俺は相変わらず貧乏生活。
でも、部活にジムとボクシング三昧の日々、毎日それなりに充実していた。
一匹狼を気取っていた中学生の頃とは違い、もう鎧を纏う必要もなくバカなことも言い合える等身大の俺を受け入れてくれる友達もできた。


長い間忘れていた、いや、これまでの俺の人生の中で味わったことがなかった
穏やかで、それでいて、楽しくて刺激的な日々ーー。
そんな日常に江藤の存在があり、2人で過ごす時間も次第に増えていった。


江藤の親父さんたちは俺には寛大で、俺が遊びに行くのも、江藤が来るのもウェルカムといった感じだったが、あまり信用されるのも居心地がよろしくなく、ヘタレだった俺は、思いとは裏腹に江藤と一定のラインを越えられずにいた。


もう江藤への気持ちを偽らないと決めたあの夜、俺の中で何かが弾けた気がした。
日々、大きくなる彼女への思い。
そして、日野たちと繰り返す下世話な話に、野郎特有の好奇心も大きくなっていった。





そんなある日の部活の後の帰り道ーー。

「ねえ、真壁くん。今日、ジム何時まで?」

「8時頃までかなー」

「じゃあ、ご飯一緒にたべよ?」

「わかった。なるべく早く帰る」

「何が食べたい? 真壁くんの好きなもの作るよ!」

「うーん、なんでもいいよ」

「えー、それが一番困るんだよ。今、一番食べたいもの教えて!」



お前だよ!


心の中では大声で叫べても、声に出してなんて口が裂けても言えねえ。

俺が一番食いたいものなんて、一つしかねえよ。
ああ、日野とアロンが乗り移ったのか?
それともエロの神が降臨したのか?
もし、意を決して伝えたとしても
また、この前みたいにダメダメビームにやられてしまうんだろうな。。。


「ねえ、ったら~!」

「あー、ハンバーグ?」

「え? また?この間もハンバーグだったでしょ」

「あー、じゃあ、オムライス?」

「それ、昨日のお弁当だったでしょ。そんなに好きなの?」

「だーかーらー、おまえ、、、いや、なんでもない」

「お?お鍋?おにぎり?お、お、お、お、のつく食べ物って…」

「気にするな。お前の作るものならなんでもいいよ」

「もう!本当になんでもいいんだね?」

「ああ、美味いもの作ってくれよ!」

「うん!じゃあ、着替えたら行くね。帰って来たらすぐ食べられるように準備しておくね」

「ああ」

「ねえ、今週末はジムとバイトあるの?」

「いや、ジムは設備の点検で業者が入るから休館で、バイトは入れてない。久しぶりにゆっくりできそうだ」

「じゃあ、ご飯のあとビデオ観ようよ!」

「そだな」

「わーい!」

「じゃあ、この鍵使って入ってろ。危ないから中にいる時もちゃんと鍵かけて、知らない人が来てもでるなよ。ヘラヘラついてったりするなよ」

「はーい!って、ヘラヘラついてったりしませんよーだ!」

「どうだかな。お調子者のお前のことだからなー」

「なによー!お調子者って!失礼なんだから~!」

「ハハハ!」

「でも、ここで私に鍵渡したら真壁くんどうやって部屋に入るの?ジムの前にアパートに寄るでしょ?」

「あー、俺はちょちょっと力を使って入るよ。今日は特別な!」

「いいなー、真壁くんにはそんな力があって~」

「まーな。お前に俺の力がなくて良かったぜ。何されるか毎日気がきじゃねえからな!」

「もう、失礼ね!そんなことしませんよーだ!」

「どうだかな?」


そんな会話をしているうちに江藤の家に着いてしまった。

楽しいひと時も一旦お預けか…。




「送ってくれてありがとうね!」

「おう!また後でな」

「うん!ジム、頑張ってね!」

「じゃあな」

「バイバーイ!」




数時間後、ジムでみっちりしごかれ疲れた体を引きずって帰路についた。
アパートの階段を登る途中でさっきの会話を思い出す。
俺がドアをノックしたら、誰かも確かめずに疑いもせずドアを開けるかな。
そしたらすかざず「こら!言わんこっちゃない!お前は危機感が無さすぎる!」なんて怒るふりでもしてみるか。あいつは「だってー、そろそろ真壁くんが帰ってくる時間なんだもん。それにこの部屋を訪れる人なんているのかしらね?」なんて開き直るんだろーな。
なんて考えながら部屋のドアをノックした。


「はーい!」

期待通り確認もせず、思いっきりドアが開いた。

「わーい、真壁くんだ~。おかえり~♡」

「だーかーらー、数時間前にお前に言ったこと覚えてるか?」

「何?夕ご飯は”お”のつくもの?思いつかなかったら今夜はイタリアンにしました~!すぐ食べる?それともお風呂?」


すぐにお食事?それとも、わ・た・し?的な挑発か?
って、こいつ、分かってて言ってるのか?

悩まし~!




「そういうことじゃなくて、確認もせずドアを開けたりするな、って言ったよな。俺がとんでもない変態野郎だったらどうしたんだ?」

「だってー、真壁くんが帰って来る時間だし~。この部屋を訪れる人なんていないわよ」


寸分の狂いもない予想通りの返事に呆れながらも安堵感を覚える俺は、頭の中まで江藤色に染められてしまったのか?
でも、ここは心を鬼にしてこいつの不用心な行動を咎めた方がいいのか?


「ねえ、どうしたの?帰ってくるなり考え事?早く部屋に入りなよ」

「だーかーらー、何かあってからじゃ遅いだろ」

「大丈夫よ、いざとなったら噛み付くから!」

「そうじゃなくて、ほんとに気をつけろよ、この世の中変質者だらけだぞ!毎回俺が側にいてやれる訳じゃないんだし」

「わーい!真壁くんが心配してくれてる~。真壁くんだーい好き!」

「今度から気をつけるんだぞ」

何を言っても無駄な気がする。脱力。


「あーもう、腹減った!飯にしようぜ!今日は何だって?」

「今夜は腕によりをかけて作ったイタリアンだよ~。カプレーゼとー、クリームパンプキンソースの手作りニョッキにミネストローネでしょ、あとはローストポークのローズマリーソルトがけよ~。デザートは甘さ控えめさっぱりレモンゼリーでーす!うちの家族も大好きなメニューをご用意しました~」

「すげー!昨日の晩飯とはえれー違いだ」

「昨日は何を食べたの?」

「カップラーメン2個」

「だめだよ。栄養偏るよー」

「昨日はジムもバイトもあったし、お前、小塚と河合と出かけるとか言ってじゃないか?」

「だからその後来ようかって言ったのに、来なくていいって断ったの真壁くんじゃん」

「ま、昨日は木曜だったし、親父さんたちも心配するだろ?ただでさえ、娘が夜な夜な一人暮らしの野郎の家に出入りしてるんだから」

「お父さんたち?全然、心配してないよ。だって、娘の彼氏が真壁くんなんだも~ん♡」



出たよ。ザ・絶対安心彼氏、真壁俊!

その絶対安心彼氏が一番悶々としてるんだ。危険だぜ、最近の俺。



「それより食べようぜ!!」

「「いっただきまーすっ!」」

「美味しい?」

「ああ、特にこのサラダ」

「ちょっとー、それ、切って並べただけだよ!!」

「ハハハ、うそうそ。全部、美味いよ。ありがとな」

「わーい!真壁くんに褒められちゃったー。ラッキ⭐︎」


江藤と向かい合う食卓も慣れてきたこの頃。
この幸せな日常が未来永劫続けばいいなーー。


ふ、と部屋の片隅の江藤のでかいカバンが目に入った。

「なあ、これまたでかいカバンで来たんだな」

「あれは、後のお楽しみ~」

「何か企んでるんだったら、今、言えよ」

「楽しいことだよー!今週末はずっと真壁くんと一緒だもん♡絶対離れないよー!」

ま、ま、まじっすか?
本気ですか?
俺、ダメダメビームに殺られなくてもいいのか?
これで俺も??!!!


「な、何すんだよ?お前、何したいんだ、俺と?!」

「そんなに気になる?」

「全然!」


うそうそ!全然、気になってまーす!
僕、健全な18歳男子でーす!
なんて、ふざけてみたりして(心の中で)

「ちぇーっ、私はこんなに真壁くんのこと大好きなのに真壁くんは私のことなんて興味ないんだね(涙)。私は、ご飯作ってくれる便利なお手伝いさんみたいなもんだね。無償の…」

「そんなこと一言も言ってないだろ!」

「じゃあ、私のこと、好き?」

おーい!今更、そんな質問するのかよ!
頭いてー。

「そろそろ、そのカバンの中身のお披露目しようぜ!」

「うん!」


そこは素直なんだな。


「じゃーん!本日のメーンエベント!真壁選手と過ごすウィークエンドの必需品をご紹介いたいしまーす!」

いやーん!照れるなー。
すごいもんが出て来そうな予感がするぜ!


「真壁くんと見たかった映画10本。真壁選手が退屈しないようにコメディもスポ根も取り入れております!そしてウノと花札!花札は神谷さんも入れたいとこだけど、そこはご遠慮していただきましょーーー!!ザ・全国民のヒーロー的存在黒ひげゲーーーームッ、そして、お腹が空いた時の為のお菓子3日分、全て蘭世選手の手作りでーす!そして、そして、お泊まりセーーーーーット!!!以上でございますが過不足ございますでしょーーーーーーーかッ!!!」


なんだよ、このボクシングの選手入場アナウンスにも負けないような、見事なカバンの中身紹介はーーー!
って、おい!
なんだよ、そのアミューズメント系のカバンの中身は???!!!
俺好みのものは、、、、、









お泊まりセット???












つづく




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