「忙」という字は「心を亡くす」と書く〜心ある生き方を3月11日に考える | 愛情料理研究家 土岐山協子の 『食べることは生きること』を発信するブログ

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愛情料理研究家の土岐山協子と申します。私は元々教職に就ておりました。その時に教育における母親の役割の重要性に気付き、日本の国力を上げかつ愛情に溢れた幸せな日本国を作るためには女性が愛情に溢れ、賢く美しくある必要があるのだという考えに至りました。

お店はじめて、忙しいでしょう、という労いのお言葉をかけていただくことが多くなった。
確かにすることが増えた分、他のことをついつい後回しにしてしまっている。親しい方優先で甘えてしまい、ご挨拶やお礼などが後手になっている。いかんと思いながらも、一日は24時間しかないわけで、本当に私は時間の使い方が下手だなあと痛感する。

なので私の場合は「忙しい」のではなく、単に「処理能力が低い」のだ。

能力の高い人は分刻みのスケジュールも笑顔でゆとりを持ってこなす。ゆとりとはこの場合心の余裕を指す。そして能力の高い人はそもそも自分のことを「忙しい」と人に言ったりしない。これは私の尊敬する経営者のKさんから学ばせていただいた。

Kさんは元々銀座時代のお客様で、とても素敵な方。なるべくお店に長くいらして欲しいのに、私のお店に来ても20分足らずで次のお店に行ってしまう。一度銀座に出たら先代からお世話になっているお店を全て回るためだと、後から秘書さんに聞いた。
「親父の教えでね、一人で飲む時は長っ尻はするなって言われてね」と、Kさんはいつも笑顔でいらした。お忙しいのにいつもありがとうございますというと、とんでもない!こちらこそ楽しい時間をありがとう、と、黒服さんにまでお金を包んでくだすって帰られた。翌日も「昨日は楽しい時間をありがとう!」とメールをくださり、振込は請求金額よりも必ず多めに入っていた。

「忙」という字は、「心を亡くす」と書く。
Kさんは常にたくさんの方に心を向けていらした。「心が有る」わけだから、なるほど「忙しく」は無いのだ。

Kさんの秘書さんは私と同い年の女性で何度か一緒に食事をしたが、Kさんのスケジュール表を少し見せてもらったことがある。(Kさんの許可済み)
本当に、分刻みなのだ。打ち合わせが8分、とか、移動車中に、〜に確認の電話3分とか。
Kさんは「秘書が全部してくれるから、僕は従ってるだけだよ」と仰っていたが、秘書さんは、社長は朝スケジュールを見たら、それをほとんど自分で管理される、と言っていた。

「忙しい」という言葉はむやみやたらに使うべきではないのかもしれぬ。「心を亡くす」ということは、人間として「命を亡くす」こととほぼ同義だと私は思うからだ。

だがしかし、「命を亡く」しても、「心は生きている」ことは世の中には往々としてある。
今日は東日本大地震が起きた日だ。たくさんの方が命を落とされた。
しかし、津波の最中でも自分を後回しにして他の人を助けた方や、町を守りながら殉職された方など、亡くなった方々の「心」や「意思」は生き続けている。

命ある私が、ちょっとのことで「忙しい」などとは、それこそ死んでも口に出来ない。

鹿児島空港で撮った、噴火の様子。
人間も自然の一部だが、自然の驚異的な力には太刀打ち出来ない。

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