知的障害や発達障害のある人とのコミュニケーションのトリセツ | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

坂井 聡:著 エンパワメント研究所 定価:1800円 + 税 (2019.12)

 

          私のお薦め度:★★★★☆

 

育てる会でもセミナーや即実践講座などでお世話になっている香川大学教育学部教授の坂井聡先生の近著です。


コミュニケーションについては、以前に比べると、「双方向」という意味から理解性コミュニケーションだけでなく、表出性のコミュニケーションのの視点を持つことの大切さが、療育現場でも知られるようになってきたように思います。特に、知的障害や発達障害のある人の生涯の豊かさを考えたとき、「自己決定」を支えるためには「表出性コミュニケーション」の力をつけていくこと、その手段を保障していくことが求められていますね。
コミュニケーションや社会性を苦手とする自閉症児たちにとっては、言語だけでなく思いを伝えるための手段が欠かせないものになってきます。その手段として有効なのが、坂井先生の推奨するAAC(拡大・代替コミュニケーション)や、門先生が広められているPECS(絵カード交換式コミュニケーションシステム)なのだと思います。

 

本書は、そんな坂井先生がコミュニケーションの本来の目的から始めて、具体的な機器の使い方までを紹介する、まさに「トリセツ」の一冊です。

 

食器を上手に使って食べることよりも何を食べるか考えられる方が、服に袖を通したり、ボタンを留めたりする動作よりも、どんな服を今日着るのかを考えらることの方が大切ではないか。
「上から2番目のボタンを留める」この動作に快感を感じている人がどのくらいいるだろうか。「右の袖を通すときのこの快感が忘れられない」と感じている人がどれくらいいるだろうか。服を着るための動作に楽しみや快感を感じている人はほとんどいないだろう。そんなことよりも「今日は何を着ようか」「今日の天気を楽しむために、どれを着ようか」と、その日の気分や天候、そして予定などに合わせて着る服を選ぶ方が楽しいはずである。
好きな服を選ぶことができるようになり「その服が着たい」と思うようになれば、ボタンを留めたり袖を通したりすることへの意欲も湧くだろう。
ボタンを留めたり、前後ろを間違わないで着たりする練習ばかりではなく、着たい服を自分で選べるようにする練習も大切にしたい。

 

思わずクスッと笑ってしまう、いつものユーモアあふれる坂井先生の例えですが、身辺自立に熱心のあまり、つい忘れてしまいそうな・・・忘れてはいけないのですが、視点です。

 

もちろん、パジャマのボタンをつまみやすくしたり、最初はボタン穴を大きくしたり、最後にズボンを上げることで達成感を感じさせたりと、そんな工夫も大切ですが、それよりもさらに大切なのは、好きなパジャマを選んで着たいと思わせることなのですね。

 

また、サポートブックやコミュニケーションブックを作って、使おうとする時に注意しなければいけない点にも触れられています。

 

ここで注意しなければいけないのは、本人が使う絵カードや写真カードは、その子どもたちがコミュニケーションするためのもので、大人が子どもたちに指示する道具として使うものではないということである。絵カードや写真カードが指示されるための道具になると、子どもたちはそれを自分から開いて伝えようとはしなくなってしまう。あくまでも子どもたちのブックということを忘れてはならない。

すなわち、大人が伝えるためには、指導者用のコミュニケーションブックを作っておかなければならないということである。
子どものものとは別に作って持っておく。子どもには子ども用の、大人には大人用のそれぞれのコミュニケーションブックがいるということである

 

つまり子どもたちが持ち歩くコミュニケーションブックは、あくまでも「表出用コミュニケーションブック」でなければいけないと言うことです。これからやることを示すには、大人用の「理解するためのコミュニケーションブック」が必要ということですね。
確かに律儀な自閉症児たちですので、最初は示された絵カードの指示に従って動こうとするでしょう。周りの大人たちも、「これは便利!」と感激して、絵カードを便利グッズとして使おうとしがちです。でも、やがてそれが自分のやりたいことではない、やりたくないことをやらされていると気づいたとき、そのカードを拒否するようになってくるでしょう。
せっかく手に入れた、貴重な、そして数少ないコミュニケーション手段を放棄してしまうことになりかねません。

 

また、構造化についても注意されています。
TEACCHを学び始めた支援者の方が、まず取りかかるのが、見た目がわかりやすい「場所の構造化」ではないでしょうか。
そこで何をすればいいのか、また余計な刺激が目にはいらないようにとか・・・段ボールなどを使って仕切りを作られる方も多いと思います。
一方で、それを見て冷たい感じをもったり、使用済みの段ボールに違和感をつ方がいるのも事実でしょう。

 

使い古しの段ボールによる物理的な構造化への抵抗感は、正常な感覚である。その感覚は大切である。だれでも、支援を受けるとしたら、おしゃれでかっこいい方がよいと思うに違いない。
自分のこととして考えてみよう。自分の子どもが通う通園施設を選ぶような状況を想像してもらいたい。どちらかを選ばないといけないのである。AB両通園施設とも、支援についての考え方は同じで、施設職員の資質も同じであるとしよう。
A学園は、くたびれて使い古しの段ボールをついたてに使って、部屋を構造化している通園施設である。構造化についての理解もあるし、その中で子どもたちも理解して活動している。教材は手作り感満載で、先生方が苦労して手作りしていることが伝わってくる。
B学園は、おしゃれでかっこいいついたてを使って部屋を構造化している。構造化についての理解もあるし、その中で子どもたちも理解して活動できている。教材は、手作り感はないが、タブレットなども使って、おしゃれな感じがする。
もしあなたがどちらかの通園施設を選ばなければならないとすれば、どちらの通園施設を選ぶだろうか。

 

ぐんぐんでも、教材や間仕切りは、一人ひとりに合わせた手作りのものを基本にしています。
でもやはり、同じ手作りなら「カッコイイ」方が子どもたちは喜びますね。
福祉はカッコイイ、療育はおしゃれ・・・そんな風に思ってもらえるよう、「おしゃれな手作り」な構造化をめざして工夫していきたいと思っています。

 

最後に紹介するのは、「終わり」になったことが分かっていても、なかなか気持ちが切り替えられない子へのアイデアです。

遊びや自由時間の楽しい時には、いくらスケジュールで次の予定を示しても「もっとやりたい」と思うのは、子どもにとってある意味当たり前ですね。困って、むりやり遊んでいる物をとりあげて片づけてしまい、大泣きして余計に時間がかかってしまった・・・などということは、子育て、特にコミュニケーションを苦手とする子どもたちの子育てにはよくある体験ではないでしょうか。

 

このとき思い出したのが、小学校の時に放課後運動場で遊んでいたときにかかる「夕焼け小焼け」のメロディーだった。
「夕焼け小焼け」のメロディーが聞こえてきたら、いくら遊びたくても「バイバイ」と言って、家路についたことを思い出したのである。

 

そこで、私も相談が終わる2から3分前に、決まった音楽をスマホで鳴らして、それが鳴っている間に、遊んでいる物を少しずつ片付けていくようにした。
「あーあ、音楽が鳴り始めた、今日は終わりかー」と言いながら一緒に遊んでいたおもちゃを片付けるようにしたのである。その効果はてきめんだった。音楽を使い始めてからは 「帰るのはいやだ、まだ遊ぶ」と言って泣く子はいなくなった。知的に重度な子どもも自分から遊んでいたおもちゃを片付けるようになったのである。

 

いかがでしょう。視覚優位と言われる自閉症児たちですが、視覚の難点は見ないと何も伝わらないこと。
次の予定を見たくないと拒否していても、音楽なら自然と伝わるということでしょうか。

 

坂井先生の前著「コミュニケーションのための10のアイデア」に続いて、「こんなやり方があるよ」と
たくさんのアイデアがいっぱいの本です。
ヒントを子育ての中で活かしていってください。

 

            (「育てる会会報 263号」(2020.3) より)

 

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目次

 

はじめに

 

1章 支援するとはどういうことか

 

  1 ノーマライゼーションが変えた自立観
  2 ICIDHからICFへ
  3 障害があると言われたらなぜ、抵抗感を持つのか
  4 障害があるとはどういうことなのか
  5 障害があるとかないとかではなく、「なぜ、困難なのか?」と考えてみる
  6 支援と訓練は両立するか
  7 診断があることの意味

 

2章 意思を伝える
  
  1 自己決定すること
  2 自己決定や自己選択がその後の生活を変える
  3 自己決定できるようにするためには
  4 発信にこだわる
  5 AACという考え方
  6 「話すことができる」という評価でよいですか
  7 評価が大切
  8 問題行動で表現している
  9 こんなことがありました
 10 要求、注目、拒否の表現を探る
 11 適切な方法を身につけるには
 12 じゃあ次は

 

3章 テクノロジーを使う

 

  1 VOCAを知ってますか?
  2 VOCAの特徴を活用する
  3 どんなことばを入れるの?
  4 こんなことがありました

 

4章 わかるように伝えるために考える

 

  1 エコラリアが出たときには
  2 ASDのある人たちはどう理解しているのか
  3 視覚的にわかりやすくすることが重要
  4 ある疑問

 

5章 ASDのある人は視覚優位なのか

 

  1 視覚優位とは
  2 知的障害のある人とは
  3 聞いたり見たりしたことを理解するための能力の発達
  4 イメージする能力の発達は
  5 知的障害のある人の場合は視覚的な支援が有効である
  6 ASDのある人の場合はどうなのだろう
  7 視覚的支援は有効なのか
  8 視覚的支援の優位

 

6章 構造化

 

  1 冷たい感じが
  2 なぜ構造化しないの
  3 本当にそうでしょうか?
  4 これだけで十分ですか?
  5 本当にわがままなのか?
  6 スケジュールは必要ですか?
  7 どのような方法がありますか?
  8 タイマーの活用をしてみる
  9 タイマーをどのように使うのか
 10 切り替えには心の準備も必要

 

7章 構造化に魅了されているあなたへ

 

  1 その構造化は間違い
  2 この失敗が語ること
  3 じゃあどうすればいいの

 

8章 構造化だけでは

 

  1 儀式的行事で
  2 儀式的行事の位置づけ
  3 ある質問
  4 構造化が通用しない?
  5 どんな工夫がありますか?
  6 事前に知らせるという方法もあります

 

9章 生活に生かすためにどうする
 
  1 学校ではできるのに
  2 暮らしの中で生きる力に
  3 家庭での支援のアイデアをどのように考えるのか
  4 何ができて何ができていないかを考えるときに
  5 できそうなことがやる気につながる
  6 地域生活に広げられる
  7 支援はなくならなくてもいい
  8 わからないと問題行動に、わかると解決
  9 常識にとらわれないことも重要

 

10章 支援機器の活用

 

  1 バランスよく使い分けること
  2 コンピュータをどのように使いますか?
  3 コンピュータが変えるものとは
  4 こんな体験からも考えることができる
  5 生活の範囲が広がる可能性も
  6 スマートフォンのカメラで

 

11章 必要な支援を受けるために

 

  1 サポートブックを書いてみる
  2 どんな内容が必要?
  3 最低限必要な情報では?

 

12章 同じ景色が見られるように

 

  1 特別扱いすることです
  2 感覚過敏に対する配慮も
  3 こんな工夫もある
  4 このような発想をするためには

 

13章 おわりに

 

   参考文献

 

   あとがき