立松 英子:著 ジアース教育新社 定価:1700円 + 税 (2009年5月)
私のお薦め度:★★★★☆
育てる会でも、澤月子先生による今年度の支援ツール勉強会が始まりました。
そういえば、澤先生や武藏博文先生に講師をお願いして、夏休みに岡山県下の支援学校や支援学級の先生方にも協力してもらって、岡山ふれあいセンター大ホールで「支援ツール展示会」を毎年開催していたのは、もう14~15年前になりますね、懐かしいですね。
で、その頃を思い出して、当時読んでいた本の紹介です。
2009年発行の本なので、“古い”と言われるかもしれませんが・・・、支援ツール自体を紹介している本はかなり出版されているのですが(先日紹介した「自閉スペクトラム症のある子の「できる」をかなえる! 構造化のための支援ツール:個別編/集団編」なども一例です)、使用している教材や教具について系統的に説明した本は、当時からあまりないように思えたので、改めての紹介です。
保護者の作る支援ツールについては、お母さんたちが今の我が子の現状に合わせて、自立に向け、また困っているところを助けるために使いやすいツールの作成でいいと思います。実際につくられているのも、お風呂や歯みがきなど家庭の生活の場で使う視覚的な手がかりツールが多いように見受けられます。
でも、支援者が作る教材は、現在の発達段階に合わせて、ねらいを持って提供しなければいけませんね。
本書が基準としているのは、シンボル表象機能の発達段階により評価された太田ステージに準じたものです。太田ステージについては、以前会報でも紹介したのですが、興味のおありの方は、「自閉症治療の到達点」「認知発達治療の実践マニュアル」、入門書としては「太田ステージによる 自閉症療育の宝石箱」などが育てる会の事務局にありますので読んでみてください。
今回は、紙面の都合上、太田ステージについては名前の紹介にとどめておきます。
さて、そんな太田ステージ評価に基づく本書です。
障害のある子どもは、感覚、知覚、運動、情緒など個人の諸領域に顕著なアンパランスさをもち、単に定型発達が遅れた状態とみなすことはできません。
そのため、「この教材の次はこれ」といったような単純なプログラムはできません。
しかし、教材の置き方、手がかりの作り方、目標設定などには現実的な順序性があり、子どもの反応についても発達に応じた系統性が存在します。だからこそ、それらを一定の操作(検査)による基準(物差し)で整理することにより、つまずきのある子どもに負担をかけない学習のプログラムが実現するといえます。
大田ステージ評価は、人間の考える力の中心となるシンボル機能の水準を簡便な操作で測るものです。IQや言語表出など認知発達の指標との相関が高く、これを基準に見ていくと、知的障害の「目には見えない不自由さ」が理解しやすく、また、他の指標と組み合わせることにより、発達のアンバランスさも客観的に知ることが可能になります。
本書は、大田ステージ評価を指標として教材教具を使った実践を整理し、できるだけ具体的に学習の系統性を説明することをめざしています。
ですから、一つの教材に対しても、その段階(ステージⅠの無シンボル期からステージⅢ-2の概念形成期まで)に応じての多目的性を意識した取り組みができることになります。
本書で最初に紹介されている「棒さし」、一つを取り上げてみても、「最初はささった棒を抜く」学習から始められています。ここで、棒の先端を見る、穴を見る、見たところに手を持って行く、手の動きを方向づけるということを学びます。そして次の学習は、「棒をさす」ことです。
棒を順番に抜いて並べ、次には順番にさしていく。その学習における、操作性のねらい・・・お母さんなら、「楽しく遊んでくれればいい」かもしれませんが、指導者はそれだけ終わらすわけにはいきません。
①棒の先端を見る、
②穴に注目する、
③見たところに手をもっていく、
⑤抜いた棒を決められた場所に置く、
⑥並へて置く、順番に置く、
⑦「端」から順にさす、
⑧操作の終わりを実感する、
⑨隣の穴との連続性を意識しながらなめらかに目を動かす
もし、子どもがうまくできなくて、つまずくとしたら、どこができないのか、どうしたら次に進めるのか、それを考え、カバーするためにはどんな教材を用意すればいいか、どこを改善していけばよいか、それを工夫するのが指導者の役割となるでしょう。
例えば、本書では、①の「棒の先端を見る」でつまずく子には先端を赤く塗って見やすくなるような工夫を、④の「手の動きを目で方向づける」でつまづく場合には、アーチ型の棒さしで、少しずつ違う方向に手の動きを調整する、などのアイデアが紹介されています。
また、同じ「棒さし」を使っての学習では対人関係のねらいとして、①指さしに相手の意図を感して応じる、②抜いた棒を人に手渡す、③課題の達成を共有しようとして人を見る、など、「棒さし」一つを教材としても多目的に使うことの視点が大切と教えられます。
教材を手にとる際には、その子の発達段階と教材の持つ多目的性のバランスを配慮しながら、学習のねらいを明確にしておくことが大事なのですね。
そして、「弁別や分類の系統性」「模倣や社会性を育てる」「言葉につなぐ」など、教材を活かして学習を進める方法が書かれていて、参考になることも多いと思います。
また、本書はシリーズの最初に出た本なので、“古い”と思われた方には、同じ立松先生による「発達支援と教材教具」シリーズがⅡ~Ⅳまでがその後に出版されていますので参考にしてください。
それでは、最後に本書における筆者の立場、想いがわかる一文を紹介して、今月のお薦め本コーナーを閉めさせていただきます。
ここで危惧されるのは、障害児の教育では「得意な分野を伸ばして苦手な部分を補いましょう」という暗黙の了解があることです。(中略)
確かに、苦手な領域ばかり気になってしまい、改善困難な領域に気づかず熱心に働きかけ、こどもの困惑と混乱を強めるばかりという実践がないわけではありません(筆者の経験では、作文の評価で「喜怒哀楽が文章に表れるといいですね」と書いて自閉症の子どもの保護者に専門性を疑われてしまった例があります)。一方で、一般に教師は得意な部分に注目しやすく、なかなか伸びない部分からは目をそらす傾向もあるようです。
しかし、前述の研究からいえば、伸びにくい領域をそのままにしておけば、発達の不均衡さは年齢とともに広がるばかりです。(中略)
筆者は「知的障害を伴う子どもたちは、伸びがたい苦手な部分である言語理解の領域に、注意深い専門的な支援を必要としているのではないだろうか」と考えています。
(「育てる会会報 290号」 2022.6 より)
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目次
はじめに
第1章 言葉に至る学び
① からだで学ぶ
② 太田ステージ評価による状態像の整理
(1) Stage I 無シンボル期
(2) StageⅡ シンボル機能の芽生え
(3) StageⅢ-1 シンボル機能の獲得ヘ
(4) StageⅢ-2 概念形成の芽生え
(5) 言葉で行動を調整する
③ シンボル機能の発達を操作的に定義する
④ なぜ発達評価か
第2章 教材教具の多目的性
① 棒さしの多目的性
(1) 抜く学習
(2) さす学習
(3) 棒さしと対人関係
(4) 棒さしのパリエーション
(5) 棒さしと弁別学習
(6) 棒さしと向きの学習
(7) 棒さしと位置の学習
(8) 棒さしと数の合成分解
② はめ板の多目的性
(1) はめ板のねらい
(2) 「見える」ことと「見てわかる」ことの違い
(3) はめ板ができることの背景
(4) 弁別・分類のためのはめ板
(5) 形の認知を絵の認知につなげる
(6) 触覚や視覚で知覚されたものを言葉につな|ずる
(7) はめ板の学習を効果的にする工夫
③ 学習を進めるときの注意
(1) 子どもの警戒心に配慮する
(2) できる課題から始め、できる課題で終わる
第3章 設定と働きかけの系統性
① 定位と関係づけ
(1) 運動の始点に注意を向ける
(2) 物と物とを関係づける
(3) 物と平面とを関係づける
(4) 関係づけの順序性
(5) 定位と対人関係
② 方向づけ
(1) 運動には方向がある
(2) 「終わり」がわかる、因果関係がわかる
(3) 始点から終点をなめらかに見る
(4) 終点の場所を記憶する
(5) 触覚の手がかりで手の運動を調整する
(6) 方向を定めて棒を置く
(7) 平面で手の運動を調整して線を引く
(8) 閉じた三角形を描く
③ シンボル機能を育てる
(1) 子どもの発達と描画
(2) 描くこととシンボル機能
第4章 弁別や分類の系統性
① 弁別の系統性
(1) 物の違いに気づく
(2) 触ってわかる段階
(3) 見てわかる段階
② 分類の系統性
(1) 属性による分類
(2) 基準を変える分類
(3) 「見てわかる」段階から言葉の世界へ
(4) 聴知覚を育てる
(5) 教材はほんの少しの手がかり
<参考1> 「平面」での弁別教材の製作例と課題設定
<参考2> からだで学ぶ学習の系統性
第5章 模倣や社会性を育てる
① 模倣を育てる
(1) からだの動さとシンボル機能
(2) 動作の模倣とシンボル機能
(3) 模倣が困難な子どもに模倣を促す
(4) サインの形成
(5) 要求手段の確立
(6) 人に惹かれすぎても模倣ができない
② 社会性を育てる
(1) 発達の視点から行動を見る
(2) 自他の区別から社会性ヘ
(3) 恥ずかしさの意識と認知発達
③ 結果がわかれば課題に応じる
(1) 課題に応じないのはわからないから
(2) がんばれることを目標にする
<参考3> 模倣を促す学習における視点
第6章 言葉につなぐ
① 視覚の手がかりで概念化する
(1) 視覚の手がかりで分類する
(2) 2次元分類 (マトリックス)
(3) 見た目が違うものに言葉をつける
(4) 機能や場面で分類する
② 聴知覚を統合する
(1) 音を聞き分けてからだで合わせる
(2) 音から映像をイメージする
(3) 映像から音をイメージする
③ クラスターをまとめる
④ 表出の手段を育てる
(1) 各段階におけるコミュニケーション手段
(2) 感覚運動期には活動でコミュニケーシ∃ンする
(3) 表出を妨げない支援
第7章 数を数える
① 異種感覚を統合する
② 各種教材による学習の実際
(1) 玉ひも教材
(2) 数のスライド板
(3) 玉さし
(4) タイルの数列板
③ 数の学習にも運動やバランスが関与する
④ 発達の偏りによるでき方の違いがある
⑤ 教材教具のユニバーサルデザイン
(1) 指導者が学習を進めやすくする工夫
(2) 同じ教材を使った課題のパリエーシ∃ン
(3) 系統的な学習が理解を助ける
(4) 他の教材で確かめ、日常生活につなぐ
<参考4> 同じ教材を使った課題のパリエーシ∃ン
第8章 単語を構成する
① 単語の構成は時間の整理
② 記憶と行動
(1) 記憶が1つだけの段階の行動
(2) 複数の記憶が混乱する段階の行動
第9章 発達の不均衡さに働きかける
① 定型発達児と知的障害児はどう違うのか
(1) 知的障害児の発達の不均衡さ
(2) 年齢が高くなるにつれて乖離が広がる
(3) 理解されにくい言語領域の乖離
(4) 「鳥の絵課題」が示す視覚―運動の遅れ
(5) 発達の不均衡さと情緒や社会性との関係
② 発達の不均衡さと教材教具による学習
(1) 発達検査は発達を輪切りにするものではない
(2) 関係し合って伸びていく領域
(3) 課題設定の原点
第10章 気になる行動への対応
① 気になる行動に認知発達の視点から働きかける
② 各Stageに応じた支援
③ こだわりの理解
(1) こだわりの変遷
(2) こだわりを活用する
(3) こだわりを外に広げて道をつける
参考文献
おわりに