高校生活の中で、私は少しずつ学校の外に居場所を求めるようになっていきました。


学校では、なるべく周りに合わせて、なるべく浮かないようにしていました。

笑って、うなずいて、何となくその場にいる。

でも心の中ではいつも、少しだけ疲れていました。


そんな私が夢中になっていったのが、ネットの世界でした。


当時は、個人のホームページを作るのが流行っていました。

今みたいにSNSが当たり前ではなかった頃です。

自分で少しずつ調べて、HTMLをいじって、背景を変えたり、文字の色を変えたりして、自分だけの小さな場所を作る。

その作業が、私はとても好きでした。


ホームページの内容は、漫画の二次創作でした。

イラストを載せたり、好きなキャラクターについて書いたり、掲示板を置いて感想をもらったりしていました。


学校では自分の好きなものを十分に話せなかったのに、そこでは違いました。

私が描いたイラストを「好きです」と言ってくれる人がいる。

感想を書いてくれる人がいる。

続きを楽しみにしてくれる人までいる。


それが、私には本当にうれしかったのです。


しかも、相手の顔が見えないということが、私にとっては大きな安心でした。


学校の中では、相手の表情や空気を読みすぎてしまうところがありました。

今の言い方、大丈夫だったかな。

変に思われていないかな。

そういうことばかり気にして、うまく話せなくなることがありました。


でもネットの中では、それがありませんでした。


まずそこにあるのは、作品でした。

好きなものがあって、それを見た人が反応してくれる。

顔色をうかがわなくていい。

その場の空気に無理に合わせなくていい。

私はそのことに、思っていた以上に救われていたのだと思います。


掲示板でのやりとりも楽しかったです。

コメントをもらうたびに、何度も読み返していました。

誰かと本当に話せている気がしました。


もちろん、今思えばそれは限られた関係だったのかもしれません。

好きなものが同じだからつながれただけ、と言われたらそうなのかもしれません。


でも当時の私には、それで十分でした。


学校では、何となく「いる」だけだった私が、そこではちゃんと「見つけてもらえている」と感じられたからです。


たぶん私は、あの頃ずっと、認めてほしかったのだと思います。

変なふうにいじられるのではなく、笑ってごまかすのでもなく、

ただ「これが好きなんだね」とそのまま受け取ってほしかった。

それを、ネットの向こうの人たちはしてくれました。


だから私は、どんどんその世界にのめり込んでいきました。


学校から帰ると、まずパソコンを開く。

掲示板に新しい書き込みがないか見る。

返信を書く。

イラストを描く。

ホームページを少し直す。


そんな時間が、私にとっては何より楽しみでした。


今振り返ると、それは「逃げ」だったのかもしれません。

実際、私はよくそう思ってきました。

現実の人間関係や勉強がうまくいかないぶん、ネットの世界に逃げていたのだと。


でも、今は少し違う見方もできるようになりました。


あの頃の私は、ただ逃げていたのではなく、必死に息ができる場所を探していたのだと思います。

学校という場所で少しずつ苦しくなっていた私が、どうにか自分を保てる場所を見つけた。

それが、あの小さなホームページだったのかもしれません。


ただ、その安心できる場所があったからこそ、私はだんだん現実の方を後回しにしていきました。


勉強も、進路のことも、本当はちゃんと考えなければいけない時期でした。

でも私は、「まだ大丈夫」「何とかなる」と思いながら、パソコンの前にいる時間を増やしていきました。


そのツケが、あとで一気に回ってくることになります。


高校を卒業したあと、私は浪人することになります。

そしてその最初の一年を、想像以上に苦しい形で過ごすことになるのです。


次回は、宅浪を選んだ頃のことを書こうと思います。

あの頃の私は、何をしていたのか自分でもよくわからないくらい、ただ眠ってばかりいました