切かもしれません。
現代では、ともかく、金、金、金という拝金主義が横行しています。
メールマガジンを見ても、金、儲かる、稼げる、もらえる、特典、無料。
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こんな話でもちきりです。
みんな時間泥棒に時間を盗まれて、忙殺されているのです。
こういう話の渦中に居ると、それだけで「小人」に染まって行きます。
良くて「中人」止まり。「大人」なんて望むべくもありません。
ものの本には、スピリチュアルやら、マズローの欲求段階説などをもっともらしく持ち出してきて、拝金が叶ってはじめて自己実現が出来るという巧妙なデマを喧伝します。
「かあさんが夜なべをして、手袋編んでくれた~♪」
という親心を馬鹿にしているのでしょうか。
エジソンの母親、サリヴァン先生、マザーテレサは、どうなるのでしょう。
劣悪なメディアでは、母親がビジネスをして、拝金が叶えば、手袋を買ってあげれて、自分は夜にぐっすり眠れますよと言わんばかりです。
それで日本は、どうなったと思います?
親の重要性関数が書き換えられ、1番が金、2番が子にすり替えられたのです。
女性で、本音の本音は金目当てで結婚する人が後を絶ちませんが、それと同じことを我が子にまでするようになったのです。
そういう女性は、メディアに洗脳され、お金を得れば、自分も楽できるし、子供にも好きなものを買ってあげられると、子供のためも思って、頑張ったりするのです。
でも、純粋な子供は、まだお金に洗脳されていないので、騙されません。
ちゃーんと、お金が1番、自分は2番と言うのを感じ取るのです。
あなただって、幼少時代に戻って、カギっ子にでもされれば実感できるハズです。
寂しい思いは、お金じゃ埋められないのです。
それだったら、「かあさんが夜なべをして、手袋編んでくれた~♪」の方が、たとえ貧しくとも嬉しいのです。
その証拠に、そういう子の方が、お手伝いもしますし、親孝行もしますし、親を楽にさせたいと働く子が多いのです。途中でグレても、愛情を知っているので、やり直しがききます。
一方、お金が1番、自分は2番で育った子は、親に似るのですから、子供もお金が1番、自分は2番になります。
お手伝いをしようではなく、お金があればお手伝いさんを雇えるのに、と考えます。
親孝行ではなく、自分はいかに学費や生活費を出さないで済ませるか(いかに親にお金を出させるか)、と考えます。
会社や家族を楽にさせたいと思うよりも、自分を楽にさせたい、と考えます。
そのためにはお金が1番必要で、自分はそのために、動きます(お金が1番、自分は2番)。
ちなみに、可愛かったり、学歴があるのに、アダルトビデオに出たり、犯罪に手を染めたりするのは、お金が1番、自分は2番だからです。
これが、賢(さか)しかったりすると、グラビアアイドルや会社の受付嬢になって、政略結婚に持ち込みます。どちらにせよ、お金が1番、自分は2番です。
これが砂上の楼閣かどうかは、相手がリストラでもされて貧乏になればわかります。
そうなった途端、自分が代わりに働くどころか、掌を返したように、自分がこうなったのはあんたのせいと周りを責めたりするのです。
金の切れ目が、縁の切れ目。もともと金かエロでしか繋がってなかったのです。
これがもし人間としての尊敬や愛情で繋がっていたら、共に困難を乗り越えたハズです。
でも、そもそも敬愛を知らないので、途中で道を外れると、やり直しがきかないのです。
財と業が残っても、ひとたび嵐が来れば水泡に帰します。
仮にあったら、あったで、遺産争いや、後継者争い、ニートなど、甘い汁を巡って醜い争いが起きるのです。
しかし、世のため人のためが一番な人が残れば、いくらでも何度でもやり直しがききます。
故に、人を遺すことが一番なのです。
あなたは、あなたに、何を遺しますか。
あなたは、家族に、何を遺しますか。


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「いいか、よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」
これは、「親が子に遺すもの」「転んだ子を見守る親」に関連する話で、遺す側にとって、とても大切な言葉です。
親子で言うと、
金持ちのボンボンを残して死ぬ者は下。
職に困らない人を残して死ぬ者は中。
世のため人のためになるような人を残して死ぬ者は上。
と言う感じです。
もちろん、サークルや、部活、会社でも似たようなことが言えます。
たまに「上中下」の言葉の響きだけに過剰に反応して、人に優劣をつけるように誤解する人がいるので、さらに分り易く説明すると、
TAKE & TAKE は下。
GIVE & TAKE は中。
GIVE & GIVE は上。
こういう意味の上中下で、下に行くほど自分中心にしか考えられず、上に行くほど、周りに配慮できるということです。
だから、「上中下」と言うより、「小人」「中人」「大人」と言う方が適切かもしれません。
現代では、ともかく、金、金、金という拝金主義が横行しています。
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という親心を馬鹿にしているのでしょうか。
エジソンの母親、サリヴァン先生、マザーテレサは、どうなるのでしょう。
劣悪なメディアでは、母親がビジネスをして、拝金が叶えば、手袋を買ってあげれて、自分は夜にぐっすり眠れますよと言わんばかりです。
それで日本は、どうなったと思います?
親の重要性関数が書き換えられ、1番が金、2番が子にすり替えられたのです。
女性で、本音の本音は金目当てで結婚する人が後を絶ちませんが、それと同じことを我が子にまでするようになったのです。
そういう女性は、メディアに洗脳され、お金を得れば、自分も楽できるし、子供にも好きなものを買ってあげられると、子供のためも思って、頑張ったりするのです。
でも、純粋な子供は、まだお金に洗脳されていないので、騙されません。
ちゃーんと、お金が1番、自分は2番と言うのを感じ取るのです。
あなただって、幼少時代に戻って、カギっ子にでもされれば実感できるハズです。
寂しい思いは、お金じゃ埋められないのです。
それだったら、「かあさんが夜なべをして、手袋編んでくれた~♪」の方が、たとえ貧しくとも嬉しいのです。
その証拠に、そういう子の方が、お手伝いもしますし、親孝行もしますし、親を楽にさせたいと働く子が多いのです。途中でグレても、愛情を知っているので、やり直しがききます。
一方、お金が1番、自分は2番で育った子は、親に似るのですから、子供もお金が1番、自分は2番になります。
お手伝いをしようではなく、お金があればお手伝いさんを雇えるのに、と考えます。
親孝行ではなく、自分はいかに学費や生活費を出さないで済ませるか(いかに親にお金を出させるか)、と考えます。
会社や家族を楽にさせたいと思うよりも、自分を楽にさせたい、と考えます。
そのためにはお金が1番必要で、自分はそのために、動きます(お金が1番、自分は2番)。
ちなみに、可愛かったり、学歴があるのに、アダルトビデオに出たり、犯罪に手を染めたりするのは、お金が1番、自分は2番だからです。
これが、賢(さか)しかったりすると、グラビアアイドルや会社の受付嬢になって、政略結婚に持ち込みます。どちらにせよ、お金が1番、自分は2番です。
これが砂上の楼閣かどうかは、相手がリストラでもされて貧乏になればわかります。
そうなった途端、自分が代わりに働くどころか、掌を返したように、自分がこうなったのはあんたのせいと周りを責めたりするのです。
金の切れ目が、縁の切れ目。もともと金かエロでしか繋がってなかったのです。
これがもし人間としての尊敬や愛情で繋がっていたら、共に困難を乗り越えたハズです。
でも、そもそも敬愛を知らないので、途中で道を外れると、やり直しがきかないのです。
財と業が残っても、ひとたび嵐が来れば水泡に帰します。
仮にあったら、あったで、遺産争いや、後継者争い、ニートなど、甘い汁を巡って醜い争いが起きるのです。
しかし、世のため人のためが一番な人が残れば、いくらでも何度でもやり直しがききます。
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あなたは、あなたに、何を遺しますか。
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