桃源郷:桜と夜叉 25


  ~鍛冶師~


良く晴れた昼下がり、紅月刀の手入れを終えたリンが、夜叉に刀を手渡しました。


「遅くなっちゃって、ごめんね」


申し訳なさそうな声音のリンに、夜叉がゆっくり首をふります。


「いえ、私もゆっくり休めたので良かったです」


「そう言ってくれると、助かる」


頬に手をあてて首を傾けるリンを、夜叉は遠くを見るような目で眺めます。リンは、通鷹と互いのエネルギーを交わして新しい刀を生み出したのです。鍛冶師としての仕事は遠い過去の記憶として割り切っていたリンは、とても驚きました。


「人を殺すための道具をつくってたから、もう、新しい刀を創ることはないと思ったの」


夜叉から視線をそらして、淡い桃色に光る桃林の方を眺めます。桃林があればいいと思っていたので、慌てました。


「もったいないと思いますよ」


くすりと笑って、刀を鞘から抜きます。竹林に囲まれた庵に差し込む光が、刀にあたって、きらりと光ります。光の粒が紅い刀身にあたって、朱金に輝きました。


「お世話になりました」


深々と頭をさげる夜叉に、リンが微笑みます。すると、大きく風が吹いて、竹林がざわめきます。かつん、かつんと竹同士の音が鳴り響いた後、薄紅色の風が舞い、ふわりとひとりの女性が現れました。


「彼女、桜の精も一緒に行くことになりまして」


照れたように頭をかいた夜叉の横で、桜の精が微笑んで優雅に会釈します。


「そっか、がんばってね」


晴れやかに笑う二人に手をふると、今芽吹いたばかりの淡い緑の風が舞い、一瞬にして二人の姿は見えなくなりました。涼しい風がリンの頬をなでて、少し切なくなりました。


「行ってしまったんですね」


「通鷹」


背後からゆっくり歩いていくる夫に振り返って、リンは笑います。右手に持っている新しい刀を見て、リンが眉をひそめました。


「鬼の首は?」


「消えましたよ」


刀を持ったままリンを背後から抱きしめます。リンはそのまま通鷹に寄りかかりました。


「刀…」


「ええ」


「もう、つくらないって…」


鍛冶師としての生を終える時に、固く誓ったことでした。


「喜びのために創ればいいんです」


強く抱きしめられてリンはうなづきます。涙が零れ落ちて、金に輝く刀にあたります。生まれたばかりの新しい刀がきらりと光って、リンは思わず手を伸ばしたのでした。




おわり


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