1997 | PROFILE

PROFILE

「富樫宥太(50)」プロフィールです




早いもので上の娘は来年小学生!
横浜港北区の菊名から都筑区へ引越しをした

スタジオはレコーディングを中心とし
多くのプロミュージシャンが利用してくれた
近所の貸しスタジオさんにチラシを貼らせてもらい
アマチュアバンドにも開放し始めた

ホームページも立ち上げデジタル機器を先取りした

先を読んでは失敗を繰り返し、少ない成功の%を増やした

独立して3周年

「こんなにきついものか・・・・」

何事も3年目を超えるのがきついと聞くがまさにだった
あきらめるか?っと思っていたある日
たった一言が支えになった





「富樫さん!一緒に掃除でもしようか!」
っと横に座るプロミュージシャンがいた

仕事の為に使うものを優先したらしく
夕飯に80円のコッペパン一つ


矢部寛だ


プリンセスプリンセスや森公美子さんや
大御所をサポートしてきた敏腕プレイヤー


今でも悪友であるドクロ


当時、経営の事ばかり考えていて
ベースを弾く事もなくなってしまった私に
火をつけてくれたのもこの矢部さんなのだ

まずは代表としてあげたが
他にもプリンセスプリンセスや
レッドウォーリアーズのメンバーなど
たくさんのミュージシャンが支えとなった




始めた当初に言われた言葉がよみがえる
「やめるなよー?」っと

みんながくべてくれた火は
ベースの仕事やポンキッキーズなどの楽曲提供
歌入れの仕事、時にはエンジニアとしての仕事

数多くの実績へと変えてくれた

アマチュアバンドも多く来るようになり
3年目の分厚い壁は壊す事ができた