「自分でお米をつくる」

そんなことを考えはじめたのは、いったい
いつ頃のこと?  なんだろう・・・

自分が体験したことや、縁あって出会った人たちと
思いっきり笑って泣いて楽しく過ごすことができた。かけがえのない日々

まるで心の奥に刻印されるかのように!
物語の記憶が刻まれて、その時に感じていたことも
不思議にハッキリと覚えている

「何か?」に気づけて
そこから人生が大きく変わったことも
数えきれないほど体験させてもたったけれど
ほとんどのことを鮮明に 覚えている

その時一緒に過ごした人たちからは、 驚かれる
くらいに。いろんなことを覚えている

でも、このお米のことは
振り返ってみても思い出せない


   もしかすると、人生の青写真として
   持っていたのかもしれない


  自分でやってることなど何ひとつなく
  結局は そういうものなのである



     自分が考えつくことはすべてのことが実現可能なこと

   

それでも目指しているうちには
目の前に立ちはだかる。自分にしか見えない
「大きな壁」は、頑張っているうちは なかなか
打ち破ることができないものだと思う

「この道を行きたい」
「その先まで行ってみたい」

そう思うから、ただただ自分に正直に嘘なく
目の前に現れた道を、ただ真っ直ぐに
何の計算もカンジョウもなくひたむきに
進んでいくうちにわかってくることがある


  余計なものを持ちすぎていた


生きた証のように感じられる
大切に持ち続けていたものさえも
自分にふさわしくないものは 丁寧に
ゆっくりと自分のペースで

少しずつ 荷を降ろしていく

奇跡は自力がはたらかなくなった時
何の前触れもなく突然にやって来る


初夏の頃に種を植えると、自然の摂理で芽生え
苗になって田んぼの環境に移し、調和しながら
夏の間にグングン成長して行く、逞しい姿
秋には稲穂が実って頭が垂れてくる

育っていく生命力に「生きること」
いのちの大切さに気づかせてもらえる

生まれてはじめての稲刈りをしながら
身体は疲れてくるけれど
喜びがあふれて 感じられる


「しあわせって
  身近なところにある」


人は人の中で学びあいながら
自然の中で暮らして成長する


すべてのものが 愛おしく感じる