起死回生の1曲が・・・「府中捕物控」と「ラリラリ東京」 | ディープな歌謡曲の世界~スコティッシュ75のブログ~

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歌謡曲(主にムード歌謡中心となるかもしれません)の紹介を中心に記事にしてます。

 

 

 

 

 

 昨年12月にTHE ALFEEがデビュー当初所属していたレコード会社・ビクターレコード時代の曲を集めたアルバム「青春の記憶+2」が発売されました。

 

 
 このアルバムには1975年12月に発売される予定で、発売日前日にいきなり発売中止になった3億円事件を歌ったシングル、『府中捕物控(B面:明日からよその人)』(両曲とも作詞曲:山本正之、編曲:市久)が収録され日の目を見ることになり、ネットでも話題になりました。
 
 デビュー当初アルフィーは泣かず飛ばずでアーティスト活動を行っていましたが、「府中捕物控」はラジオでもよくリクエストが届いてきたりして前評判はよくヒットの兆しがあったそうです。
 
 しかしながらレコード会社が「社の良識に合わない」という理由で発売を中止にしました。(山本正之氏のアルバム「男に咲く花」に収録されてる『府中捕物控・後談』という歌では3番の歌詞に当局から「泥棒がまた喜んでやるから止めてくれ」と言われ発売中止にしたと歌われております(^.^))
 
 その後のアルフィーは地道にライブ活動やオリジナル曲を制作して力をつけていって、ヒット曲を生み出していきました。

 

 

 

 以上のことはアルフィーファンにはよく知られたエピソードですが、似たようなことがムードコーラス界にもありました。
 
 それが、三浦正弘とアロハブラザーズ(後の三浦弘とハニーシックス、現在は三浦京子とハニーシックス)の『ラリラリ東京(B面:あなたのためにだけ)』(両曲とも作詞曲:信楽順 編曲:早川博二)という曲です。(ムードコーラスファンにはお馴染みかもしれませんが)

 

 当時のアロハブラザーズも「ラリラリ東京」を出す前に2枚レコードを出していましたが、泣かず飛ばずの状態でした。
 
 そんな折1968年に「ラリラリ東京」が彼らに提供されました。
 
 「ハニーシックス物語」という本によれば、この「ラリラリ東京」はレコード会社も力を入れて宣伝もし、アロハブラザーズへのテレビ、ラジオの出演依頼も俄然増えたそうです。
 
 しかし当時シンナー遊びからきた言葉「ラリる」とイメージが被るためか、「ラリラリ」という言葉がダメだということになり、レコード発売1週間で放送禁止になるという憂き目にあいます。
 
 そのためヒットには至りませんでした。




*上の写真はオークションで手に入れたラリラリ東京のジャケット裏に書かれていた注意書きです(^_^;)

 

 

 しかし、メンバーは「ハニーシックス物語」の中で当時を述懐し、「当時は音楽的な力がなく、あのままヒットしなかったのはむしろ良かった」ということを述べておられました。

 

 

 
 その後、ハニーシックスもオリジナル曲を自分たちで作るようになり「よせばいいのに」、「今夜はオールナイトで」等のヒット曲を飛ばしたのは有名です。


 両バンドとも【売れない時代→ヒットの兆しのある曲に巡り合う→放送・発売禁止→奮起しオリジナル曲を制作→ヒット曲を生み出し現在も活動中】という共通点がある所が音楽のジャンルは違いますが、興味深かったですね。

 私が彼らと同じ立場なら発売中止の時点で立ち直れません(^_^;)。
 
 他にもこういうケースの歌手の方がいらっしゃるのかな~?

 

 

 

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