今日、不忍の池にさくらを見に・・・いいえ、池の周りから見えるお父さんのいた東大病院を見に・・・
昨年の今頃は病窓から眺めていた処です
放射線治療が5回目ぐらい、科学療法も始まった頃で
真正面に精養軒が見る全面ガラス張りの病室でしたね
黒いお山を背に
精養軒に灯りがついた
なあ、とっこ
退院したら
向こうからこっちの窓を眺めて
ディナーを楽しもうよ
そんな風に書いていたね
亡くなってから書いてあるのを見つけて泣きました
精養軒には行けません・・・いつか先に二人で行きましょう、お父さんと一緒に・・・
さくらはきれいでしたよ お父さんもさくらを見ましたか・・・
あれから6ヶ月になろうとしています・・・
月日のたつのは早いですね。
そして桜が咲いていますよ・・・
ベットに二人で腰掛けて病室の窓から桜をよく眺めていましたね~
桜を見ながら歩いている人の群れに私達も居たいとも思いながらお喋りをしてました
その頃は気官切開だけで食事も出来るようになると・・・
希望があって元気でしたし声も出るようになってました、
気官手術後は声が出なく成るでしょうと言われたいたものね、
でも声が出ない時の方が精悍な感じがしました
声が出ないときに白板に書いた詩ですよ・・・
そう白板にいろいろと~読むのに疲れるぐらいに書いたね
『不忍の池の向こう、
上野の向こう、
街の向こう、
その先を流れる川の向こう・・・・
そこに君たちが居るそれが「希望」です』
久しぶりに本当に久しぶりに手紙を書きました、
高校生の頃は交換日記をしていましね・・・
いろいろ思い出します
これからは思い出をお便りする事にしますね
お父さんもお便りをくれると嬉のですが・・・
ではまた