「今日の真壁くん、変だよ?ラブストーリーをたて続けに見ても、爆睡しなかったし文句も言わなかったね。一言も話さずに見入ってるからびっくりしちゃったよ~」



 
夕食の後、俺たちはくっついて江藤の持ってきたDVDを数本見たが、それらが恋愛ものだったなんて気付かないほど、さっきのこいつの爆弾発言に心臓がバコバコしていて、このバコバコを江藤に気付かれないようにポーカーフェイスを決めるのがやっとだったんだ。適切ではないけど俺の乏しい表現力をもってこの状態を表現すると、魂を持って行かれるって、こういうことを言うのかもな。まあ、とにかくビビったぜ。
 
あんなにキス以上進むのを拒むこいつのことだ、深い意味なんてないのかもしれない。下手に追求するのもなんだかな~、って思っていた矢先のことだった。



 
「ねえ、なんだかお腹がすいたね。この頃、少しずつ寒くなってきたから温かいものしようか?何が食べたい?」
 
その、、、何が食べたい?発言やめてくれよな。煩悩に苛まれる。
 
「あー、今日はこの辺でおひらきにしようぜ。遅くなったから送ってく」
 
「いやよ、帰らない!」
 
「親父さんたちも心配するだろ?また、明日来ればいいじゃないか」
 
「お父さんたちには真壁くんちに泊まるって言ってきたから大丈夫だよ」
 
大丈夫じゃねえんだよ!
一番危険だし!
頭イテーナ。
 
「とにかく、今日は帰れ。送ってく」
 
「いやっ!」
 
「ダメだ!」
 
「真壁くんと一緒にいたいから帰らないって言ってるのに、どうしてそんなに怒るのよ?」
 
あーあ、泣き出したぜ。
泣かれると弱いんだよな、俺。
どうすりゃいいんだよ。
 
「私がいると迷惑なの?他の彼女がこの後にくるの?」
 
「はああ?」
 
「だってそうじゃない?いつもは嫌がるラブストーリーにも気付かずに幾つも見過ごすくらい他のこと考えてたんでしょ?他の娘と私がバッティングしちゃったら大変だから私を帰す言い訳とか考えてた?」
 
 
いつもの意味不明なネガティブスパイラルを急降下し始めたのか?
さすが作家の娘だ。想像力がご立派で...。
おっと、関心してる場合じゃなかった。
 
「そうじゃねえよ。お前が帰っても誰も来ねえし。お前以外に誰とも付き合ってもねえし、興味もねえ」
 
「だったら!!」
 
「ダメだ!」
 
「もし、私が真壁くんだったら、休みの日は誰にも邪魔されず二人っきりでずっと過ごしたいって思うのに…」
 
「俺だって、ずっと一緒にいたいさ。でもさ、野郎の家に泊まるってことは、何かあるかもしれねえんだぞ?俺だって頭の中では下司いこと考えてる青年男子なんだぞ。何かあったらどうするんだ?」
 
「いいよ、真壁くんなら」
 
「お前、自分の言ってることわかってるのか?」
 

「わかってるよ」
 
「お前が俺といたいって思うように、俺もお前といたいって思うよ。でもな、そういう時間が増えると同時に俺はそれ以上のものを望んでしまうんだ。俺に失望して許せなくなるかもしれねえぞ。今日は帰れ。送ってく」
 
「いやよ。ここにいさせて!絶対帰らないんだから!!」
 
「だから…。もう少し頭冷やせって。俺ら、時間だけは他の奴らよりたっぷりあるんだしさ」
 
ありがたい状況なのに、そういうときに限って俺って生真面目になるんだよな。
そして、江藤も時として俺以上に頑固になる。俺とのことに関しては…


 
「もういい!真壁くんなんて、大嫌い!そんなにここに居て欲しくないんだったら出て行くわよ!さよなら!」
 
江藤はそう言い残して、靴も履かずに駆け出して行った。
 
俺はあいつの靴を掴み、慌てて後を追いかけた。
 
「お、おい!待てよ!」
 
「追いかけてこないでよ!」
 
「こんな時間にどこ行くんだよ?」
 
「家に帰るのも癪だから、楓ちゃんちかゆりえさんちに泊めてもらう!」
 
「おい!もう夜中の2時だぞ!そんな時間に行くのは非常識だろ?」
 
「真壁くんに非常識なんて言われたくないもん!」
 
こいつ、いてーとこつくよな…。
 
「とにかく、靴履けよ。ほら」
 
「あ…」
 
「そんなとこに突っ立ってないで、風邪引く前に部屋に戻ろうぜ。落ち着いて話そう。ココアでも淹れるか?」
 
「うん」
 
江藤はさっきの勢いはどこへやら、俺についてアパートに戻った。俺はというと、しょんぼりしている彼女に手を差し出すのが精一杯だった。

なんだか、まるでお袋さんに怒られた親父さんが肩を落として棺桶の中に入っていくように、彼女は、音も立てず6畳間に吸い込まれるように入り卓袱台の前に俯いて座り込んだ。


 
はてさて、これからどうしよう。
そりゃー、俺だって江藤と週末中過ごしたいさ。できれば、、、って思ってるさ。
でも、ちゃんと話さなきゃな。
今後のためにも。
 
 



はああ…。
俺って肝心の時にチキンになるんだよなー。
今日こそは、ちゃんと俺の気持ちを伝えなきゃな。
 
「ほら、ココア。これ飲んで温まれ。冷えただろ」
 
「…」
ココアを渡し、卓袱台越しに江藤と向き合って座った。


 
何から話そうか。
さっきの拗れ始めを思い返してみた。
お泊まりセットで俺が動揺→動揺のあまり俺が苦手な恋愛映画を数本見過ごす→異例の反応に江藤が別の彼女が現れるというあらぬ方向に勘違い…


 
「ぷっ」
 
そこまで記憶を遡り吹き出してしまった。
 
「ぶははははははははーっ。」
 
俺は我慢出来なくなり、腹を抱えて笑い転げてしまった。
 
江藤はそんな俺を見て
 
「何がそんなにおかしいのよ?」
 
と半ギレ気味に怒った。
 
「え?あー、さっきの妄想を思い出してた。てかさー、俺ってそんなに信用ねーの?」
 
それでも江藤はキョトンとして俺が笑い転げてる理由も分からないようだ。
 
「だーかーらー、次の女が来るっていうアレ!」
 
「あっ」
 
江藤もようやく状況が掴め始めて、暫し間の後にケラケラと笑い始めた。
 
「次の彼女、こないねー」
 
そして
 
「あれ、言い掛かりだったね。ごめん」
 
「ばーか」
 




俺たちは平静を取り戻し、ようやくまともに話し始めた。
 
「この際、俺に言いたいことがあるなら遠慮せず言え」
 
「質問攻めにしてもいいの?ちゃんと答えてくれる?」
 
「全部に答える約束はしねえが、努力はする」
 
「なによ、それ」
 
「じゃあ、俺の質問にも答えるのか?」
 
「全部に答える約束はしねえが、努力はする」
 
「なんだよそれ!」
 
 
ハハハハ
 





「なんだか笑ったら腹すいたな。なんか作ろうぜ。食いながら話そう」
 
「うん!もう遅いし軽めの温かいものにしよう!生姜たっぷり春雨スープとかはどう?」

「いいじゃん!」

  




「ぅっめ~!温まるぜ!」

「こういうものが美味しい季節になったね」

「ああ」

「なあ、お前、なんで俺が他の女とも付き合ってるって思ったんだ?」

「中学時代の真壁くんを知ってる人なら、今の真壁くんを見たらビックリすると思うの。あの頃は真壁さんとか呼ばれてたし。みんなが避けて通る真壁俊で、不良の一匹狼の天涯孤独キャラ演じてたし。でも、最近は丸くなってクラスの女の子たちともよくしゃべってるし」

「しょうがねーだろ?クラスの3/4は女子なんだから。話しかけられたら無視できないだろ?俺もさ、肩肘張らなくてものんびりできる時代がきたわけで。なんか、こういう平和な時間を贅沢に使える自分に戸惑ってるのも正直なところでさ。お前が悩むとこじゃねーよ。俺が悩んでねーんだだから。戸惑ってるけど、むしろ楽しもうとしてる」

「でも…。みんな真壁くんのこと好きなんだよ。体育とか家庭科の授業と時なんか、みんなもっぱら真壁くんの事ばっかり話してるし~。男子の体育の授業なんて、真壁くんが動く度にキャーキャー言ってるし」

「それで不安になったのか?」

「うん」

「だったら、俺たちが付き合ってる事、公表するか?」

「え?いいの?」

「ああ、別に隠さなくてもいいだろ?」

「そしたら、神谷さんが…」

「あいつにもいつかは分かってもらわなきゃいけないんだしさ。俺からもちゃんと話すよ。もし今度、誰かに俺たちのことを聞かれたら、付き合ってる事話してみろよ。徐々に公表していこうぜ。俺もそうする」

「ありがと、真壁くん(涙」

「お前って笑ったり怒ったり泣いたり忙しい奴だな」

「そうさせてるのは真壁くんだよ」

「そりゃー悪うござんしたな」

「本当に反省してる?」

「まあな、俺が信用されないのは俺のせいだって分かってるさ。お前を不安にさせてばかりいるのも俺だし」

「信用してないわけじゃないよ。どちらかというと、真壁くんほど信頼できる人は他にいないよ。だから好きなんだもん」

「それはどうも」

「でも、大好きだけど最近の真壁くんはちょっと怖かったの」

「俺が怖い?」

「うん…」

言いかけて黙りこんだ江藤。




「怒らないから言ってみろよ。俺も心当たりあるしさ」

「心当たり?」

「ああ。最近、なんていうか、その…、キ、キス以上のことに押し進めようとするからだろ?」

「…」

「だろ?今日は腹割って話そうっていっただろ?」

「うん」

「だから遠慮せず思ってること言ってみな」

「あのね…」





話すことを躊躇っていた江藤だったが、徐々に話し始めた。