今本 繁:著 中央法規 定価:2200円 + 税 (2021.3)
私のお薦め度:★★★★☆
昨年度、令和2年度育てる会の即実践講座で連続10回の講演をしていただいた今本繁先生の近著です。
「岡山ABA講座」と銘打って、応用行動分析(ABA)の基礎から丁寧にお話しいただけましたので、難しいと言われることの多いABAについても理解できた方が多かったと思います。でも中には、いざ実践の現場で使おうとすると、まだ自分の中で完全に咀嚼できているとは思えず、ためらってしまう方もおられるのではと推察します。
その原因の一つは、やはりABAにでてくる専門用語が、普段の生活指導や療育の中で聞き慣れなくて、言葉の定義を専門書を見返して確認しなければならないケースもあるためかもしれません。実際に本書の中でも「嫌子消失による強化の機能」「随伴性形成行動」などと言われると、思わず「それなあに?」と言ってしまいそうですね。
でも、ご安心ください。本書は「当事者の不安を解消する「7つ道具」とアセスメント」と副題にある通り、7つの道具を使って、実際に自閉スペクトラム症(ASD)の方に役立つコミュニケーション支援のための本となっています。
もちろん、その基礎には応用行動分析の理論に基づく方法が流れているのですが、その過程は私たちがこれまで取り組んできた方法とニアリーイコール(≒)と言っていいように見えます。これは著者の今本先生が、応用行動分析の専門家であると同時に、ノースカロライナ大学のTEACCH部で1年間研修をされたり、PECS(絵カード交換式コミュニケーション)の日本での普及のために法人を立ち上げされたりしてこられた経験が活かされているためでしょう。
ですから、本書については「応用行動分析学」を学ぶというよりは、ASDの人への具体的支援の中に、「応用行動分析」の考えがこんな風に生かされているという形で読んでいただきたいと思います。
先ほど例にあげた専門用語等については、「ワンランクアップ!」というコーナーで、それぞれ丁寧に解説されていますので、「応用行動分析」についてもっと学びたいという方はしっかり理解していただきたいと思います。
一方で、“役に立つ7つ道具”について早く知りたいと思われている方は、この「ワンランクアップ!」については、コラム欄のように知識として一応読んでおく・・・ぐらいでいいのではと思います。
例えば、先に述べた「嫌子消失による強化の機能」については、このように説明していただいています。
嫌子があるときに、ある行動をすることで、その嫌子がなくなると、その行動を続けるようになります(強化)。これを「嫌子消失による強化」といいます。
たとえば、雨(嫌子)が降ってきたときに、傘をさす行動をとると、雨をなくすことができるので、雨の日に傘をさす行動が増えます(強化)。
フムフム、納得です・・・、でも、すぐにまた忘れそうです。今本先生、申し訳ないです。
さて、本書の主題の中で私が一番共感したのは「将来にわたる自立を重視する」というポイントでした。
大人になったときに困らないようにと、子どもを育てることに異論を唱える人はいないでしょう。子どもに対して、乳幼児期は依存の時期で、やがて心身の発達と共に自我や自尊心が芽生えてきて、自分自身でいろいろなことに取り組んでいくようになると考えるのが普通でしょう。しかし,ASDの子どもの場合、自然にそうなることを期待するのは難しいです。
1人でお風呂に入る、1人で寝るというようなことでさえ、自立を重視して意図的に取り組まないといけないのです。ここで大切なことは、自立は何でも1人でできることだけでなく、人に何かを要求したり、拒否したり、援助を求めるなど、人とコミュニケ-ションを取って適切に依存できることも自立の1つの形と考えることです。
これは、子育てにおいて家庭やグループホームでも、指針として取り入れてきていることです。暗黙のルールを理解するのが苦手なASD児たちが、成長して大人になり、親亡き後に、周りの支援をうけながらも、自立して、自分の人生を楽しんで生きて欲しいと願っています。
ところで、ここで一つお断りしておかなければいけないのは、今本先生が発案された「7つ道具」とは、具体物としての「支援ツール」「道具」ではない、ということです。
・・・そう思われた方、いらっしゃいませんか?
これは、コミュニケーションを苦手とするASDの方が、陥りやすい状況から抜け出すためのモデルで、今本先生が考案した7つの「ABCモデル」のことです。
詳しい内容については、本書をお読みいただきたいのですが、ここでは目次的に項目だけを紹介させていただきます。
まず、レベルAとして、伝えたいことが本人に伝わっていない場合の「理解の道具」です。
【1. 部屋の環境調整】、【2. 予定や変更の見える化】、【3. 活動の終わりの見える化】、
【4. 活動のやり方の見える化】、の4つです。
これらはTEACCHプログラムでもお馴染みだと思いますが、本書ではアセスメントから好子、嫌子を見つけ出し、行動変容につなげるやり方を具体的に事例の中でアドバイスしていただいています。
次に、レベルBでは、本人からうまく伝えられない場合の「意思表出の道具」です。
この場合の道具は、【5. コミュニケーションの見える化】なのですが、これにはPECSの導入などが参考になると思います。
最後のレベルCの「動機づけと社会性の道具」では【6. 行動の結果の見える化】と【7. ルールの見える化】があり、これで7つの道具が揃った訳です。
それでは、7番目の【ルールの見える化】で取り上げられている事例を紹介して、今月のお薦め本コーナーとします。
「じゅんいちさんの場合:ステッカーによるルールの見える化」
じゅんいちさんは、生活介護事業所を利用している軽度の知的障がいがあるASDの36歳の男性です。じゅんいちさんは自宅のお風呂に入る際に風呂の浴槽の上限いっぱいにお湯を張るというこだわりがあります。
高齢のご両親は「そんなにお湯を張るものじゃありません!」と注意していましたが、言うことを聞かないのと、大声で反発されるので注意するのを諦めていました。しかし、毎月のガス代と水道代が高額になってしまい、支援機関に相談に行きました。
ある日じゅんいちさんが事業所に行っている間に、ガス会社の担当者がガスの点検に来ました。ご両親は、じゅんいちさんのことをガス会社の担当者に相談すると、ガス会社で用意されているステッカー( 「 この高さまでお湯を入れてください」 )を浴槽の縁から10cmくらいのところに貼っていってくれました。すると、その日の入浴からじゅんいちさんは、このステッカーに示している線のところにお湯を張るようになり、浴槽いっぱいにお湯を張ることはなくなりました。
支援機関で頭を悩ましての支援策より、ガス会社の1枚のステッカーによる「見える化」の方が、はるかに簡単で有効っだったというお話でしたが、それをうまく見つけてあげられるのも支援の醍醐味と言えるのでしょうね。
(「育てる会会報 281号」(2021.9)より)
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目次
口絵 本書で紹介する支援のための道具の実例
はじめに
第1章 応用行動分析からみたASDの人への合理的配慮
-そのコミュニケーション支援について
ASDとは
応用行動分析からみたASDの人のコミュニケーションの理解
コミュニケーション行動とは
ASDの人の支援の6つのポイント
実践と科学の一体化を
第2章 ABCモデルと7つ道具
ASDの人のコミュニケーションを支援するABCモデルと7つ道具
ABCモデルとは
レベルA:本人に伝わっていない場合 理解の道具
ASDの人の理解のコミュニケーションの問題と視覚的支援
視覚的支援の実際
アセスメント
まとめ
レベルB:本人から上手く伝えられない場合 意思表出の道具
表出のコミュニケーションが困難になると
表出のコミュニケーションを支援する3つのポイント
アセスメント
まとめ
レベルC:動機づけと社会性の問題 動機づけと社会性の道具
動機づけと社会性の問題とは?
好子・嫌子のアセスメント
ABCモデルに基づいた問題の原因と対応策
まとめ
第3章 ASDの人の不安を解消する7つ道具
レベルA 道具1:部屋の環境調整
その人の感性やこだわりを知るためのアセスメント
[事例] れんちゃんの場合 部屋の環境調整
部屋の環境調整の3つのポイント
○ 不快・注意散漫を招く刺激の除去
○ 活動の場所と境界の明確化
○ ルーチン化しやすい物の配置
レベルA 道具2:予定や変更の見える化
1. 1日のスケジュールの見える化
アセスメント
[事例] しょう君の場合 写真カードによるスケジュールボード
[事例] ゆうと君の場合 文字カードによるスケジュールバインダー
[事例] はるなさんの場合 具体物によるスケジュール棚
[事例] りくと君の場合 文章によるクリップボードにはさんだスケジュール表
2. 週、月単位のスケジュールの見える化
アセスメント
[事例] いつき君の場合 写真カード・絵カードによる週間・月間スケジュール
レベルA 道具3:活動の終わりの見える化
「活動の終わりの見える化」のためのアセスメント
「物がなくなること」「シンボルカードがなくなること」「文字や文のチェックリスト」を用いる
1. 物がなくなることで活動の終わりを伝える
[事例] たいき君の場合 自立学習課題における活動の終わりの見える化
[事例] はじめさんの場合 缶つぶし作業の活動の終わりの見える化・
腹筋運動における活動の終わりの見える化・
トイレットペーパーの使用における活動の
終わりの見える化
2. シンボルカードがなくなることで活動の終わりを伝える
[事例] けん君の場合 シンボルカードを使った自立学習における活動の
終わりの見える化
[事例] よしとさんの場合 シンボルカードを使ったバランスボール運動の活動の
終わりの見える化
3. 文字や文のチェックリストによる「活動の終わりの見える化」
[事例] けんた君の場合 文字や文のチェックリストによる活動の
終わりの見える化
レベルA 道具4:活動のやり方の見える化
「課題分析」のアセスメント
活動のやり方の見える化の3つのポイント
[事例] えいた君の場合 「着替える」の活動の見える化
[事例] ちかさんの場合 紅茶づくりのやり方の見える化
[事例] しょうま君の場合 パンケーキをつくる活動のやり方の見える化
[事例] A社の場合 席に戻る行動の整理統合の工夫
[事例] けんとちゃんの場合 歯みがきのめくり式の手順書
レベルB 道具5:コミュニケーションの見える化
1. 絵カードを使ったコミュニケーションの指導
準備
指導
般化
[事例] みさきさんの場合 日々の活動から表出のコミュニケーションの
ニーズを調べる
2. その他のモードのコミュニケーションの指導
具体物による「表出のコミュニケーション」(コマ回し)
[事例] ゆうまちゃんの場合 身振りやサイン言語による表出のコミュニケーション
[事例] さとしちゃんの場合 言語モデルで適切な表出のコミュニケーションを
教える
[事例] しげる君の場合 視覚的なリマインダーカードで適切な表出のコミュニケー
ションを教える
レベルC 道具6:行動の結果の見える化
1. 頑張ったら良いことがあることを見える化する ① (標的行動を促す)
[事例] じん君の場合 休憩から作業に切り替えた結果の見える化
2. 頑張ったら良いことがあることを見える化する ② (トークンシステムの活用)
[事例] ゆうせい君の場合 トイレの水を流す行動を促すための
トークンシステムの活用
トークン導入前の手続きについて
トークンボードのパズル化
実際にお金を貯めるトークンシステム
トークンシステムを導入する上での4つの留意点
3. 間違ったことをしたら良くないことがあることを見える化する (レスポンスコスト)
[事例] ごろう君の場合 自動車の窓をたたく間違った行動を減らす
レスポンスコストボード
[事例] そうたさんの場合 休み時間の間違った行動を減らす
レスポンスコストボード
[事例] ゆうたちゃんの場合 隣の教室に行ってしまう間違った行動を減らす
レスポンスコストボード
レベルC 道具7:ルールの見える化
「ルールの見える化」のアセスメント
[事例] しょうた君の場合 ○×ルールによるルールの見える化
[事例] つばさちゃんの場合 ごほうびチェックによるルールの見える化
[事例] じゅんいちさんの場合 ステッカーによるルールの見える化
[事例] とおるくんの場合 ソーシャルストーリーによるルールの見える化
おわりに
参考文献・あとがき・著者プロフィール
ワンランクアップ 指導の心得
○ 予定の中止や追加など変更も加える
○ 具体物のスケジュール
○ 使うことを拒否された場合は
○ 日付、曜日の概念を習得していない人の場合
○ ゲームや遊びの「活動の終わりの見える化」の例
○ 「習得性の嫌子」「嫌子消失による強化の機能」「習得性の好子」
「好子消失による弱化の機能」
○ フリー・オペラント技法
○ 「変化抵抗」「行動モメンタム」
○ 強化スケジュール
○ ルール支配行動