自閉症の僕が家を建てた理由 | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

池田 侑生/池田 信子:著  中央法規  定価:2000円+税 (2024.9)

 

         私のお薦め度:★★★☆☆

副題に「家族で考えた自立のかたち」とありますが、正確には自閉症当事者である「侑生」さんの望む自立の形を、お母さんである「信子」さんが実現させたという体験談だと感じました。(本書に“お父さん”が、ほとんど登場しなかった理由は、巻末の「おわりに」をご覧ください)
私たち育てる会が目指している“自立”、グループホームで身辺自立や社会でのルールを学び、将来の一人暮らしに向けて準備していく・・・という方向性は同じで、参考になることもきっと多いと思い、本書を手にとりました。

読者のみなさんは当初、本書のタイトルを見たとき、自閉症による特性がいかなるものであり、そのことにかかわる家族は、どれほどの苦労があったのか、と想像したかもしれません。
ですが、この本はみなさんの予想をよい意味で裏切ります。本書は自開症の一般論を述べているわけではありません。そうではなく、侑生君という個人と周囲との互恵的な関係性を描いています。そこには、周囲(池田ファミリーを含めて)と侑生君との間において、何かを提供する・支援を受けるという一方向の関係ではなく、豊かな循環的な相互関係があふれているのです。(青木聖久)


本書の最初に、これまで侑生さんやお兄さんの晃汰さんと関わってこられた日本福祉大学教授の青木聖久先生が解説されているように、タイトルから想像する予想とは違った一冊となっています。
具体的な「家を建てる」については、グループホームは生活がイメージできない、アパートはいろいろ見学したが近所づきあい等難しい面もある・・・よって「家をたてるしかないね」という結論にいたったそうです。予算の関係で、場所は自宅前の駐車スペースに建てたそうなので、写真で見ると増築した離れのような雰囲気です。
それでも、「絵をかくこと」や「作品をつくること」を趣味にしている侑生さんにとっては、自分のスペースのある、自分の家で、自分の好きなように暮らせる自分のお城なのでしょう。

侑生さんは平成3年生まれ。養護学校を卒業し毎月の給料や障害年金からの貯金、お祝い金などで、建築費用1630万円を侑生さんが現金で支払ったそうです。

ローンは最初から考えていませんでした。障害者だから、ローンが組めないとは思いませんでしたが、借金をしてまで建てるといぅことが、息子の場合は意味がないと思っていました。「自立を考える」ことが目的で、「家を建てること」はその手段だからです。
障害者雇用で十分な給与はいただいており、大きな買い物をするわけではなかったので、十分貯まりました。(母)


ですから、本書の主題も、手段である「家をたてること」ではなく、目的である「自立を考えること」に沿って綴られているワケです。そしてそれが、最初の「予想をよい意味で裏切る」ことに繋がっているということになるのでしょう。
「家を建てる」という手段については、侑生さんが30歳の時、それまでの預金をすべて使い切って(これからまた貯めていくそうです)、侑生さんの目指す自立の形としての自分の家を建てられました。
新しい“我が家”(侑生さんは、それを「別邸」と呼び、隣の元の自宅を「実家」と呼んで区別しているそうです)での生活について、こんな風に述べられています。

働くことは人として大切なことですが、休日を大切にすることも、人として大切です。それは、余暇の充実が生きる力となるからです。
僕には、生まれつき「自閉症」という発達障害がありました。でも、悪いことではありません。むしろ、ほかの人とは異なり、想像力がはるかに優れているかもしれないと思っています。
自分の独自のキャラクターを創作することができ、行き詰まっても別世界のような場所に行き、そこで新しい想像を浮かびあがらせ、また新たな独自のキャラクターを生み出すことができます。
僕は、自閉症であることを楽しみながら、独自のキャラクター創作と一人でのお出かけをしています。(侑生)


少し補足すると、侑生さんの目下の趣味は、“別邸”で独自のキャラクターを生み出して絵を描くことや、スーパー銭湯に一人で出かける(時には県外までも)ことのようです。
それにしても、「自閉傾向のある発達遅滞」と診断された侑生さんが、「自閉症であることを楽しみながら」生きていくようになれた背景には、母、信子さんの将来の自立を目指してのぶれない子育てがあったのは間違いないでしょう。

例えば、金銭管理。給料が出たらATMから引き出し、「食費」「交通費」「共益費」「お小遣い」などに分けて、それぞれジッパーの袋に入れ、一ヶ月して残ったら、またATMで入金するというルーティンを作られているそうです。

繰り返しになりますが、大事なことは、口を出さず見守ることです。絶対に、「このお金を○○に使って」と言ったり、指示命令はせず、自分で考えてもらうようにしました。
管理の根底にある大原則は、「我慢=自己コントロールカ」です。我慢できる力を養うためには、いわゆる「基本的信頼感」を培うことが必要です。平たく言えば、「大事に育て、(自分の育てた)子どもを信頼する」ということです。親自身が自分を信じ、子どもを信じる、その積み重ねです。
自分を信じる力は、愛され信じられてきた人だけがもっています。自分を信じる力は、他者を信じる力にもなります。他者を信じる力は、成長してからは、自分を助ける大きな力になります。信じることは、口出しや指示とは対極にあるものです。(母)


そんな池田さん母子ですが、やはりこの社会ではマイノリティな自閉症です。幼い頃からイジメに遭ったり、就労してからも障害への理解のない上長に代わったため10年勤めた会社を辞めざるをえなかったり・・・・それに対して、信子さんがどう対応してきたのか、周囲にどのように働きかけてきたのか、それは本書をお読みいただきたいと思います。
本書は「家づくり」のノウハウ本ではなく、「自閉症児の子育て本」としてお薦めしたいですね。
それでは最後に侑生さんからのメッセージです。

僕は家を建てた後、今も働き続けています。
家を建てた後、結婚はどうするか・・・・・・。もちろん、するつもりです。
早いうちに結婚するのか、それともこれから先になるのか、すべては僕次第だと思っています。
結婚に関しては、絵に関する趣味が合うこと。
相手の気持ちをわかるほど優しい夫婦になりたいと思います。
老いてからはどうするか・・・・・・。もちろん、絵を描き続けます。 (侑生)


                 (「育てる会会報 318号」(2024.10) より)

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目次

  かけがえのない人生だったと思える未来を想像して ・・・・ 青木 聖久

  はじめに ・・・・ 池田 信子


第1章 僕が家を建てた理由

  侑生
  母

    家を建てよう!
    家を建てるしかないね
    10年働いたら自立する!
    「自立する」を考える
    アパート探し開始、そしてアパート暮らしを断念
    住宅展示場には「自分らしさ」がない
    家を建てるぞ!

  Column 侑生さんとの家づくり ‥‥ 尾崎 義孝(設計士)

第2章 働くことと自立

  侑生
  母

    働きたいという意欲を育てること
    働くことは生きること
    働く力は「没頭できる趣味」の上に成り立つ
    お金をもらうことと管理すること
    喜んでもらえることのうれしさを味わう
    余暇の充実が生きる力
    自閉症であることを認めて楽しむ
    子どもを働ける大人に育てる

  Column 働く侑生先生 ・・・・ 恒川 元成(岩田こども園 園長」)

第3章 進路・選択 僕が歩んだ人生  

  侑生
  母

    誕生~気づき「何かが違う・・・・・・。なんで?」
    気づきから診断まで
    通園施設~保育園
    小学生(通常学級在籍~特別支援学級が新設され転籍)
    中学生(周囲の成長)
    義務教育終了後の進路は社会人としての準備期間
    社会人① 障害をもちながら社会で生きる
    社会人② 福祉制度を使う(就労移行支援)
    社会人③ 再び社会に出る

  Column たくましく成長した侑生さん ・・・・ 沖田 典子(中学校担任)
  Column 教員から見た侑生さん ・・・・ 端 康宏(半田養護学校桃花校舎担任)
  Column 医師から見た侑生さん ・・・・ 早川 星朗(プリズムベルクリニック医院長)

第4章 家族のかかわり 家庭で無条件に認められること

  侑生
  母

    子どもを育てる営み
    親として育つことの意味
    「子どもと一緒」も自分の人生
    自分の人生に誇りをもって生きる
    いかに死んでいくか

  兄・晃汰

    障害のある弟と過ごした日々
    大人になって考えること

  Column 真面目で実直な侑生さん ・・・・ 鈴木 巳浦(相談支援事業所あかね荘センター長)

第5章 家を建てた後のこと 生き続けるために

  侑生
  母

    身分証明のためだけなら、運転免許はいらない?
    結婚はどうする?
    老いてからの暮らしはどうする?
    「もし生まれ変われるとしたら・・・・・・」の発言の奥にあるもの
    自分の未来「死ぬことを考える」「生きることを考える
    自分が自分らしく生きるための提言

読者が知りたい Q&A

    家を建てるお金はどうやって準備しましたか?
    お金のことで日常で工夫していることは?
    家の中で工夫したところはどういうところですか?
    次の目標はありますか?

  おわりに ・・・・ 池田 信子