第一章・・・生い立ち

テーマ:

私は昭和29年の5月に南国徳之島で生まれた


5人兄弟の下から2番目、次男坊である







当時の日本は終戦後、間もない事もあって非常に貧乏で


食べる物もなかった


なので子供は毎日、腹を空かせてピィピィ泣いてばかりいた







その頃の母の夢は私達に腹一杯、御飯を食べさせる事だったらしい






食べる物と言えばサツマイモばかり


それ以外には食べる物がない







子供の頃の私は喘息持ちで毎日、母がおぶって


父と一緒に往復約2キロの道を歩いて病院通いばかりしていた







当時は今の様に各家庭に自家用車があるわけではない


第一、車その物が、ほとんど無い時代であった







そんな中で私は毎日の様に真夜中、発作を起こしてしまう






私が生まれた、この徳之島には猛毒を持つ


夜行性のハブがいる







これに噛まれると良くて身体障害者


悪くすると命を落としてしまう







こんな環境だったのにも関わらず貧乏な私の家には


懐中電灯すらない







そんな状態だったので毎回、病院へ行くわけにもいかず


同じ集落に居た元看護婦の人に診てもらっていた







それでも私の家から、その看護婦さんの家までは


約100メートルあった







その100メートルの道のりには竹薮と田んぼの


あぜ道を通らないといけない







もちろん、そこにはハブが居る可能性大である







それでも母は私を助けたい一心で小さな私の手を引き


そこまで連れて行ってくれた







さすが母は強しである







そして夜中なのにも関わらず母は看護婦さんの


家の戸をドンドンと叩き看護婦さんを起こす







叩き起こされた看護婦さんも、そこは田舎の人


嫌な顔もせず私を診て薬を処方してくれた







しかも当時の私の家は貧乏な為、診察代が


払えない事を最初から分かっていて診てくれる







今、思えば本当に神様みたいな人でした