奴との遭遇

俺は今のアパートに10年住んでいる。

うちのアパートは木造で、築年数も

それなりに経っていそうだが、

幸いな事に｢奴｣とは

あまり遭遇した事がない。

「奴」とはつまりゴキブリだ。

いや、俺が気づいていなかなかった

だけかも知れないが。

とにかく｢奴｣との近接遭遇は

数えるほどしかない。

 

数日前の夜、TVを見ていると、

画面の一部が何か黒い物体で塞がれた。

それは久々の｢奴｣との遭遇体験だった。

 

それから数日後、シャワーを浴びていると、

背中に何やら感じるものが。

｢む……殺気！｣

と後ろを振り向くと、

後ろの壁に｢奴｣の姿が。

もしかしたらこいつ……

この間、TVに張り付いていた奴か？

よく分からんが、フォルムが似ている。

 

さりとて再会を

喜ぶつもりは毛頭ない。

どうする……どう動く？

シャワーをぶっかけるか、

タオルでたたき落とすか、

見なかった事にするか……

 

こうして「奴」と、

シャワー中の全裸のおっさんが

数十秒間にらみ合う展開となった。

浴室内を見渡すと、

浴槽洗い用の洗剤が目に入った。

｢これは……使えるかも｣

洗剤のボトルを

ひったくるように手に取り、

中の液体を｢奴｣に向けて噴射した。

突如｢バス○○￮○リン」攻撃を食らった

奴はひるみ、床へと逃げていく。

しかし、粘性の高い液体を

全身に食らった｢奴｣は、得意とする

素早い動きを封じられ、すぐに

その場で動けなくなった。

 

これはチャンス。後は詰めの攻撃だ。

トイレットペーパーを手に取り、

「奴」を包み獲ると、

それをそのままトイレにIN。

水の流れる轟音と共に、

｢奴｣は汚水管の中に消えていった。

 

ヨシ、勝負あり！

トイレットペーパーに包んで

流しただけで、

トドメは刺さなかったのだが、

もはや勝負はついたであろう。

 

全裸の50歳、「奴」に勝つ。

取りあえず、殺虫剤は買っておこうと

心に誓った、初夏の朝の出来事であった。