高校時代の中でも、今でも忘れられない出来事があります。

二年生の修学旅行のときのことです。


行き先はユニバーサル・スタジオ・ジャパンでした。

高校生の修学旅行らしく、みんな浮き立っていて、私も表向きはその中にいました。


その頃の私は、だいたいいつも五、六人くらいのグループの中にいたと思います。

すごく仲がいい、という感じではなかったけれど、ひとりではない。そのくらいの位置でした。


修学旅行でも、当然そのメンバーで一緒に回るつもりでいました。

私もそのつもりで疑っていませんでした。


でも、途中でちょっとした行き違いがありました。

何がきっかけだったのか、今はもうはっきり覚えていません。

ただ、気がついたら私ともう一人の子、二人だけになってしまったのです。


いわゆる、迷子のような状態でした。


でも私は、その時あまり不安ではありませんでした。

だって二人きりだったからです。

大勢の中で何となく話を合わせるより、むしろ二人の方がやりやすいかもしれない。そんなふうに思ったのです。


けれど、相手の子は少し違っていました。

どこか落ち着かない様子で、早くみんなと合流したいような、そんな空気をまとっていた気がします。


その時の私は、そこまで深くは考えていませんでした。

とりあえず二人で園内を歩いて、アトラクションにも一つ二つ乗ったと思います。

何かを飲んだり、軽いものを食べたりもしました。


今振り返ると、たぶん特別に楽しい時間だったわけではないのかもしれません。

でも当時の私にとっては、その時間が少しうれしかったのです。


大勢の中ではいつも少し浮いているような気がしていた私が、誰かと二人で、それなりに自然に過ごせている。

そのことがうれしかったのだと思います。


もしかしたら、この子とならうまくやれるのかもしれない。

そんな小さな希望みたいなものを、私はその時間に感じていました。


でも、そのあと他のメンバーと合流したとき、私は一気に現実に引き戻されました。


その子が、ものすごくほっとした顔をしていたのです。

「やっと会えた」というような、心から安心したような、そんな表情でした。


その瞬間、胸がぎゅっとなりました。


ああ、そうか。

この子にとって、私と二人でいた時間は、楽しい時間ではなかったのかもしれない。

私だけが、少しうれしい気持ちになっていたのかもしれない。


そう思ったのです。


もちろん、本当のところはわかりません。

その子は、ただ他のメンバーと会えて安心しただけなのかもしれません。

私といるのが嫌だったと決まったわけではありません。


でも当時の私は、そんなふうに冷静には考えられませんでした。

私の中では、その出来事は一瞬で「答え」になってしまったのです。


やっぱり、私は誰かと一緒にいても、相手は同じようには感じていないんだ。

やっぱり、私は“その場にいるだけ”の存在なんだ。


そんなふうに思ってしまいました。


今思えば、高校生のその年頃なら、誰にでも少しはあるような、ささいなすれ違いだったのかもしれません。

でも、あの頃の私にとっては、全然ささいなことではありませんでした。


むしろあの出来事は、その後の私の人間関係の感じ方を、かなり強く決めてしまった気がします。


誰かといて楽しいと思っても、それは私だけかもしれない。

少し近づけたと思っても、相手はそう思っていないかもしれない。

そんなふうに、いつも一歩引いて考える癖がついてしまいました。


たぶん私はあのとき、はじめて知ったのです。

人と一緒にいることと、心が通じていることは、同じではないのだと。


そして私は、その違いを必要以上に怖がるようになっていきました。


今でも、人と話していて、楽しかったなと思ったあとに、ふと不安になることがあります。

あれは私だけだったのかな。

相手はただ合わせてくれていただけなのかな。

そんなふうに思ってしまう瞬間があります。


大人になった今なら、それが考えすぎだとわかることもあります。

でも、心の奥の方には、あの修学旅行の時の私がまだ残っているのだと思います。


少し期待して、少し傷ついて、そして何もなかった顔をする。

そんな自分が、あの頃からもう始まっていた気がします。


修学旅行から帰ったあとも、高校生活は続きました。

私は相変わらず周りに合わせて笑っていました。

けれど心の中では、少しずつ学校の外に居場所を求めるようになっていきました。


その頃の私を救ってくれたのは、学校の友達ではなく、顔も知らない人たちだったのです。