何が2年半かというと、全摘手術し、左乳房を失って。正確には2年と7ヶ月だ。


抗がん剤治療を終えてからも2年以上が経ち、傷跡を見ない限り、自分が乳がんだったことも忘れている時間が増えた。勿論、薬は飲み続けているけど、患う前と何ら変わらない生活ができるようになっているし。

治療後の体の不具合は、最初こそ、タモキシフェンの副作用と思っていたが、50代に突入した今となっては、もろもろ出てくる身体の軋みは、年相応の不具合なのだと(やっと)納得できるようになった。

実は、10月、職場の健康診断の聴力検査で、高周波領域が全く聞こえず、後日再検査した。結果は感音性難聴。高周波領域の聴力が80代レベル(!!!!)だそうな。どうりで最近、人の話が聞き取りにくかったわけだ。

私にはヘッドホンで音楽を聴く習慣もないし、仕事も静かなデスクワークだし、心当たりが全くない。耳鼻科の先生も首を捻り、3ヶ月後、再再検査することとなった。

ちょうどこの再検査の直前、乳腺外科受診だったので主治医に聞いてみたが、「関係ないですよー」と即答。こちらも見ずパソコンのキーボード打ちながらの即答、無味無臭とはまさにこれ、と言いたくなる(が、決して言わないけど)。

いつも通りのアッサリ3分診察を終え、何だかいろいろ馬鹿馬鹿しくなってきた。そうだ、なんでも身体の不具合を癌のせいにするの、もうやめよう。

そして12月、今度は左肩がうまく回らなくなってきた。おぉ、五十肩だ。五十になったんだから仕方ない。近所の整骨院に通うことにした。

整骨院の先生が私の左肩周辺をストレッチしてくれた時、ハッとした。全摘手術後、左肩をこんなに動かしたことなかった。いや、意識して動かしてはいた。でも、左胸や脇の筋肉は、実はほとんど動かせていなかったのだ。そんなふうに思えるほど、先生のストレッチは肩にも心にも効いた。
動かせなかったのではない。
怖くて動かさなかったのだ。
大きな傷跡のあるペチャンコの左胸を堂々と張ることが。
人目につかないよう縮こめた肩は位置がずれ、負荷のかかった鎖骨までずれてしまっていたとは。

先生曰く「正しい姿勢で、歩くときはうつむかず、妖精を探すように顔をあげて、一歩を大きくすることを心がけましょうね」。妖精…のくだりはイマイチ理解できていないが、その独特でポエジーな指導のおかげで、左胸の乳がんの呪縛から吹っ切れたような気がした。

令和3年を迎え、久々に実家で休暇をすごしている。家の中で、外で、妖精を探しながら。

火鉢を出して餅を焼きながらも妖精を探しているよ。



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