死の予感 | tokaiama20のブログ

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 私は10年前に、原因不明の不可解な肺線維症を発症し、当時ネットを調べると、ブツブツバリバリという呼吸音(ベルクロラ音)が出てくると、最長でも余命は5年程度と書かれていた。
 確かに呼吸能力は著しく低下し、トイレに行って布団に潜り込んでも、しゃがんで立ち上がっても激しく息切れして絶望的な気分になった。
 ちょっとした片付け仕事もできなくなり、家はゴミ屋敷のようになった。

 私は90年に百名山を完登し、当時は富士山五合目から2時間程度で山頂に達する心肺能力を持っていたから、ちょっとした坂道でも回復呼吸をしなければ歩けなくなった自分が情けなかった。
 直接の原因は、どうも突然大量発生したユスリカの死骸を吸い込んだアレルギーらしかったが、若い頃、石綿やロックウールの運搬をしていたことがあるし、子供の頃からかなり激しいアトピーアレルギー持ちだったことも関係していた可能性がある。

 このとき、自分の死と直接対峙することを迫られ、死の運命を覚悟したのだが、私には若い頃から不思議な予知能力があったので、自分の運命がどうなるのか、なんとなく朧に見えて、まだ死ぬことはないと確信した。
 私には、若い頃からの数千回という登山歴のアドバンテージがあって、普通の人が諦めるような苛酷な体験をたくさんしている。だから、困難な呼吸トレーニングを続ければ死期を延ばすことができると考えた。

 私の姉は兵庫県で某古刹の面倒を見ているのだが、凄い霊能力者がいて、人の運命を予知できた。過去に何度も予知を聞いたが、すべて正確に当たっていたので、私はそれを信じた。
 姉が霊能力者に聞いたところでは、私の死期は2025年だという。

 実は昨年2023年の5月と9月に、肺機能が悪化して、寝ていても息切れを起こして苦しかったので、もうダメだと諦めかけていたのだが、なぜか、その後回復した。といっても、以前よりは悪化していた。
 悪化したのは、いずれも中国から不可解な汚染物質を運んできた黄砂が日本列島を襲ったときだった。中国内でも、凄い数の人が奇妙な肺病に罹患したと報道されていた。

 ところで、私には、子供の頃からなぜか未来が朧気に見える不思議な能力があった。
 例えば、私が中津川に移住するときも、1年も前から移住してコンテナハウスに住むビジョンが見えていた。
 また2011年、大震災の前に、私は凍結路でスリップ事故を起こすビジョンも鮮明に見えて、細部までまったく同じ展開になった。

 さらに、私は、目の前にいる人が何も話さなくとも、考えていることが言葉として聞こえるという特技もあった。
 私が未来を予知するとき、多くは、未来に起きる感情の変化を先取り体験するというものだった。
 たぶん、私の心のどこかが「アガステアの葉」とつながっているのだと思った。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%AE%E8%91%89

 ただし、一度、私が青いバイクに乗って、後ろから幅寄せしてきた大型トラックに巻き込まれて後輪で潰される鮮明なビジョンが見えたのだが、失った自動二輪免許を再取得していたときだったので、ただちに中断したところ、たくさんの予知のうち、これだけが実現しなかった。覚悟していたのだが……。
 実現しない「予知」もあるのだと思った。

 2011年大震災の前、私は友人と福島の横向温泉や新野地温泉で過ごしていたのだが、自炊棟で凍結にスリップして尾骶骨を骨折したりして、散々な目に遭った。思えば、これが大震災の予知だったような気がする。
 そして、帰宅して凍結路でスリップ事故を起こし、永久に治らない鎖骨骨折を起こしたのが2月中旬だった。
 私は大震災の前兆である「清姫の帯」を病院で見た。

 巨大震災のような事態は、私のような、わずかな予知能力しか持たない者にも甚大な前兆体験を課すのだと思った。
 このとき、震災前に関東東北を旅行したとき、私は人々の表情に違和感を覚えていた。
 なんとなく影の薄い人たちが大勢歩いていたのだ。
 未来のない人々は、社会に対峙する気迫が感じられないのだ。

 私にもはっきりと語ることはできないが、これから死を迎えることを予感した人々には独特の雰囲気がある。
 以下、それに触れたサイトを紹介してみよう。

 死期が近い人の特徴とは? スピリチュアルなサインを解説 2023.10.12
 https://woman.mynavi.jp/article/231012-11/

 上のリンクに書かれている要素を挙げてみよう。
 
(1)自分の物や人間関係を整理し始める
 (2)疎遠になっていた人に連絡をする
 (3)優しくなる
 (4)独り言が多くなる
 (5)手のひらを見つめるようになる

 なるほどと納得できるものがある。私も昨年末から自分のゴミ屋敷の整理を始めた。
 そして人間関係に区切りをつけ、孤独になるようにした。
 これは私だけなのかもしれないが、昨年から、滅多矢鱈に過去を激しく悔いるようになっている。幼い頃から何十年もだ。自分の愚行が恥ずかしくてたまらない。
 「優しくなった」のも、事実かも知れない。

 だが、相変わらず誹謗中傷を繰り返すクズが書き込んでくるので怒りは収まらない。20年前に何千回もの嫌がらせを行った豊郷町の山本というクズ障害者も、再び嫌がらせの電話を私に対して再開している。
 たぶん、こいつらもこの世から消されるのだと私は予感している。
 そして今、私は、大震災前と同じように、街中と出会う人に違和感を感じ始めている。
 もしかしたら、再び大勢の人がこの世から消えてしまうような予感がしているのだ。

 実は、ネット界隈では、今年や来年の大量死を予言するコンテンツが激増している。
 多くが、来年、日本の人口の7割以上が死んでしまうと予言しているのだ。なかには、信頼性が高いと評判の、たつき諒の予言もある。
 https://bunshun.jp/articles/-/58981

 https://www.youtube.com/watch?v=TvlUfG8oEfk&ab_channel=%E9%83%BD%E5%B8%82%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E6%8E%A2%E6%B1%82%E6%A9%9F%E9%96%A2

 たつき諒の予言は、2025年7月に、フィリピン南沖で巨大な地殻変動が起きて、日本列島に高さ300メートルの大津波が押し寄せ、半数以上が死ぬ。
 その後遺症で生き残った人々も、次々に斃れてゆく。
 これについては、巨大隕石が落ちるという説もあるが、NASAは承認していないようだ。

 私は海抜400mに住んでいるので、津波は免れるかもしれないが、その後の大気汚染やインフラ崩壊などを生き延びるのは不可能だと考えている。
 中国の黄砂でさえ死にそうになっているのに、津波の巻き上げた粉塵に、肺線維症の私が耐える自信はまるでない。

 まあ、日本人の大半が死んでしまうという予言は、出口王仁三郎や日月神示が繰り返し語っていることが有名だ。いずれも3分という表現が共通している。
 
 出口王仁三郎の死の直前(1947年)、吉岡温泉で話された最後の予言について 2022年09月15日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5967194.html

 また、プーチンが再び核使用を恫喝に使用しはじめた。
  プーチン大統領 “国家存続の危機なら核兵器使用を辞さず” 2024年3月14日 NHK
  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240314/k10014389961000.html

 私はプーチンが、やがて暗殺され、その後に、はるかに残酷な国家主義者がプーチンの大ロシア主義による侵略を受け継ぐと考えてきた。彼が戦略核を使用するのだと。
 それは習近平も同じだ。習も暗殺を免れないだろうが、その後に出てくる新たな指導者は、習に輪をかけた強硬な侵略主義者だろうと予想している。

 プーチンは、自らが暗殺されたとき、自動的に西側諸国に報復する「死の手」というシステムを配備しているといわれる。
 
 理由の如何を問わず、プーチンの死とともに、日本を含む「敵国」に1600発の核ミサイルが発射される「死の手システム」 2022年03月09日
 http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5902117.html

 これはサルマトという水爆兵器で、数メガトンの水爆ミサイルが10本も組み合わさったミサイルが、着弾地から四方八方に再発射される。トータルで40メガトンという地球上最悪の核兵器である。
 もちろん狙いは日本列島である。

 実は2022年2月のウクライナ軍事侵攻の、最初の標的は実は日本だったのだ。安倍晋三がプーチンに無条件で一兆円を献上したので、それで日本を破壊する予定らしかったが、ウクライナが優先された。
 
〝日本攻撃〟プーチン大統領が計画との衝撃情報 ロシア諜報機関の内通者から発覚 信憑性は「背後にいる米国を見据えていたのでは」畔蒜氏 2022.12/8
  https://www.zakzak.co.jp/article/20221208-ZPPHLUHFKZNNTBJZJK2S2F77HU/

 ロシアがプーチン死後も、日本に対する敵対侵略計画を諦めないことは確実で、むしろプーチン死後に激化すると考えるべきだ。
 このとき、日本でたつき諒が予言したような凄まじい災厄に見舞われれば、それを奇貨として、ロシアや中国が日本を軍事侵攻する可能性が小さくない。

 そんなわけで、私自身も2025年の死を予告され、そして大勢の、それも数千万とか億の単位の人々が、2025年に死ぬ運命であるとするなら、今、街を歩いている人たちの表情に、大きな違和感を感じるのは当然なことだ。

 上の方の「死ぬ人の特徴」を見ていると、死ぬ運命を持った人は、なんとなく影が薄くなり、そして優しくなる。
 生きているうちに、何か残しておきたい、自分の軌跡を整理したいとか考えるわけだ。
 みんな、多かれ少なかれ予知能力を持っているからだ。

 あなたは、もしかして今、優しくなっていないか?