わたしはわたしでいいのだー…今矢 トコ(IMAYA TOKO)
  • 06Nov
    • ありがとうございました お義母さん

      10月19日の明け方6時半すぎ、ベッドの義母に私は何度も叫んだ。「お義母さん、まだ、Mさん(主人の名)が、あと少しで来るのでがんばってください!」義母は90歳。4月には腎臓の件で約ひと月以上入院し、一度退院したものの、8月には熱中症から再び緊急搬送で入院し、介護認定4と認定を受けた義母。9月半ばに老人ホームに入所し、2週間前には「スタッフのひとがいい人ばかりで。」と笑顔を見せていた義母に私も夫も安心していた矢先、ホームから「熱が高いんですが、ご本人は病院へ行くのを行かないと言ってるんです。」と連絡があった。翌日の朝ホームへかけつけると身内の顔に安心したのか、すぐにでも病院に行きたいと義母が言い、三度目の緊急搬送で入院。肺炎と診断され、抗生物質を投与するが、高齢のため、効きが遅い可能性があり、危険な状況と医師から言われた。しかし、そんな最中も義母は「よろしくお願いします。」と医師に言い、しっかりと意識があった。翌日には「少し持ち直しています。」と看護師さんから言われ、一度自宅へ帰宅。しかし、私はどうしても18日の朝に義母を見舞わなくてはという気持ちが抑えられなかった。何ともいえぬ、急かされるような感覚に、朝から病院へ向かった。病室へ入るなり、一人の看護師さんが、「今夜どうこうということはないと思うが、会いたい人に会わせるようにした方がいい。」と言われた。主人に電話すると翌日の仕事があり、無理との話。近所に住む義母の妹(叔母)へ連絡すると、ご主人と二人でかけつけてくれた。「ありがとう。」と義母が妹へ一言声を出した。別の普段は穏やかな看護師さんが、義母の世話をしながら、「声が出なくなる可能性があるので、仕事があるとしても、息子さんには場合が場合ですから来てもらった方がいいと思いますけど。」と、きっぱり言われ、私は、ベッドの横に座り義母へ「おかあさん、Mさんに会いたいですか?」とたずねた。苦しそうに酸素呼吸器から「そうしてもらえたらいいですね。」と言われ、私は主人の職場に電話して、すぐ来るように言った。それから少しすると、痰が詰まるようになり、義母は苦しみだした。苦しそうな呼吸をどうすることもしてあげられない。何時間かして、仕事を早退してかけつけた主人を見つけると、義母は目を開き、呼吸器から何か言った。口元に耳を近づけるが、言葉は聞き取れない。「無理しなくていいよ。」と主人が言って、しばらくすると義母は静かに呼吸をするようになった。酸素濃度が安定して、すやすや眠るような呼吸になっていたので夜12時に主人に実家で休むようにすすめた。私と義母の二人の病室。足がむくむため、私は椅子を二つならべ、足を上げて、過ごした。一時間ごとに看護師さんが義母の様子を見に来てくれ、痰を吸い取ったり、点滴を確認したり、優しく声をかけてくれたりした。そして、静かに病院の夜は明けていき、朝6時。カーテンを開けて、外の光をいれたとき、モニターの心拍数が極端に減りはじめたことに気がついた。看護師さんがかけつけて、「呼べる人は呼んだ方がいいです。」と言う看護師さんの言葉に私は慌てて、一度夜、眠るために実家へ戻った主人に電話をかけた。「今すぐ来て。心拍数が落ちてる。」「わかった。」静かな呼吸。心拍数はだんだん下がる。すーっと一回呼吸をすると、しばらく間が空く。「お義母さん、まだ、Mさん(主人の名)が、あと少しで来るのでがんばってください!」「Sさーん。(義母の名)Sさーん。」と看護師さんが義母の名を呼ぶ。スッと呼吸が戻る。それを何回か繰り返し、スーッと柔らかな小さな呼吸のあと呼吸が再びされることはなかった。そしてモニターの数字は消えた。まさに眠るように、義母はこの人生を終えた。次の呼吸がないのが不思議なくらい静かな最後だった。看護師さんが「Sさん、よくがんばりましたね。」と声を出した。「おかあさん、ありがとうございました。お疲れさまでした。」と私も声に出して言った。いつも「私は大丈夫。あなたは体大丈夫?」と自分のことより私や周りのことばかり気にかけていた義母。その小さな体からは想像できないくらい、しっかりとした意志のある女性だった。「本当にお疲れさまでした。」体を離れた義母の魂がそばにいると感じていた。辛い体から離れて、楽になっていることを祈った。その直後に主人が駆け込んできた。まだ、温かい義母の体に主人は「お疲れさま。」と声をかけた。義母と主人の最後の意志疎通は前の晩にかけつけたとき、確実にあった。義母の呼吸が穏やかになったのは、主人の顔を見て安心したからからかもしれない。私が、義母の最後の呼吸を見届けさせてもらったことが義母にとって良かったのか、わからなかった。でもただただ、その最後の呼吸と、お顔が美しく、涙が自然と溢れていた。そして、再び「お母さん、ありがとうございました。」声に出して言った。義母が亡くなって、まだ慌ただしい日々を過ごしているが、義母のこの貴重な最後の時間は私にとって、ありがたい、本当にありがたい宝物だと私は感謝してもしきれない。死は、「この世」で眠りにつき、「あの世」に目覚める新たな扉を開くことなのだと、感じている。今回の体験は、感傷的な出来事以上に、歳をとってからの介護生活や自分自身の看取りのことまで深く考えさせられることになった。「死が怖い病気が怖い看取られず、死ぬのが怖い自分の終い方が不安」そんな気持ちが実はあることにも気づかされた。新たな私のこの人生の課題がまた目の前に現れた。よっしゃー生きているなら、そんな課題も楽しもう。だって、生きているのって、すごいこと、呼吸ってすごいことなのだ。お義母さん、お義母さんの最後を看取らせていただき、それをさらに確信できました。本当にありがとうございました。

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  • 01Aug
    • 私にとっての幸せ 

      幸せって何だろう。子どもの頃から「幸せ」という言葉をわかったふりをしていたが「幸せ」という言葉の意味や状態を、この一か月、自分の中にふとした瞬間になぜか考えることがたびたびあった。何かの「問題」、例えば、自分の将来、仕事、家族、自分の体、自分の役割、お金などの問題で圧倒されている中で一見、「幸せ」を感じることはむずかしいのかもしれない。過去の幸せと不幸についてざっくりと私が記憶しているものをピックアップしてみた。家族でおにぎりを食べているときの家族の笑顔は幸せだった。友人ができ、気持ちが通じ合ったときは幸せだった。一方、私自身が大学進学をあきらめたときは不幸だった。恋人がいないときは不幸で、恋人できたときは幸せだと思ったというか、思いこんだ。なのに、ふられた後は一気に不幸になった。就職活動で落とされたときは不幸で、希望の会社に就職できたときは喜び就職したらしたで、仕事の評価で一喜一憂している自分がいて、昇格しても幸せだったとは言い難かった。家族が病になったときは不幸だった。そして父が亡くなったときは、本当に不幸だと思った。日曜に、横浜で開催されている「モネそれからの100年」を観に行った。私は、モネが大好きだ。空の色、私が見上げて感動する色や光がそこに描かれている。会場は人と人の間からしか展示物を見れないほど盛況ぶりだった。そんな中、人の頭や肩越しにでも、目に飛び込んでくる色は、私を描かれている場所へ連れて行く強烈な感覚がある。モネは晩年白内障だったが、それでも、描かずにいられないという筆のタッチや色のエネルギッシュさは描いても描いても時間が足りないという感じがした。ひたすら描きたいという欲求が沸き起こっていたのだろう。その描く喜びなのか、苦しみなのか、生きる力の凄みを感じずに、私はいられなかった。そして、いつも私はモネの絵を見ると元気になって、本当に「幸せ」になるのだ。子どものころの外を見たい、遊びたいという朝起きたときのあの、ワクワクした喜びを感じるから、モネが好きなのかもしれない。子どものころ、毎日起こることは新鮮で、何も考えず、目が覚めると嬉しくて仕方なかったのだ。そうだ、あのころ、幸せに満ちていたのだ。瞬間を新鮮な瞬間として感じる力。何事も好奇心を持って、接する力。そして、この生きている力。今も、私はずーっと幸せの中で生きていたのだ。幸せになるのに、条件なんて必要ない。私は幸せの中に今生きているのだ。

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  • 24Jul
    • 安心して人生を歩もう!

      自由に動けない自分の思い通りにならないそう思えるようでいて実はその中に宝物がある過去の体験からはっきりそう言えるご無沙汰だったブログ。実は千葉で一人暮らしをしていた今年90歳になる姑が4月に体調を崩し、緊急入院した。大事には至らない病気だったが、入院中の体力を回復させるためのリハビリをしてもらい、退院までには一か月かかった。3年前に舅が他界。一人になってからも、新聞も読み、腰が曲がっているいるものの、食事は自分で作ったものでないと美味しくないし信用できないと近所に住む姉妹や親戚の方たちに買い物に行ってもらって自分で料理をするのが生きがいという生活を送っていた姑。入院中に再度認定しなおしてもらった介護認定は1から2へ。姑本人は「私は大丈夫」ということを言い続け、私や夫の意見はなかなか受け入れてくれる様子はなく、「自分で料理を作って、自分で生活したい!」という強い希望を持っていた。一人暮らしを継続する方向で退院後の生活についてケアマネージャーの方が病院でカンファレンスを開いてくれ病院の看護師、訪問看護師、福祉器具の担当の方、ヘルパーの責任者の方たち、プロの方たちの意見を伺い、姑の生活空間をできるだけ転倒がないようにベッドの位置を変えたり、手すりを玄関やお風呂につけたりポータブルトイレや、歩行補助の介護用品を準備したりし、慌ただしい日々を過ごした。訪問してリハビリしてもらう理学療法士の方やお風呂の介助に訪問看護師の方に来てもらうように依頼。ようやく退院にこぎつけたものの毎週週末は病院へ付き添ったり、様子を見に帰ったりという介護生活へ。自宅に戻ってからも外出先でも姑に関して連絡がくることが多くなり自分の予定を立てることがなかなかできなくなっていた。ブログを書くことも人のブログを読むことも全くできず、気持ちの余裕もなくなっていた。ケアマネージャーの方やヘルパーさんや看護師の方たちがいなかったら私は本当に参ってしまっていただろう。そして、今月に入って、久しぶりに姑宅へ帰らなくても大丈夫な週が出てきた。この間の日曜日、友人が私の家のある街にくるからと声をかけてくれてお茶をした。友人と前回会ったのがたしか、今年の二月ごろ。それから五か月近く経ってお互いの近況を話すと、ドタバタした日々の緊張した心がほぐれていくのを感じた。柔らかな心になって、歩きながら帰宅していたとき、ふと、その友人や共通して10年近く仲良くしている友人たちとの出会いを思い出した。私がその友人と出会ったのは、私の父がガンで亡くなった翌年。自宅で看取った父の死から動けなくなってしまった家族を父の代わりに私が背負っていかなくてはと気負って自分自身が精神的に参ってしまった頃だった。働いて帰宅すると、引きこもっている家族を見るのが辛かった。自分の精神的な限界に達したと思ったときに参加した、とある講座。その講座がきっかけで、私は自分を見つめなおす機会を与えてもらいそして、その講座に関連した資格を取得しようと学び始め、その場で彼女と出会った。父の死、家族のひきこもりそして私自身の精神的なダメージ。私自身が深ーい闇のどん底にいた。そして今の私がいる。「あのお父さんの死でもがいている体験がなかったら、〇〇さんとも出会えなかったし、〇〇ちゃんや〇〇さんとも会えなかった。あのお父さんの死は本当に苦しかったけれど私に大切な友人と出逢うという宝物があったんだ。」今の私から客観的に観たらあのときの苦しさや辛さは喜びへ変化する大切な種でもあり原動力だったそうか!私はあそこまでどん底でないにしても、あのときの精神状態と近い状況に自分を勝手に追い込んでしまってたんだなー。だったら、大丈夫!自由に動けない自分の思い通りにならないそう思えるようでいて実はその中に宝物がある過去の体験からはっきりそう言える!!安心して人生を歩もう!!そう思った途端、急に体が軽くなった私がいた。

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  • 27Apr
    • 占いも使命も超えてゆけ!

      私は占いが好きだ。宇宙のルールを知りたいという無意識の欲求と、そのルールを教えてくれるに違いないと思う数々の占いや統計学。自分が生まれてきた「理由」を知りたいという欲求。今の自分からこれからどうなるのか知りたいという欲求。オラクルカードも大好きだ。カードを引く瞬間のワクワク感がたまらない。友人たちとカードを引くのを楽しみながらやると、言葉が怒涛のように押し寄せてくることがたびたびある。止まらずに語ってしまう。なんて楽しいこの宇宙の遊びなんだろうとその世界観が好きでたまらない。そんな私なのに、おととい、違和感がまたムクムクと沸き起こってきた。「占いも使命も超えてゆけ!」そんな言葉が自分の中から沸き起こってきた。ただでさえ この小さな体に押し込められてしまっていると思っているこの「私」。「私たちは気づこうと気づかなかろうと宇宙からのすごいエネルギーを使って生きている。『言葉』や『役割』に限定されるのは嫌だ!!」と心の叫びが聴こえたのだ。その声を無視することができずにいる一方で、ついこの前まであんなに「占い」が好きだった自分を客観視した。するとするっとまたこんな言葉というかイメージが湧いてきた。「自分が迷ったとき、占いや統計学に頼ってもいいんだ。足を折った人が歩くために杖が必要なように、宇宙の励ましの支えなんだ。自分を励ますために、『忘れてしまった自分』を思い出させるためのとっても大切なツールなんだ。たとえば、小さいころの写真を見て、昔の自分の無邪気さや、意外とわがままだったり楽しかった体験を思い出させるのと同じように自分の『力』を思い出させるようなそんなツールなんだ。」そして、私は自分が望むことや信じていることを再び思い出した。私は、私として、自由に人生を創造して生きていく。それが私の一番の望みでそんな力が私には(誰にでも)あるのだ。占いの結果や役割がどうであれ、幸せになっていいのだ!!だから「占いも使命も超えてゆけ!」なのだ。

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  • 06Apr
    • DOでなくBEを認めて欲しかった 

      会社員だったころコンクリートの建物の中で息が詰まりそうになった。夕日が見たくなって、東京駅から横浜へ向かって電車に飛び乗った。でも横浜も駅前はビルだらけ。夕日を見る前に太陽は沈んでしまった。会社のそばに自然食品を売るお店があった。そこには精神世界の本が置いてあって、私はそこの本を読むことで自分の中の息を少し吹き返すようになった。「DOでなくBEで」そんな言葉の本があって、思わず手にとった。生まれたままで人は本当は愛されている。私自身もそう思いたいのに、私が私自身にDOを課していた。競争のなかで成果をあげること、勝つことだけで自分の存在意義を「自分」が認めていた。会社を辞めて4年近く、義父や友人が亡くなる、いろんな出来事はあったものの私が唯一自慢できるのは自分の「BE」を受け入れることをしてきたこと。自分のやりたいことや興味のあることは小さなことから貪欲にやったが、自分の興味ないことは全くやらなかった。だから旦那や家族、信頼していた知人が「働け」と言ってきたときに異様な拒絶感があった。それは私には「DO!!」という言葉にしか聴こえなかったからだと今はわかる。「私はBEでいたいんだよ!!」と、心の中で私は叫んでいたのだ。ところが、自分で自分を認め始めたからか家族や旦那が「働け」という言葉が急に応援のようなニュアンスに変わってきた。私が私のBEあるがままをようやく受け入れたサインだと思った。「好きなことを仕事にしよう。」いっぱい笑いながら、仕事をしていきたい。今日はそんな私の決意の日。

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  • 22Mar
    • 踊れ 躍れ 

      躍れ 躍れ自由に踊れ戸惑う自分自らを縛っていた裁き他人の視線それらを手放してそうだ自由に踊れ笑って泣いて怒ってそれすらも踊ってしまえとにかく踊れとやかく言わずに踊りまくれ

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  • 21Mar
    • 春分の雪の日 寒川神社へお詣りに

      今日、大好きな寒川神社へお詣りに伺いました。寒川神社へは毎月おついたち詣りに伺っています。いつも神社の中で空を見上げ、深呼吸。お詣りに伺ったあとは、神社の中で、清々しい心持になって、自分の中が穏やかになっているのを感じます。「整っている静かな感覚」という感じでしょうか。その感覚が好きで、毎月喜び勇んでおついたちに伺っているのが正直な理由です。千葉の玉前神社から寒川神社、富士山、竹生島、伊勢神宮、出雲大社と春分の日、秋分の日に太陽が通る、レイラインと言われている場所だそうで、今日は特に特別な日。雪が降り、お天道様は見えませんでしたがそんな中でも、多くの方たちがお詣りにいらしていました。神社に置いてあったパンフレットにも今日の春分の日の記載がありやっと念願かなって春分の日に伺えたことに手を合わせて、感謝。雪の中を歩きながら、いつもどおり、気持ちは穏やかになっていました。

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  • 16Mar
    • 喜びに意識向けてるって言える

      全て自分が創りだす世界なんだと言う風に意識が変わったら多くの気づきがあって圧倒される今日この頃。言葉にまだ落とし込めてない、いろんな想いや気づきがあってホワーンとしている感覚もあります。今さらなんですが、自分の意識の向け方って本当に大事なんですね。私、今は「喜び」に意識を向けているとトイレに行ったときに(すみません)しみじみと感じちゃったんですよね。「喜び」とかに後姿を見せつけて、立っていた、相当、素直じゃなかった私がなんでこんな風に変わってきたのかなーと思ったら会社辞めて(←あ、意識よりも体が悲鳴あげたからです、体も愛なんだなー)「他人の基準」を全て放棄しちゃいました。相当、頭に、「自分の感覚」で「違和感」があるのに握りしめていた基準があったんですよね、私。基準って「長女だから」とか「これいい」って言われて、「自分」で選ばず受け取った「情報」とか…根がマジメというのが好きだったんで(笑)あ、今もマジメです。とにかく、もう、自分を辛くさせるのは嫌だったんです。で、自分を大事にすることを自分の基準にしました。自分の好きなこと自分が前からやってみたかったこと実は自分が興味があること実はやりたくなかったこと自分に正直に過ごしてしみじみと小さい子どものときみたいに「人間っていいなー、楽しいなー。」と思うようになって↓何じゃこりゃ~、うげー、周りは愛だらけじゃん!となり、↓松坂慶子さんの水中花という歌じゃないけど(古い)「あれも愛♪これも愛♪きっと愛♪たぶん愛♪」と鼻歌を歌ってしまうような感覚になってしまったんです。「自分を大事にすること」って「喜び」に意識が向くことだったんですね。なんか凄く当たり前なのに全然わからなかったなー。そんなこんなの今日の私の気づきでした。

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  • 13Mar
    • 丁寧に手放す意識と自分に戻る意識

      今まで多くのひとの意見や本を書いている人などや憧れる人や〇〇ができる人何かなしえた人を「勝手」に上に見ていた。特に憧れの本を書いている人には見上げる感覚がすごくあった。人間的に「すごい人だなー」と思う人を無意識に  自分の中で崇め奉っていた。今の私が感じること、そして私自身が揺らぎそうになるときに、自分にもどる大切な意識。それは「上も下もない」ということ。上とか下とか決めているのは私自身なだけ。もちろん 料理教室で料理を教えてもらうときは「先生」がいて勉強するときも「先生」がいる。で、私は「生徒」なだけ。自分の世界の「名称」と「役割」。でも「私自身」を卑下する意識は、もう、いらない。

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  • 12Mar
    • ただただ 私として ②

      自分のやりたいことをやるというブログを昨日書いた。「人に好かれようとしていたことや人の役に立とうとする気持ちを放棄するということ」それは私の中の意識の変化ということだ。私の態度自体がめちゃめちゃ変わったということは、ほぼない。「人から言われたからやる」から「全て自分の責任としてやる」になった。「人の役に立つ」から「全て私がやりたいからやる」になった。「私」が「家族」の笑顔を見たいから「私」が美味しいものを食べたいから料理する。「私」が気持ちいいから「おはよう」とあいさつする。旦那が綺麗好きだから、仕方なく掃除するではなく「私」の生活する空間が愛しいから「掃除」する。「私」が大好きだから「友人」へプレゼントする。小さいころの正直な自分に戻る道。年齢を重ねるごとに多くの自分が創りだした「思いこみ」を丁寧に捨てる日々。「思いこみ」に覆い隠されていた「私」の輝きが自分で感じられるようになってきた。すると、日常のなかの全ての物や人、出来事が輝き始めた。今日も「私」は私の日常を創りだす。

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    • ただただ 私として

      なんとも言い難いのですが、人に好かれようとする気持ち、人に役に立とうとする気持ちを放棄しています。私は相当自分に「嘘ついて」人に好かれようとしていたと気づいてしまったから。自分がしたいからやる自分が表現したいからやるただ、それだけに絞って行動するようになりました。そんな自分を過ごしてみたら自分に全て責任があるということが理解することが多々あって、自分の感情ですら、自分の責任だということに圧倒されました。過去の自己否定や被害者意識はアッという間に崩れ去りました。難しいことは何も言えない私ですが、ただただ 私は私でいい。と心から思えることが今の喜びです。

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  • 11Mar
    • 感謝するということは

      眠くて仕方ない時間が多かった今週。おととい 目を閉じて、ぼーっとしていると「宇宙信頼、自己信頼」という言葉が湧いてきた。何か大事な言葉のような気がしたが眠くて眠くて仕方ない。寝ぼけた感覚のような中で「宇宙信頼、自己信頼」という言葉を繰り返し言いながら、また眠ってしまった。夕方ごろにのそのそ起きて、とある人のライブに出かけた。「感謝することが大事だとつくづく思う」という言葉をその方が口にしていた。その言葉を「そうだよね」といつもの私なら聴いて納得していたが、なぜかそのとき、その言葉がひっかかった。感謝することが大事という言葉は誰もが知っているし、私自身、普段から感謝することをしていると思っていた。しかし急に自分の中に、「自分の声」がした。「感謝が足りない」と。今日 電車に揺られているときふと思った。電車にゆられ行きたい場所があること、行きたい場所へ行く手段があること、電車が動いてくれていること、窓の景色が見れること、広告の日本語が読めること、温かい空気を感じれること呼吸できること、電車に乗れるお金があること。すべて、当たり前のことのようで当たり前でない「うわー、全部感謝だらけじゃん!!」「ありがとう」を言ったら、ずーっと言い続けてしまう思考になった。そして夜になって、おとといの「宇宙信頼、自己信頼」という言葉と「感謝する」ことの引っかかりの意味が解けた。「宇宙を信頼して、自分を信頼して、全て自分の創りだす世界に感謝する」「感謝する」という言葉は、外に向かって発している言葉ではなく「自分に向かって発している言葉」なんだと。ということは怒りの言葉も全て「自分」へ言ってることになる。うぎょー、そういうことだったのだ。パソコンに感謝、このブログを打てる、指に感謝。そして、気づきを与えてくれる宇宙に感謝。

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  • 08Mar
    • 宇宙の愛は 私の鼓動を打つ

      瞑想するのが怖いという感覚があるのを感じていた自分が何を感じているのか何を無視しているのか抑えこんで感じないようにしているのが何かわかるからなのだと気づいた目をつぶって自分の鼓動を静かに聴く体に違和感があるのに気づくときもあるし気になっていることや思い出す人が浮かんでくる生きてる自分の鼓動は何をしていようと何を感じていようと体を無視していようと私を「生かせてくれている」鼓動はこの「私」の「宇宙の愛」そして気づく責めたてる言葉は私の言葉ではないそれだけでいいそれだけ気づいたら私は再び私として今を生きる

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  • 07Mar
    • 私は私として生まれてきて本当に良かった

      先日 ブラックトコとの和解というブログを書いた。昨年子どもが欲しかったというブログだ。ある日 急に自分の中にストーンと納得する気づきがあった。「子どもがいたら いいなーと思っていたということは私の母もそうだったのだ。私、生まれてきて良かったんだ。母も父もきっと喜んでくれたんだ。」当たり前のことと言えば、当たり前のことなのに私はそれに気づけなかったのだ。そして、自分のなかで一気にオセロの黒いコマが白にひっくり返るイメージが湧いた。それで全てオッケーになった。私に子どもがいなかったことも、この瞬間を待っていたという感覚があった。昨日、母にその話をした。母も実は、生まれてすぐに、実の母が家を出て行く事件があり、別の遠縁の親戚に預けられ、可愛がってくれるその親戚を実の両親と思って育ったのに幼少のころ、実家へ連れ戻されるという体験があった。実家は多くの姉兄妹たちがいた。母はそれから甘えべたになったのだということは容易に想像できた。母は預けられた体験をことあるごとに私に話した。「お母ちゃんと言ってたのに、ある日から その家に行っちゃいけないって言われたの。」と。小さいころの育ての親から引き離された体験は母の心を少なからず、傷つけたことだろう。「あのね、私が子ども欲しいと思ったとき、結局子どもが持てなかったけどお母さんも そう思ってくれたんだとわかってお母さんにすごく感謝したんだよ。だからね、おばあちゃんもお母さんのことそう思っていたんだよ。生まれてきて良かったって。」今の時代は、生まれてきた瞬間をビデオに残し、家族が大喜びしているシーンがリアルに残るが、私も母も、そんな時代に生まれてきていなかったため自分の感情が強く残るようになってきてしまったのだ。私は私として生まれてきて本当によかった。そして、親に承認されていなかったとしても、そんなの関係ねーっていうくらいパワーのある動画を、今朝、私がブログの読者である方のブログで知った。そう、私は私として生きていく。私は、私でいいのだー。

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  • 05Mar
    • あなたは 強い魂

      障害があったあなたへあなたは強い魂私は小さいころからそう思っていましたあなたと接するとあなたの無邪気さが私にはうらやましくてそしてまぶしかったなぜそうだったのかと今思うとそれはあなたは強い魂だから虐めを受けていたあなたへあなたの強さを私は感じていましたあなたのグッと苦しさを耐える姿私はその姿を忘れることはできませんあなたは強い魂だから耐えて生きていた私はあなたを心から尊敬していますあなたは自分では気づかないかもしれないけれどあなたは 強い魂思い出してあなたは本当に強い魂

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    • ないことも あることも全て愛

      昨日 ブログを書いていつも手を合わせている、神棚に手を合わせた。ブログを書いて自分の中に感謝が溢れていたからかもしれない。私の周りにあるものが全て私のためにあるのだと感じて感動で涙がこみあげた。「ああ、全て愛だったんだー」家族や私の体出会った人たち全てが私に対する愛の結晶だと思った。すると急に「ないことも 愛なんだー」ということが頭に浮かんだ。『ない』空間もすでに愛で満たされている、そう、空気のように。ないことも それすらも愛。持ってない、体験してない、それは、悪いことと決めつけていた。全て、私の思いこみだったのだ。人はあることや、体験したことや、引き付けることに意識をむけたがる。実際、私も素敵な体験をしたい。美味しいもの食べたい。お金も欲しい。私もそう思っているのは事実だけど、持たないことで知ること持たないことでの体験もあるのだ。その持たないことすら、私の自由な意思を尊重してくれている宇宙の愛なんだ。手を合わせながらスペースのイメージが愛の光で満たされているのを感じた。嬉しさと感謝に嗚咽してひとり興奮した朝だった。

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  • 04Mar
    • 人生楽しんでるってようやく言える

      12月体験した「階段転げ落ち、ああ、生きてます」事件をブログで書いたが、あの事件は私が引き起こしたのだとわかった。そしてその体験があったことでめちゃめちゃ私が腑に落ちたことが。実は、6月に北海道の美瑛に旦那と旅行し、私が過去やったことがないことをやろうと自ら予約してラフティングをした。その途中で川へ向かって小さな崖から飛び込むという遊びがあった。ラフディングを誘導している方の指示のもと、旦那は意気揚々と子どもみたいにはしゃいで飛び降りた。水の中へドッボンと沈んで 笑顔で浮き上がり、普段感情を出さない旦那にしては珍しくそのあと、笑顔で、「楽しかった!」を連呼。が、私は落ちた後の水が怖くて、結局飛び込むのを止めた。「トコはヘタレだからなー。」と旦那は私を馬鹿にした。そして、二人の話題の中に何回もこのジャンプしなかった私の話題がのぼるようになった。小さいころは、夏休みに両親の出身の長崎の島の海で、いとこたちと、漁港の岸壁から、浮輪を持って、飛び降りた。底がすごく深かったのに、全然怖くなくって、どれだけ遠くへ飛べるかと、走って飛び込み、ゲラゲラ笑って、そしてお腹がすいてという楽しい体験だった。だのに、大人になった私は、美瑛で、落ちたら怖いということしかなかった。「せっかくの機会だったのになー。」と飛び込まなかったこと後悔しはじめたころ、結局、半年後の12月に階段落ちを体験した。「あれ?あの川での飛び降りる感覚と一緒じゃない?」階段おちしてしばらくして納得した。私は後悔した川へ飛び降りる体験を、「階段」で実際に時間差でやったのだ、本来やる場所でやればよかったのに。(笑)そして、私は、階段から落ちた直後、もう一つの明確な感覚が沸き起こった。「打ちどころが悪かったら、死ぬかもしれない。」と階段から落ちた後に思ったとき、自分の体から「ふっと」意識が抜けるような不思議な感覚があった。羞恥心や痛みが沸き起こって、すぐに現実に引き戻されたが、その感覚の後、「私の体も 私の衣類やバッグも全て、この世での借り物なんだ。」「私が私の『磁力のような力』で引き寄せたものだ。」と感じた。するとそれからことあるごとにあの階段落ち体験が頭に浮かび私の意識はどんどん拡大されていき「私の体だけでなく そばにいた旦那も、私の家族もそして、私の体験も全て生きてる間に、私が引き寄せていたんだ!」とリアルに腑に落ちた。結局  私は この私(今矢トコ)としての命があるとき私のしたい体験、私の愛するもの、愛する人を自分から引き寄せて、それを体験をしているだけなんだと。自分の人生に全て責任を持つということがようやくわかった。素晴らしい体験や美しいものは私が体験したくて私が引き寄せたもの。だから私自身だし、いやな出来事が起こるとしてもきっと、それは自分が「何かを知りたくて」 「何かを体験したくて」起きてることだから自分で「解決できる」もしくは「自分の中で納得できる答え」があるのだとも。全て、スペシャルな人生劇場なんだなー。多くの本や宗教がそういう言葉を書いてるけど、文字を追っても理解していなかったし、「うーん、そうは言ってもねー。」と納得してなかった。自分の感情は自分が忘れたころにいろんなものを引き寄せている可能性がある。丁寧に 丁寧に自分を扱うことの大切さ、自分を感じることの大切さを知った。そして、自分はいつも「自分のしたいこと、出逢いたい人、やりたいこと」を用意してくれているんだと。ああ、そういうことだ!!人生、これから楽しめまっせー!再び、この「私」を楽しもう!!

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  • 16Feb
    • うひょー 宇宙すごすぎ!

      毎日 引き寄せというか、自分を幸せにする意識の実験していて「うひゃー!」とか「ピーン!」とか「ありがたやー!」とか「なんだか眠くなったから今は寝ちゃおう」(笑)とかそんなことを楽しみながらやっていたら、「やっぱり!!」と思う出来事が昨日きて、宇宙の凄さに本当に驚きました。前回のブログで、九州旅行を書きましたが、九州旅行の初日 旦那が熱で寝込みました。キャンセルも考えたけど、旦那が行けるという言葉を信じ、大分へ。一番のメインだった大好物の、安くて新鮮なフグ料理を夫婦そろって食べることはどうにかできました。二日目の湯布院へ移動中、高速道路に雪が降り積もり、チェーン規制の前に、借りてあったチェーンを巻いたもののかなり古い型のチェーンで、ゆるみがでて、レンタカーを傷つけてしまうはめに。旦那も私もショックだったといえばショックだったけど、この間の福井の渋滞のような状況になりかねない状況の中、チェーンがあったことで私たちのレンタカーは雪の積もった道を宿まで届けてくれたことに素直に感謝していました。そして、三日目の福岡。先日のブログのとおり、旦那の体調は全く回復せず、とにかく早くゆっくりしようと、チェックインしたら、驚くべき、狂喜乱舞のスィートルームへのアップグレード。その部屋は寝室とリビングルームが完全に分かれていたので旦那は寝室で体調回復させ、私はリビングルームでくつろぎ、ほぼ部屋から出ず、ゆっくりと過ごすことができ、気持ちも優雅に、お部屋の空間の豪華さを心ゆくまで堪能。そして最終日、レンタカー屋で、「チェーンでの傷は保険外なんで、修理の実費の分請求させてもらいます。」とのこと。体調が万全でなかった上に、加えて雪の中、無事事故なく帰宅できたことが今回の旅で一番良かったことだと、二人で納得。で、忘れたころにレンタカー屋さんから昨日、請求書が来ました。開封して納得。「やっぱりそうでしたか。」バンパーも取り換えることになり、普通に考えたら、高額。でも私は素直に納得しちゃったんです。そう、レンタカー屋さんの請求金額と、福岡のスィートルームの本来払うべき一泊の室料金がほぼ同額。少しレンタカー屋さんの方が安かった。うひゃー、すごい、宇宙。一見すると悪いように感じる出来事だけど、「お金」のエネルギーが私たちの安全と、スペシャルな豪華な体験をさせてもらえたんだと思ったらもう、感謝しかないなーと思った次第です。サンキュー、宇宙!サンキュー、九州!大分!!福岡!!さ、今日レンタカー屋さんへ感謝をこめて振込みしてこよーっと。

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  • 01Feb
    • 面白かった 実験の1月

      1月のブログから久しぶりのブログ。昨日は自宅ベランダで寒さに震えながらも、美しい満月と皆既月食を観れたことに小躍りしてました。振り返ると1月の初旬くらいから、「ひょー、素敵!!」と感動する意識の使い方を知り自分をその考えというか、意識のさせ方で、実験している日々でした。それは、引き寄せの法則という法則。ええっと、今さらという感じのひともいらっしゃいますね。はい。わかります。私自身、「そんなの知ってるよー。」とか、「なんか欲深いなー。」と決めつけて、全く読んでなかったんです。全て自分の意識がこの世界では具現化されるという、物理学的にも宗教の世界でも当たり前の話として有名な話なんですが、私、ちゃんとその意味を理解していなかったんですよね。瞬間瞬間に「自分」が「何に意識しているか」を、確認して、瞬間瞬間、自分を心地よくさせることで、それが具現化の結果として現れるということ。まあ、自分を信頼して、自分を大切にということなんですけど過去、他人さまに良い顔をすることが良いことと思っていた私やええ恰好しいの私には、なかなか、「勇気」がいることでした。現在もそれ楽しみながら実験中。実験のさなか、先々週、旦那と一緒に大分、博多と旅行したのですが、旅行初日から旦那は熱が出て、食事もあまりとれない状況になったり雪に降られたり、借りたレンタカーをチェーンで傷つけてしまったり「うひゃー、何じゃこりゃー。」といつもの私だったら、ブーたれていたんですけど、そんな中の旅行で、いかに「心地良く」自分をするかということを実験してました。そしたら、最終日、福岡のホテルに宿泊したら、チェックイン早々の時間帯だったのに、なんと、そのホテルのVIPが泊まるスィートルームに泊まらせてもらえたんです。玄関に調度品が飾ってあって、いい香りがするお部屋。寝室、リビングルームが別で、通常宿泊する部屋の面積が2倍以上。シャワールームとお風呂が大理石でお風呂に入りながら福岡の景色を一望できるんです。今まで泊まったことなんかない部屋です。私も旦那からうつったと思われる風邪で熱気味だったのに、部屋に入るなり喜びの踊りを舞いました。そんなこんなの1月の実験の日々でしたが引き続き楽しみながら、2月もこの実験をやっていこうと思っています。

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  • 02Jan
    • 私にとっての豊かさとは

      年末年始旦那の実家でひたすら、家の掃除と家事をやり続けた。座る時間は食事をする時間とトイレと、お風呂のときのみ。そして、ようやく寝室でふっと空を見上げたら美しいお月様が見えた。満月前の元旦の夜。自分にとって、どうしたいのか、しばらく目を閉じて自分の想いが沸き上がるのを待った。すると詞がスラスラと浮かんできた「私は闇の中で光とともに輝く私は光の下で歓喜するこの美しい月を観れたことに思い出せ自分の輝きを思い出せ自分の美しさを今宵は素直になれ」そして詞を書き終わったあと、私は豊かになりたいと強く思った。そして詞がまた沸き起こった「豊かさとは日々の季節の移ろい日々の衣、食、住日々の創造力日々の語らい日々の散歩日々の隙間日々のふれあい自分の美しさ自分の笑顔自分の素晴らしさ出逢う人の美しさ出逢う人の素晴らしさ私は穏やかな光の中で幸せをかみしめる離れている大切な人たちに想いを送りながら」豊かさとは本当は何なのか今夜のスーパームーンの光を浴びながら素直になろうと思っている。

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プロフィール

今矢 トコ

性別:
女性
お住まいの地域:
神奈川県
自己紹介:
笑顔、ユーモアが大好きな地球人です。

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