栗原 泉:著 KADOKAWA 定価:1200円+税
私のお薦め度:★★★★☆
自分が発達障害をもっていることをカミングアウトしているモデル・俳優の栗原類さんの著作「発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由」は、以前会報224号のお薦め本コーナーで紹介させていただきました。また、同本の漫画版「マンガでわかる 発達障害の僕が羽ばたけた理由」も会報238号でお薦めさせていただいたので、覚えている方もいらっしゃると思います。
本書は、その本の中でも登場し、強烈な印象を私たちに与えてくれた、類さんのお母さんの泉さんが書いてくださった「子育て本」です。
もちろん子育て本と言っても、ニューヨークの教育委員会で類さんの発達障害のテストを受けた時に、満場一致でお母さんの泉さんが「典型的なADHD」だと言われたお母さんですから、そんじょそこらの「発達障害の子の子育て本」とは違います。
発達障害のお母さんが、タイプは違いますが発達障害を持つ子どもを育ててきた、子育ての本です。そういう意味では、やはりADHDの診断を受けた笹森理恵さんの「私と三人息子は発達障害です。何か?」に似通っているかもしれませんね。
でも、本書の泉さん、「典型的なADHD」と認定されただけあって、波瀾万丈の子育てです。
青春時代の話のタイトルを時系列で列挙していくだけでも、その大波をかいくぐってきたような生き方が想像していただけると思います。
『NYでの進学をあきらめ、学費が安かったロンドンに移る』、
『ロンドンの音楽学校で、類の父と出会う』、
『価値観が合わず、別れた後に妊娠が発覚。帰国後出産』、
『子どもを療育するため、フリーランスで通訳を始める』
類が生まれてから「さて、仕事はどうしようか」と考えるという、本当に行き当たりばったりで当時は生きていました。とりあえず実家に帰ったので住む場所と食べるものはあるけど、ずっとそのままというわけにもいかない。留学期間は米英合計すると5年近くなるのに、大学にも行ってないし職歴と呼べるものもないまま、私は25歳になっていました。私にあるのは人に自慢できるくらいの語学力と音楽の知識、経験。しかしそれを証明する資格も学位もテストスコアも何もない状態です。
「ブレない子育て」というと、普通は、将来の核となる目標があって、それに向けてさまざまな工夫をしながらも、視線は目標からそらすことなく、一歩ずつ進んでいく・・・というイメージがありますが、それはある種の固定観念に囚われた子育てかもしれませんね。
泉さんの場合は、生き方自体は傍から見ると確かに「行き当たりばったり」に見えます。またその教育における類くんの将来像も、私たちとは違ったところにありました。
また、日本の受験制度の厳しさには疑問を感じていたので、類にはいずれ「帰国子女枠」で受験ができるようにしてあげたいと考えていました。「帰国子女枠」の受験のためには、「親の仕事の都合で海外に生活し、日本人学校ではなく現地の学校に3年以上通学したこと」などの条件があります。幸い、私の仕事は音楽関係の翻訳業だったので、海外で仕事することもできます。そこで、類が生まれて日本で暮らし始めて間もない頃から、いずれ海外で子育てすることを視野に入れて準備を始めました。
確かに、日本の受験制度は厳しいですが、将来「帰国子女枠」で受験するために、海外で仕事を探して、親子で暮らす・・・などという発想は、私たちにはないですね。
バイリンガルに育てるのであれば、2カ国語の言語の習得だけでなく、どちらの社会にも適応できて初めてバイリンガルが武器になるのですから、将来的にどの国に住むのかは本人に任せるにしても、そして小学校の時点では日本より米国にずっと住みたいと類本人が言っていたにしても、必ず日本の教育を受けさせて日本社会の発想の根源を理解してもらおう、とりあえず中学校くらいになると先輩後輩という謎のヒエラルキーが出現したり、変な校則が出現したり、日本社会の理不尽が濃縮されてパッケージされている、本人が馴染めなかろうが不満だろうが、とにかく最低でも中学校の3年間は日本の学校教育を受けさせようと考え、NYに渡ったのです。
と言う訳で、中学になったら日本に戻ると決め、類くんが5歳の時、母子でニューヨークに渡り、そこで類くんと泉さんが発達障害と診断される訳です。
でも、発達障害を持つ類くん、英語の習得にも遅れが出て、日本では考えられないのですが、現地の小学校で小1で留年させられてしまったそうです・・・厳しいですね。
そんな中でも、泉さんの「ブレない子育て」は変わることはありません。私たちが想像していたもののはるか上を行く、しかしだからこそ、一般常識にはとらわれない普遍的な子育てであるとも言えるかもしれません。
本書の中でも、「8つのマイルール」として紹介されていますが、その最初のマイルールは「周囲の雑音に振り回されない知識を持つ」です。
結局、情報が多くても少なくても不安になる場面は出てきますし、正解はない中で自分で決めるしかありません。失敗は誰でもしたくないとは思いますが、どうせ失敗するなら他人の言うことを鵜呑みにして失敗するより、自分で考えて決めた結果失敗した方が、後悔が少ないじゃないだろううか、そう思ったのは類がまだ赤ちゃんの頃、発達障害と診断されるよりもずっと前のことです。
いずれにせよ周囲の意見というのは、そこに責任が発生しないから気軽に言っている場合がほとんどです。責任を負うのは親である自分なのですから、「あなたのためを思って無責任にアドバイスしてくれる誰か」の意見は話半分で聞いておくに限ります。
私の場合は最初から、結婚してないシングル・マザー、海外生活から帰ったきたばかりで若干浦島太郎気味、子どもが英国人とのハーフという、基本的な部分から定型外だったため、他人と違うことをやっていても「あの人はしょうがないよね」と思われていたフシがあり、そういう面では恵まれていたように思います。しかしあらゆる面で不特定多数に属する人なんて、実はそんなにいないですし、みんなそれぞれ違った環境で育ち、違った子どもを育てている。誰だってどこかしら定型外なのです。
ここに書かれているように、これらのマイルール、類くんが発達障害と診断される前からの泉さんのルールです。
そう考えたら、子どもに発達障害があろうとなかろうと、まさに「ブレない」子育てですね。
それでは、最後に8番目のマイルールを紹介して結びとします。学校選びに迷われている方には、参考になるかもしれませんが「親のエゴをはずして、子どもの意思を尊重する」です。
進学先選びも親のエゴを抑える修行です。子どもの学校選びの基準なんて、友達と一緒の学校がいいとか制服が気に入ったとか、ごく単純で視野の狭いものに終始します。子どもなのだからある意味当然で、一方親としては高校、大学などその後の進学のことも考えながら選ぶし、校風や進学実績など、親目線から子どもに説明してみてわかったように見えても見えなくても、子ども自身にはそんな先のことなんて実感できるはずもないのです。
だから親と子どもで選ぶ学校が違うなんてことはきっとザラにあるでしょう。そんな時に親にできるのは、慎重に考えるように促すことと、学校は入ってみないとわからない、外からではわからないことも多いから、今、魅力的に見える部分に過度の期待はしない方がいいと教え、自分にもそう釘をさすことぐらいです。「こっちの(親が行かせたい)学校の方がこういう面でいい」みたいな話で子どもを説得するべきではないのです。なんといっても数年間毎日、その学校に通うのは親ではなく子どもなのです。
エゴと言えばエゴかもしれませんが、子どもの将来を考えれば、より良いと思える道を選ばせてやりたいと思うのも親心でしょう。でも、それをグッと抑えて、子どもが自分で好きな学校へ行くのも許すのも、子どもを一人の人格として尊重していくのも大切なのかもしれません。
自分が自分の人生の主人公だとしたら、自分で選択したいと思うのは当然でしょう。
特に、知的に遅れのない発達障害を持つ青年にとっては、中学校・・、遅くとも高校以上では自分の意思を尊重させてあげたいですね。
と言う訳で、そんな泉さんのマイルールに支えられて、子どもの頃から自分の思いを大切にしてもらった類さんは、青年になって自分の個性を発揮できる「輝ける場所」を見つけられたのだと思います。
マイルールのその1から、その8まで一貫して「どうせ失敗するなら、自分で決めたやり方の方が後悔が少ない」という潔い姿勢で、自分の人生も子育ても続けてこられた泉さん、同じような生き方は私たち凡人(?)には真似できないかもしれませんが、そのブレない子育てには大いに敬意を払わせていただきたいと思います。
(「育てる会 会報 278号」(2021.6) より)
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目次
PHOTOS
はじめに
PART1 我が子が「発達障害」と診断されて始まった試行錯誤の日々
類が8歳の時、NYで発達障害と診断
まずは、我が子をじっくり観察するところから始めた
「人より2倍3倍努力するのが基本ライン」と意識づける
先にダメ出しをして最後にほめるようにする
「楽しい時間、環境を、ひとつでも多く与えよう」と決めた
どうしたら「伝わる」のか、という葛藤
PART2 私の中で「子育て理念」が固まった、私自身の育ってきた過去を振り返って
私の親が反面教師だった
私自身、なんでもスイスイ習得できる子だった
「できて当たり前」「無関心」だった父
中学受験が土壇場で中止に。はしごをはずされた思いが残る
子どもの教育に一貫性を持たなかった親
文句を言うだけで、一緒に解決しようとしない親
親のふるあいを見て、子どもは人へのふるまいを学ぶ
発達障害の子には、根気よく具体的に助言すべき
「勉強ができれば友達なんか作らなくていい」
親への不信感から勉強意欲を失った中学時代
不本意に終わった高校受験
好きな音楽に没頭し、バンド活動を始める
文系大学の受験を反対され、音楽の専門学校へ進学
20歳の時、NYで大学付属の語学学校に通う
音楽大学のボーカル科を受験するが、不合格となる
大学の市民講座に通い、逆転合格
NYでの進学をあきらめ、学費が安かったロンドンに移る
ロンドンの音楽学校で、類の父と出会う
価値観が合わず、別れた後に妊娠が発覚。帰国後出産
子どもを養育するため、フリーランスで通訳を始める
実績を積み上げて通訳の仕事を広げる
自分自身で必死に社会性を学び、追いついた20代
PART3 「ブレない子育て」の実践 8つのマイルール
マイルール1 周囲の雑音に振り回されない知識をもつ
子育て中の親は、とかく不安をあおられやすい
どうせ失敗するなら、自分で決めたやりかたの方が後悔が少ない
「新米お母さん」へのアドバイスという名のマウンティング
誰しもが定型外。同質化する必要はない
理由を言語化してみる
医学博士の育児書を読む
一見、自分に関係のない知識も得る
海外の子育て本も読み、内容を比較してみる
信頼できる第三者に助言を求める
非常識な親と思われてもいい。それが子どもにベストな選択なら
COLUMN 信頼できる専門家の相談相手を持つ
マイルール2 「我が子に今何が必要か」をじっくり観察する
ベストな答えは、他でもない、子ども自身にある
親にとって不都合な「好き」を除外しない
いろいろやらせてみないとわからない
「向き」「不向き」ではなく、「何なら頑張れそうか」を見つける
才能は誰かに見つけられないと、勝手には花開かない
「○○ちゃんだけできない」は、受け流す
「子どものいいところ」を言って、切り返す
子どもの才能を謙遜して、見くびらない
親にとって喜ばしくない好奇心も見過ごさない
一番になれる、大きな才能だけが才能ではない
自分の才能の範囲で夢の最大値を追う
COLUMN 時にはセカンド・オピニオンも大切
マイルール3 頑張らせることの優先順位を決める
疲れやすい発達障害の子どもに必要な、取捨選択
「みんながやっているから」という理由で選択しない
類にとって大切なキャリアを勉強より優先する
人と違うものを選ぶと、少ない労力で結果を得られる
マイルール4 子どもと一緒に学ぶ、感動を共有する
親が自分の得意なことを教えるのが、本来の家庭教育
音楽を聴き分ける耳を作る
長い時間をかけて、ようやく実を結ぶ
感動の共有が、親子の信頼や尊敬を育てる
親が苦労しながら努力している姿を見せる
フランス語を親子で一緒に学ぶ「勉強合宿」
英語が通じてしまう旅行先の選択ミス
英語が通用しない場所での再チャレンジ
親も自分の時間を大切にする
塾通いにあてる費用を親子の勉強旅行にあてた
マイルール5 人生への前向きな姿勢、社会常識やマナーを教える
親の人生に対する姿勢は子に引き継がれる
係が争奪戦になる、アメリカの保護者会
周囲への感謝、自発行動の大切さを教える
私自身がずっと後になって気がついた、周囲の方々からの愛
社会常識やマナーを具体的に根気強く繰り返し伝える
COLUMN 「ほどほど」ということ
COLUMN 子どもを一人の人間として尊重する
マイルール6 子どもの将来を見据えた教育ヴィジョンを持つ
一貫性のある、子どもの進路選択をする
生後すぐから子どもの大学進学や留学を考え始める
中学で日本に戻ると決めてNYに渡る
バイリンガルにも、日本社会の理解は必要
入学までに語学力をある程度身につけるという目論見がはずれる
発達障害と診断され、小1を留年
「補習 + 取り出し療育」を受ける
一斉テストの順位づけが重要な、アメリカの学校
予定を繰り上げて、小5の時、日本に帰国
家庭内のバイリンガル教育方針
マイルール7 親のエゴをはずして、子どもの意思を尊重する
子どもに住む場所を決めさせる
帰国後の小学校の受験と選択
中学校の進路選択
高校受験と選択
視野を広げさせ、煮詰まらせない
マイルール8 子どもに言ったことは必ず守る、言行一致させる
「言ったことはその通りにする」を徹底
守れない約束はsinai
COLUMN 学校の現場でどう配慮をお願いするか
COLUMN 類の同級生、ラサーナが教えてくれたこと
PART4 栗原類インタビュー
「母への信頼・母が教えてくれたこと」
おわりに