天照シークレットツアー 4 徳川家康 | 精神世界の鉄人のブログ

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房総半島の旅では、「千葉神社」にも、立ち寄りました。

境内には、「千葉天神」という神様が、祭られていました。

 

そこで、気が付きました。

 

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「千葉」という文字を見ていたら、「千葉」の「千」という文字の縦線を、横に並べ替えてみたのです。

 

すると…

 

「三葉天神」になるではないですか!

 

わかりましたか?

大ヒットしたアニメ、「君の名は。」の主人公の女の子、「三葉」です。

 

 

そして、和歌山県の那智の「補陀落山寺」の近くには、「那智の滝」がありますね。

もう一人の主人公の男の子、「滝君」ですね。

 

つまり、

 

「那智の滝」 ⇒ 「千葉」

 

これが、「黒潮ロード」の暗号だったのです。

 

「滝君が三葉に会いに行った」

 

こういう意味になるのです。

 

 

アニメ映画の「君の名は。」です。

これも、「イザナギ」と「イザナミ」の二人の話を、現代風に描き直したのだと思います。

 

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そういえば、このアニメの監督の名前は、「新海」でしたね。

 

「新天地を目指して、海を越えて行った人々」

 

この名前には、この意味も入っているかもしれませんね。

 

これは、全て偶然でしょうか?

 

いや、違います。

 

そもそも、

 

「偶然は神である」

 

というのが、この世界なのです。

 

 

そして、「千葉神社」の神紋です。

 

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これの意味を、いろいろ考えてみたのですが、これは、「太陽」と「月」を表現している意味も、含んでいると思います。

 

古代史においては、歴史の期間が長いので、その間に、いろいろな出来事があり、意味も一つではなく、重層的に複数の意味が重なっていることも、多いのです。

 

そして、「太陽」と「月」の二つで行われる天体ショーが、「日食」なのです。

「日食」とは、光が闇に隠れて、再び光出す現象ですね。

 

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ハイ!

 

「天の岩戸開き」ですね。

 

「天照派の拠点だった所」

 

という意味です。

 

 

 

特筆すべきことがあります。

 

私は、「補陀落渡海」を調べていて、

 

「九十九里浜のあたりから、日光まで歩いて移動した時は、大変な道のりだったに違いない」

 

と思っていたのですが、実際には、小舟で流れに逆らいながらも、上流へと向かうことができたようです。

もしかしたら、追い風の時には、とても楽に行けたのかもしれません。

 

 

現在の千葉県銚子市のあたりから、栃木県日光市まで、古代においては、「香取浦」という大きな湾と無数の川があり、なんと、太平洋から、「日光」のあたりまでは、「鬼怒川」を使って、舟で一気に行くことができたようです。

 

「熊野」 ⇒ 「日光」

 

この間は、小舟で行けたということです。

 

1000年前の想像図だそうです。

 

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「補陀落渡海」の僧たちが、後に、「補陀落寺」を建てた場所は、この川沿いが多いですね。

こうやって、地形で推測すると、かなり正確な歴史が把握できますね。

 

 

今年の春、黒潮の流れから、千葉県の銚子市のあたりに、何かありそうだと思い、仲のいい友人を誘って行ってきました。

 

海から歩けるくらいの場所に、「熊野神社」もありました。

 

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「どうして、千葉県の銚子市に、紀伊半島の熊野神社があるのか?」

 

ほとんどの人は、こんなことは、考えもしないでしょうが、「補陀落渡海」を知っていれば、その理由がわかりますね。

そうです。

ここにも、一人の僧が乗った小舟が、辿り着いていたのです。

 

 

この拝殿の横に、ズラーッと並んだ祠がありました。

その数、17です。

そして、その側に、階段があり、ちょっと上がった所に、もう一つだけ、祠がありました。

17の祠と、階段の上の1つの祠合わせて、18ですね。

 

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それから、正面にある、1つの拝殿を合わせると…

 

17+1+1=19

 

こうなります。

この祠は、19組の夫婦を表現しているのです。

つまり、イザナギとイザナミの38人の子供たちです。

拝殿は、その中でも、特別な夫婦、「別雷尊」と「玉依姫」だと思います。

 

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大感動しました~!

熊野から太平洋を隔てた、こんな遠い地に、ちゃんと、38人の子供たちの子孫は、生き延びて、この新天地で、新しく生活を始めた証拠が、この神社なのです。

 

 

銚子の旅の途中に、見つけた神社です。

こんな名前の神社があったなんて、初めて知りました。

 

その名も、ズバリ、「渡海神社」です!!

そのまんまじゃないですか~!!

 

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そして、これです。

 

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同行した友人と一緒に、

 

「うわ~~~!!!」

 

と、感動して、大声で叫びました!

 

 

わかりましたか?

これが、この神社の御神体なのです。

 

ハイ!

「補陀落渡海」の小舟ですね。

海を渡って来た小舟が、この神社には、御神体として、祀られているのです。

 

image

 

 

正面からです。

下にある黒っぽい岩は、「黒」の波」を、表現しているのかもしれません。

 

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後部からの撮影です。

補陀落渡海の小舟の後部とソックリです。

 

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静岡県にも、「補陀落渡海」の痕跡は残っています。

 

「補陀落渡海」に関係ありそうな名前を気を付けて見ていると、このお寺も目に留まりました。

「海長寺」という名前です。

 

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場所は、静岡市内で、清水港から歩いてすぐの場所です。

 

私は、これを見て、

 

「長い海の航海を経て、辿り着いた場所」

 

瞬時に、こう解釈しました。

 

何度も書いているように、「天照派」は、大々的には、メッセージを伝えません。

暗号のように、わかる人だけに、わかるように、メッセージを伝えるのが、彼らのやり方なのです。

 

 

境内には、大きな「ソテツ(蘇鉄)」がありました。

 

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「ソテツ(蘇鉄)」という名前を調べると、

 

「枯れかかったときに、鉄クギを打ち込むと、よみがえる」

 

というのに由来しているそうです。

 

「鉄を受けると元気になる(蘇鉄)」という伝承から、今でも、茎に、クギを打ち込んだり、根もとに釘をばらまいているものも、多いそうです。

 

まさに、「補陀落渡海」の象徴ではないですか!

 

「小舟に乗り込み、四方八方から釘を打たれ、鉄の箱のよう閉じ込められ、出られないようにされ、海の彼方で、死ぬことにした。しかし、実際には、その後、黒潮に乗り大海を漂い、遠くの土地の浜辺で、仲間から救助され、新天地で生まれ変わったように蘇り、第二の人生を歩み始めた」

 

こういうことです。

 

「ソテツ(蘇鉄)」=「補陀落渡海」

 

こういう方程式ができました。

 

 

境内の奥のほうに、不思議な形をした石碑のようなものが、目に留まりました。

 

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「なんだろう?」

 

こう思って、近づいてみました。

先ほどの看板にもありましたね。

下の方に、金色で描かれた絵のようなものを見てださい。

 

 

最初は、

 

「古代文字かな?」

 

と思ったのですが、だんだん、この絵の意味がわかってきました。

 

もうわかりましたね?

 

小舟に乗った、一人の僧の絵です。

袈裟を着ているようにも見えますね。

 

寒くて寂しい、太平洋の真ん中で、小舟の箱の中から、微かに息をしている姿かもしれません。

 

そうです。

これは、「補陀落渡海」の絵だったのです!

 

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「うわ~~!!」

 

同行していた友人と二人で、この石碑の前で、またまた叫んでしまいました!

 

 

 

 

この寺から、ちょっと離れた所に、「久能山東照宮」があります。

 

「久能山東照宮」を、ネットでも調べてみました。

すると、こういう記述がありました。

 

〇「久能山東照宮」について 

 

久能山の歴史

 

遥か遠い昔、この山は観音菩薩の霊場とされ、観音信仰の聖地でした。

久能山の歴史、「久能寺縁起」によると、推古天皇の御代(7世紀頃)、秦氏の久能忠仁が、初めて山を開き一寺を建て、観音菩薩の像を安置し、「補陀落山久能寺」と称したことに始まります。

久能山の名称も、ここから起こりました。

 

なんと、ここは、元々の名前は、「補陀落山久能寺」だったというのです!

 
7世紀頃だから、「聖徳太子」の時代です。
しかも、創建者は、「秦氏」です。

 

見事に繋がりましたね~!
驚きました。
なんでも調べてみるものですね。
 
 
他も、こういう説明も見つけました。
 
〇「久能山東照宮と日光東照宮の違い」
 
「日光東照宮」は」、徳川秀忠や家光が陰陽道などにのっとって、江戸の守り神として、神格化した徳川家康の遺体を、安置させるために作られたもの。
「久能山東照宮」は、徳川家康が静岡で亡くなり、遺言により作られたもの。
つまり、日光は、親孝行で作られたもの、久能山は、家康自身の希望場所である。
 
なるほど、わかりやすいですね。
 
 
入口の門の前で、記念撮影しました。
 
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この看板を見て、ビックリしました!
わざと、草書体で、くずして書いていますね。
 
パンフレットでは、
 
「東照大権現」
 
という説明ですが、違うと思います。
 
「天照大権現」
 
こう書かれているのだと思います。
もしかしたら、昔は、「草書体」というのは、このように、「暗号」のような役割をしていたのかもしれませんね。
 
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「徳川家康」の手形がありました。
意外と、小柄だったのですね。
身長、155センチ、体重、60キロだったのですね。
私は、「38歳」という年齢が、やたらと気になりました。(笑)
 
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拝殿で、参拝しました。
 
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こういう所には、密かに目立たない所に、本当にメッセージ性のある模様や絵などが、刻まれていたり、描かれていることが多いです。
 
驚いたのが、この彫刻です。
同行した友人と、驚嘆しました。
見てください!

 

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わかりましたか?

これを、わかりやすくした絵を、入手しました。

 

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一般向けの説明文には、こう書かれています。

 

「家康公からの伝言」

 

この絵は、「司馬温公の甕割り」の絵です。

 

古代中国の有名な政治家、司馬温公が、7歳の時のある日、友人と遊んでいましたが、友人が誤って、水を一杯張った水瓶に落ちてしまいます。

「このままでは、友人が溺れ死んでしまう」と思った温公さんは、機転を利かし、水瓶を割ることによって、友人を助けることができたというお話です。

 

家康公からの伝言は、「命を大切にせよ」です。

 

 

どうですか?

これを読んで違和感を感じませんか?

 

「江戸時代」という凄い時代を創り上げ、日本とう国家の基礎も創り上げた、超偉大な人物の眠る聖地、さらに、そこの一番大切な拝殿の真ん中に、こんな子供でもわかるような逸話の絵なんて、描かないと思いませんか?

 


もうわかりましたね。

そうです。

これは、「補陀落渡海」の絵です。

 

おそらく、熊野から静岡の浜辺に打ち上げられた小舟から、一人の僧を、二人の仲間が救出している場面だと思えば、しっくりくると思います。

 

中国風の服装や髪形は、カムフラージュです。

私は、この髪形は、「二本角」、つまり、「鬼=大丹生=天皇家」を表現していると思います。

 

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小舟の上で、鉄の箱のように釘打ちされた板を、仲間が、こじ開け、浸水していた海水と一緒に、ドバ~!という音とともに、補陀落渡海の僧が、箱から出てきている場面だと思います。

 

 

もう大感動でした。

 

同行した友人と一緒に、何度も、何度も、

 

「凄いね~! 凄いね~!」

 

と言い合って、この発見を喜び合いました。

 

 

「補陀落渡海」

 

やはり、これが、日本史における最重要な出来事だったのです。

 

 

 

そして、これは、ダジャレで、オヤジギャグになりますが、

 

「家康」=「イエス」

 

こういう話もあります。

 

「家康」 → 「いえやす」 → 「いぇーやす」 → 「いえす」

 

「徳川家康」=「イエス・キリスト」

 

つまり、同じ魂グループだったということです。

おそらく、「聖徳太子」も、そうだと思います。

 

「イエス・キリスト」 → 「聖徳太子」 → 「徳川家康」

 
こうやって、同じ魂が、この三者の間を、繰り返し、転生していたのかもしれません。
だから、この三者とも、「神人」なのです。
 
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次回から、いよいよ本格的な旅行記が始まります。
お楽しみに!
 
 
 
 
 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 

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