みなさま、あけましておめでとうございます

 

2020年が多くの方にとって幸多き一年となりますように、

今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 



 

年末は恒例のおせちを作り、家族水入らず穏やかな‥

 


 

 

 

はい‥なんとか‥、穏やかな年越しをすることが出来ました。



 

我が家はなんと年末は離婚騒動。

 

 


 

ユッキーナとフジモンの離婚発表、他人事ではありませんでした(笑)

 

 

 

 

これほど離婚を現実的に考え、想像したのは初めてで…私にとってだいぶ深刻な事態でした。

 

 

せっかくのおせちも、これが夫と食べる最後のおせちになるのかもしれない‥とか考えながら作る始末。苦笑

 

 

 

 

いつなにが起こるか分からないものです。

 

 

この話はいずれもしご紹介するときがあれば。

 

 

(話し合いを重ね、今は円満に戻っております!)

 

 

 

 

 

話はうんと変わり、みなさま手帳は持ってらっしゃいますか?

 

 

私は仕事でのスケジュールは会社全体でオンラインなので、紙の手帳を持ってもな…とも思ったのですが、適応障害の恩恵というか

 

 

「好きなことをする」

 

ことの重要性を改めて、しかも今度は身に染みて知ったので

 

 

 

12月の結婚記念日に久々に主人と二人でデートした際に立ち寄ったロフトで思い切って買いました。

 

 

その名も、

 

逆算手帳

 

「あなたの願いがみるみる叶う」

「なりたい自分にどんどんなれる!」

 

 


 

初めて目にしたのですが、

 

自分の行きたい先ややりたいこと、好きなことを書き出して、

そこから逆算して一年を計画していくという内容です。

 

 

 

 

余談ですが、


私がお伝えしている「こんまり流片づけ」も似ていて、まずはどこに行き着きたいのか、理想の部屋を考えるところから始まります。

 

これは関係ないようで、片づけの成功と継続にはとても重要なポイントなので、

日々のTODOや予定を書くことからではなく、まずどこに行きたいのかから考えるというこの手帳は少し考え方もなじむものがありました。

 

 

 

その手帳で、最初に「やりたいことリスト」というのがあるんですが、

 

 

 


これが、まぁ‥出てこない出てこない。笑

 

 



 

 

いざ、書いてみても増えていかないんです。

 

リストは100まであるのですが、最初に書けたのはせいぜい20くらい。

 

 

 

 

好きなことをする、その計画時点からすでに自分は下手くそだということに気付きました。

 

しかも、出てきた20個程度のやりたいことは、よく見ると

 

 

 

 

もう何年も、下手したら10年以上前から

 

「いつかやりたいな」と思っていることだったりしたんです。

 

 

 

 

年末の離婚騒動の真っただ中で、久々に中学の同級生と終日会っていたのですが

(この日は私もまだ半分ブチ切れていて、出産後久々に昼からお酒を飲みましたw)

 

 

 

この話を一緒にしているなかで、

 

 

 

 

きっと、昔からやりたかったことをいつまでもやっていないから、

 

新しいやりたいことが出てこないのかもね

 

 

 

という話になりました。

 

 

 

 

でも、これは確かに的を得ていて、

 

 

 

 

そのむかーーーーしからやりたかったことのいくつかにようやく着手したんですね。

 

 



やりたいことが叶う場所を調べて電話して予約をしたり、


行きたい場所について営業時間や場所を詳しく調べたり、


買いたかったものをついに購入したり、


行きたい場所に一緒に行きたい人を探して実際に誘って承諾を得たり、

 

 

 

で、そうしていったら、

 

 

 

 

12月半ば時点で20個程度だったやりたいことが

 

 

 

今日の時点ですでに63個まで増えているんですよ。

 

 

 

 

 

 

やりきったことはまだほんの少しですが、

 

日々このリストを見て、やりたいことにすこーーしずつ着手して、

 

 

 

 

まだやりたいことをやりきっている訳でもないけれど、

 

それでも新しいワクワクが増えていく

 

 

 

 

これは理屈は分からないですが、不思議だなぁと感じました。

 

 

 

 

 

 

でも、おそらくですが

 

 

やりたいことに少しだけだとしても着手することで、

 

 

 

気持ちが少しワクワクして

 

 

 

そうなることで、その少しワクワクした心が、また新しいワクワクを感じる

 

 

 

 

 

という感じのワクワクの連鎖なのかなぁと思います。

 

 

 

 

 

いかに、ワクワクすること、何かの予定を楽しみにして過ごすこと、

 

そういったことからかけ離れた生活を送っていたのかを改めて痛感します。

 

 

 

 

 

好きな職場で好きな仕事もしていたので、

 

そんな状態だとは露ほども思わなかったのですが

 

 

 

 

やりたいことに最終的につながるとは言え、

仕事では「やらなければいけないこと」もそこに付随してたくさん出てくるので、

 

 

 

 

 

 

単純に「楽しそうだからやりたい」という類の、

 

楽しい・ワクワク・嬉しい・ウキウキ

 

といったプラスの感情だけでいられる事や時間というのを、別でも確保する必要があるんだなと学びました。

 

 

 

 

というわけで、

 

3日坊主と定評のある私がすでに3週間ほど(まだ短いけれど。笑)使っていて、

 

やりたいことを増やして、着手し続けられている

 

 

 

「やりたいことリスト」づくり

 

 

 

ぜひ、おすすめです!

(手帳買わなくても、ノートとかの紙でも全然いいと思います!笑)

 

 

 

 

 

そして、やはり大事なのは着手することなんですよね。

 

本当に自戒も込めてですが、自分が楽しい、嬉しい、と感じることをほんの少しでもいいから本気で着手すること。

 

 

 

一つでもいいから着手すること

 

 

 

 

それが、より幸せな自分の未来を作る一歩になるということ、

 

 

そのことを忘れちゃいけないなと、これを書きながら改めて自分にも刻もうと思います。

 

 

 

 

そうそう、最近全然片づけのことを書けていないですが、

 

私のやりたいことリストにも入っている大船でのセミナー開催も1月か2月には出来たらなと思っています。

 

 

場所は大船駅のSEIYU近辺のカフェ

(現在店長さんに相談中です。偉い!私着手してる!笑)

 

 

 

こちらは決まり次第、またこちらで案内します。

 

 

 

 

 

多くの人が、やりたいことを一つでも叶え、

 

ワクワクした日々を過ごせますように。

 

 

 

 

 

愛を込めて。

 

最近、みなさま毒づいていますか?

 

 

 

 

いい人でいたい

 

 

という一歩間違えば呪いにもなりうるこの考えのせいで

 

 

 

 

私はここ最近ずーっと毒づくことが出来ていませんでした。

 

 

 

 

 

ムカつく部下に対して

 

 

いいところを見よう

 

たくさん助けてもらってる

 

 

 

 

と、嫌な気持になってもそれに何回も蓋をして、封印していました。

 

 

 

 

 

でも、この封印ってめちゃめちゃパワー使うんですよね。

 

 

 

 

私はかなりそれを我慢して、我慢して、で結局それだけではないですが、心を無視し続けた結果適応障害になりました。

 

 

 

 

 

 

独り言でも、ネガティブなことを言うことをためらってしまっていたんですよね。

 

 

これって本当に難しいなぁと感じて、

 

 

 

ポジティブになろう、

 

感じの良い人でいよう、

 

人の良いところに目を向けられる人でいよう、

 

 

 

どれも考え自体はとても素敵なことですが

 

 

 

逆をいうと

 

 

 

ポジティブじゃなきゃダメ、

 

感じが良くないとダメ、

 

人のよいところに目を向けなきゃダメ、

 

 

 

 

と、自分に色々な「しなきゃいけない、~でなければいけない」を課してしまうんですよね。

 

 

 

 

 

これは、下手すると

 

ネガティブであったり、感じが悪いこと以上に、自分に不健康なことにもなりえるなと思ったんです。

 

 

 

 

 

 

私たちには誰しも感情があって、

 

それを感じてしまうことは何も悪いことではなくて、

 

 

 

 

ネガティブなときがあったって、

 

感じが悪い時がたまにあったって、

 

人の悪いところが見えてしまったって、

 

 

 

 

 

それでも、私たちは誰しも尊い存在だと、やっぱり忘れちゃいけないなと

 

 

 

 

 

 

 

ネガティブな自分を封じるよりも、

 

ネガティブに感じた自分を抱きしめて受け止めてあげたほうが、

 

ずっと意味があるだろうなと思います。

 

 

 

 

 

だから、毒づきたかったら、勇気をもってとにかく毒づく

 

 

 

 

 

誰かを傷つけてしまうかもしれない行動は慎重になる必要がもちろんありますが、

 

感じる心は私たち自身のものだから

 

 

 

 

 

自分は少なくともそんな自分を否定しないであげたいなと

 

 

 

 

そんなわけで、

 

 

少し毒づけるようになった私もさきほど

 

 

 

 

「Fucking Bitchhhh!!!」

 

「うるさーーーーい!!!だまれーーーー!!!!」

 

「黙ってやれーーーーーー!!!!」

 

 

(正直に言いやすいのか、独り言の文句にはたいてい英語が混じります。笑)

 

 

 

 

と、毒づきました。

 

えぇ、仁王立ちで。

 

 

 

もちろん一人で。

 

チキンですし。

 

 

 

 

 

 

声に出して毒づくと、やっぱりなんか少しすっきりするんですよね。

 

 

やっぱり心は誰よりも、何よりも正直なんだな、と改めて感じます。

 

 

 

 

大切な人を大切にしたい、

 

周りの人を大切にしたい、

 

優しくありたい、

 

 

 

 

そのためにも、

 

自分を大切にして、

 

自分に優しくあろうと思います

 

 

 

 

 

みなさま、今日はメリークリスマス

 

素敵な一日になりますように

 

 

 

愛をこめて

 

「助けて」

 

私にとってはこの言葉は

 

言いたいけど言えないセリフ、ベスト3には入るんじゃないかと思います。

 

 

 

それくらい、言うのをためらってしまう言葉でした。

 

 

弱い自分も認めてあげられなかったし、

弱いことを人に見透かされるのも馬鹿にされてしまいそうで嫌だったし、

 

 

ちゃんとしたい、ちゃんとしなきゃ

 

 

この呪縛が、人に助けを求めることを妨げていたなぁとつくづく思います。

 

 

 

 

適応障害になって、初めて私は

 

「助けてほしい」と夫に言葉に出して伝えることが出来ました。

 

 

 

優しく大好きな夫にはもちろんこれまでも沢山助けてもらっているんですよ、だから助けてもらっていなかったと言う意味ではなく

 

 

 

自分が「これは助けてもらっちゃいけない、自分がちゃんとしなきゃいけない」、もしくは「これは人に相談するのは恥ずかしいことだ」と自分に重責を課していたことに対して、誰かに助けを求めるというのは、

 

ものすっっっごくハードルが高くて

 

 

 

それが私はずーーっと出来ませんでした。

 

 

 

 

「無理なんです、出来ないんです」

 

「助けてください」

 

 

 

って言うのって本当に難しくて

 

 

 

周りの人には、「もっと頼ってね、甘えていいんだよ」と言えても、

それを自分に許すのはとっても難しかった。

 

 

 

 

 

しかも厄介なことに、自分が本当に心の底から助けてほしいことに限ってこれが出来なくて

 

割とどうでもいいことでは気軽に助けを求められるのに

 

 

 

 

だから、この言葉を夫に言った時は本当に勇気がいりました。

 

 

 

夫に反対されたり、拒否されたり、と言う心配は皆無だったけれど、

 

 

自分自身がそんなことを言う自分を許せるのか、受け入れてあげられるのかが、一番怖かった気がします。

 

 

 

 

 

だから、言えた時、

 

 

あぁ、私は助けてって言ってもいいんだ、って自分で自分を許してあげれたような思いでした。

 

 

 

 

まぁ、これは受け止めてくれると信じている相手だから出来たことですが。

 

 

 

 

10代の時ですが、

 

 

心底辛かったときに、心底孤独だったときに、

誰よりも大好きな人に、受け止めて欲しかった人に拒絶された経験が私にはあります。

 

 

 

それはその人のせいだけではなく、私自身の生育環境が生んだ生き辛さも起因していたと今は思うので、今もそれでとても悩んでいる訳ではありませんが、

 

 

 

でもやっぱり、今でも忘れることは出来ません。

 

そしてあいにく、その出来事を許すことも、やっぱり出来ないんです。

 

 

許さないという訳でもないので、どちらかというと

「許してあげなきゃいけない」と自分に言い聞かせることをやめたので、割と気持ちはスッキリはしているのですが

 

 

 

話は戻り、こういう経験ってやっぱり少なからずトラウマになるんですよね。

 

 

 

 

 

「甘えるな」と言われた私は、

 

心底甘えたい、支えてほしい、助けてほしい、抱きしめてほしい、というときに甘えるのが怖くなりました。

 

 

 

 

 

 

でも、適応障害という形で病んだとき、

 

無理を続けていたことをようやく認められたというか、

無理してた自分に「もう十分頑張ったよ」と言ってあげることが出来たんです。

 

 

 

 

適応障害になっても、私の価値は何一つ変わらないんだと自分で思えたとき、

 

 

 

 

 

 

「あぁ…、私これまでがんばってこれたんだ」

 

「がんばってきたんだね」

 

 

 

 

と、一人で家で大泣きしました。

 

 

 

 

自分をようやく、愛してあげられたような感覚でした。

 

 

 

 

「がんばったね、うんうん、すごくがんばってきたんだよね」

 

と自分に初めて心の底からの気持ちで言ってあげることが出来て、

 

 

 

 

 

逆に、環境や周りの人よりも、

 

誰よりも私自身が、

 

 

自分を苦しめていたんだ、ということにも気付きました。

 

 

 

 

自分を大切にする、自分を愛する、って本当に大切なことなのに、本当に難しいんですよね。

 

 

 

 

 

生まれ育ちが海外で、

 

今でこそあまり言われませんが、

 

若い頃はそれほど「お前は日本で暮らすの無理だよ」とか「気が利かない」とか「生意気」とか散々言われたので(笑)

 

そんな割と自信満々で生意気だった私でも、自己肯定感が本質的には低かった部分もそれなりにあったんだなと思うと

 

 

 

 

これは世界共通の悩みかもしれないなとも思います。

 

 

 

 

もっと、私たち一人一人が自分を、ありのままを愛することが出来たら、もっと世界は平和で温かいのかもしれないなぁ。

 

 

 

 

 

 

そうそう、ちなみにこの夫に「助けて」と言えた実際の内容は、

なんてことはない、家の家計担当をすることについてなんです。

 

 

我が家は結婚当初から私がずっと家の家計の計算とかをしていて、

お小遣い制とかではないのでそういうのはないんですが、

色々と仕組みを考えたり、表にまとめたりするのは私がしていて、

 

 

 

でも適応障害で病むまでの数ヶ月も、本当に激務で、

 

数ヶ月レシートも溜まっていて、立て替え分の精算とかも出来ていませんでした。

 

 

 

 

もう、溜まったレシートやら請求書の山をどうしていいか分からず、

 

いつもはそれでも私が「いい加減やろう!」と気合いを入れて処理していたのですが、それももうなんか出来ないし、ぶっちゃけ

 

やりたくないよぉー…泣

 

 

 

 

あぁ、もうどこから手をつけていいか分からない

 

いやだ、やりたくない

 

でもやらなくちゃ…でもいやだ、辛い、めんどくさい

 

やりたくない…やりたくない

 

 

 

 

病んでいたことで「やりたくない」ことを頑張る力がめちゃめちゃ弱ってまして、

 

勇気を出して夫に

 

 

 

 

もう、どうしたらいいか分からない、

 

一人じゃもう出来ない、

 

助けて

 

 

 

と、いうことが出来ました。

(泣きながら。笑)

 

 

 

 

夫はすぐに「うん、一緒にやろう」と言ってくれ、その場で一緒に取りかかってくれました。

 

 

でも、私自身がその時人生初の恥ずかしいほどのぽんこつ状態だったので、

 

 

 

 

一緒に考えるのも難しい

 

どうしていいか分からないから決めて…

 

 

 

 

 

 

的な…、もはや丸投げ状態の私。笑

 

 

 

 

結構初の「甘えきっている」状態でした。

 

 

 

 

 

 

机いっぱいの紙の束を

 

「じゃあ、こうしよう」

 

「こういうのをまとめてくれる?」

 

 

と夫に決めてもらってやることの有り難さ、ラクさ、気楽さ

 

 

 

 

と同時に、あぁ、家のことすら

 

一人で色々考えてやることも結構負担だったなぁと気付いたものでした。

 

 

 

 

 

最後、夫はもう仕事もあったので区切りをつけて

 

「じゃあ俺はそろそろ行くね」と言われたのですが、

 

 

 

机の上には整理された紙の束がいくつも

 

 

 

それをどうしていいのかも分からず

 

考えるのも辛くて

 

 

 

 

 

待ってぇーーー…

 

この紙たちは…どうすればいいのー…!

 

 

 

と夫にヘルプミーする私

 

 

 

 

 

片付けを得意とする私が、紙の束をどうしていいか分からないという状態

 

昔からしっかりしているとしょっちゅう言われ、そもそも自分で仕組みを考えて整理したり、決めていったりすることにも長けていた私

 

 

 

 

そんな私が、突然子どものように

 

 

 

 

 

一人じゃできないーーー!

 

むりーーーー!

 

分かんないーーーー!

 

 

 

 

 

というものだから、夫もその時は笑ってしまい、

 

「そっか、そっか(笑)わかった、大丈夫だよ俺がいるから」とクスクス笑いながら抱きしめてくれた時、

 

 

 

あぁ、私がんばらなくても、愛されてるんだと、

 

私はそのままでも十分愛されていたんだと、

 

 

 

なんか色々と無理してた自分に少し笑ってしまうほどでした。

 

 

 

 

 

 

でもこの「ヘルプミー!!」と言えた経験は本当に私にとっては意味が大きくて、

 

言えたこともですが、言うことにこれほど自分の中で抵抗があったことを自覚できたことが大きかったです。

 

 

 

 

助けて、って言っていいんだ

 

 

助けてもらっても、私の価値は変わらないんだ

 

 

自分で無理して頑張らなくてもいいんだ

 

 

 

 

そう、自分に許せたこと

 

そして、ついそれを自分でダメだと言ってしまいがちだということ、

 

 

 

 

 

このことに気付けたからこそ、

 

 

 

意識して、人に助けてもらおう、と今は思います。

 

 

 

 

自分で気づいて笑っちゃったのですが、

独り言ですら「助けて」って言うのに抵抗もあったんです。

 

 

だから、たまに練習がてら独り言で「助けてーーー!!」って言ってみようと思います。

 

 

 

 

 

というか片付けコンサルしてたのに、自分が人に助けてもらうことに抵抗があったなんて、コンサルとしてもほんとぽんこつ。。苦笑

 

 

 

 

 

 

 

 

やたら長くなってしまいました。

 

 

 

どうか、これを読んでいただいている大切なあなたも、

 

がんばっているご自分を許し、「がんばってるね」と褒めてあげてください

 

 

 

そして、「本当は…本音を言えば…ほんとは誰かに助けてほしい…」と思うことは、

 

勇気を出してぜひ誰かに助けを求めてほしいと、心の底から願っています。

 

 

 

 

 

助けを求めても、あなたの価値は何一つ変わらないということ

 

助けを求めても、あなたは変わらずとても素晴らしい美しい存在だと、

 

がんばっているから価値があるのではなく、

 

あなたはすでに大切な存在なんだと

 

 

 

私も私自身にそれを日々伝えつつ、

 

そうやって自分を愛せるようになる方が一人でも増えることを願いながら、

 

 

 

 

 

 

私は、これからは意を決してぽんこつな妻を目指していきたいと思います。

 

だって、ぽんこつでも私の価値は変わらないから。

 

 

 

ビバぽんこつ!

 

 

 

 

それでは、愛を込めて