編集長歳時記#8 4月号 春、心機一転です | 中洲ママ40年 藤堂和子の“中洲通信” 「博多で待っとぉよ。この指とまれ!」

編集長歳時記#8 4月号 春、心機一転です

中洲ママ40年 藤堂和子の“中洲通信” 「博多で待っとぉよ。この指とまれ!」


桜の花が咲く頃の一番の思い出は、
小学校に入学した時に見た校庭の桜。
とってもきれいだった記憶が、
桜好きの私の心に火をつけたのかもしれません。
今と違って温暖化が叫ばれるということもなく、
4月に咲くのが桜だと思い、
私が生まれた4月22日にも、
咲いて、散る季節だった記憶があります。
桜が咲く頃、新しい年度になり、


少しだけ今の日本経済にも
いい兆しが見えてきたように思いながら、
世界の不安は隠しきれない--そんな日々です。


そんな中、長年の思いが叶い、
中洲大通りにもやっと桜の木が植えられました。
中州の川べり、春吉側、そして清流公園へと続く道には、
10数年前は、まだ小さな木でしたが、
今は誰もが目を引く桜として、
「春」を楽しませてくれています。
大通りの桜もきっと10年後には、
中洲を歩く人たちが、つぼみから満開、
そしてヒラヒラと花びらを散らせていく姿に気づき、
目を楽しませてくれることだと思います。
その頃、私は何をしているんでしょう。
おそらく大通りを歩きながら
懐かしく、中洲で過した日々を
話しながら歩いていることは間違いないでしょうね。
今回はいろんな方たちのご協力、
特に中洲連合会の方たち、議員さん、市役所の方たち、
そして京都嵯峨の桜守、十六代佐野藤右衛門さん、
感謝しなければならない方は挙げればきりがありません。
この仕事の裏には、多くの方々の
ご協力があったことは忘れられませんね。



いろんなことがありましたが、
ここで一先ず、昨年8月以降続けてきた、
このブログでのリニューアル「中洲通信」の企画は
しばらくお休みにして、
また何らかの形でお目にかかりたいと思います。
いつも、わがままな私に
お付き合いいただきましてありがとうございました。
もちろんこのブログなど、さまざまな形での情報発信は
随時続けていきたいと思いますので
今後ともよろしくお願いいたします。