「穏やかで心豊かな年に」〜天皇陛下新年のご挨拶のお言葉に思う | 愛情料理研究家 土岐山協子の 『食べることは生きること』を発信するブログ

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愛情料理研究家の土岐山協子と申します。私は元々教職に就ておりました。その時に教育における母親の役割の重要性に気付き、日本の国力を上げかつ愛情に溢れた幸せな日本国を作るためには女性が愛情に溢れ、賢く美しくある必要があるのだという考えに至りました。


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皆様、こんばんは。
土岐山です。

新年、いかがお過ごしでしょうか。

新年初のお買い物は、鰹節削り器(╹◡╹)
こんなかわいい削り器を見つけたよ(╹◡╹)

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おだしはすごいよね(╹◡╹)
どんな素材にも合い、違う食材も見事に調和させる。
存在感があるのに、決して出しゃばらない。単体だしも、合わせだしも、全て皆美味しい(╹◡╹)

土岐山がおだしの活動をしはじめて4年ぐらいが経つのだけれど

食品添加物撲滅を目指している人と思っている人もいるらしい(╹◡╹)

いやいやいやいや(╹◡╹)
外食の味とかはまた特別だったりさ
被災地でや、旅先でや、自炊がままならない時とかさ
今日だけはどーーーーーーしても、みたいな時に買ってくるお店のお弁当や宅配ピザとか

いーと思うんよ(╹◡╹)

それがまた思い出深いことになったりね(╹◡╹)

土岐山がおだしの活動を始めた理由は
「和する」ことの大切さを、次世代に伝えたいからなのです。

人と人だけではない。

自分の気持ちも全て受け入れて「和する」ことができるとき、個人平和が確立するのだと思っている。各人が個人平和を心に持っていれば人と争う理由が無いからだ。それは世界平和につながる道だ。

ただそのことが日本規模で「正しい」なんてつゆほども思っちゃいない。
単に自分の意見であり自分の哲学。人の数だけ考え方がある。
自分の正しさは万国共通などと感違いするなかれ。
昔は自分の正しさを人にもという時があった。まことに恥ずかしい限り。

心の個人平和は、成熟を意味する。
自分の心が穏やかではないならばまだ自分の心の中の不協和音、イライラ、モヤモヤを「和する」ことが出来てはいないということ。

自分の正しさを他人に認めさせよう
自分が間違っていると思われたくない
自分と違う意見は自分自身が否定されているようで聞きたくない

こうした気持ちが自分の中にあり、それによって人の意見で怒ったり悲しくなったり落ち込んだりしているということは、まだ精神が未熟なのだ。未熟なのだから少しずつ成熟に進んでいけばよいと思う。
自分が進みたければ、だが。

正しいことなど世の中に存在しない。正しさは自分の心の中にあるだけだ。
成熟した大人の条件は
「笑顔で違いを認め合えること」
私もオーケー、あなたもオーケー。

従って人をジャッジする権利もない。
特定の個人や団体に対してヘイトスピーチをする人も、それに乗っかる人も、ただ精神が未熟なのだと思う。いい、悪いではなく、単に成熟していないのだろう。
個人や団体など、自分の意見を向ける対象がはっきりしているなら、本人に直接会って物申すのが筋で、SNSでの名指しは全く筋違い。子分をいっぱい引き連れての決闘、見苦しい。大人同士は常に一対一で話すものだ。

そもそも成熟した人間は他の大人に干渉しない。目の前の自分に今与えられている課題に誠実に取り組むのみ。私自身心がけなくてはならないと思う。

「穏やかで心豊かな年に」
という、天皇陛下のご挨拶。

愛の溢れる方のお言葉は、お優しくて洗練されておられる。
これ以上人間にとって大切なことがあるかい?という温かい呼びかけのような。

天皇陛下がお守りくださるこの平和に、感謝。


土岐山拝

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