「子どもの発達障害」に薬はいらない | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

井原 裕:著 青春出版社 定価:980円+税 (2018.5) 

 

      私のお薦め度:★★☆☆☆

 

「薬に頼らない精神科医」として、発達障害児者の診療にあたられている井原先生の著作です。

同じく、自閉症児に対して過度に薬を使用している現在の医療現場に警鐘を鳴らしておられる、児童精神科医の門 眞一郎 先生による「薬よりも絵で」という名言がありますが、本書はそれとはアプローチが異なっています。

門先生はPECSの実践でも知られるように、表出コミュニケーションを引き出すことによって薬に頼らないでも、本人が自分の意思で暮らしのスタイルを選び取って安定して暮らしていけるようになるというアプローチだと思います。

 

一方で本書は、生活習慣・リズムを整えることにより、薬以上の効果があるという考えです。

取り組まれる方法は違いますが、その出発点での思いは同じかもしれません。

 

そして今、その発達障害の子どもにおいて、薬を飲むケースが増えています。本来その多くが大人のために開発されたはずの薬を、小学生のような若年者が飲んでいるのです。
私はこの状況を非常に危惧しています。
そもそも、発達障害と診断された子どもは、薬を飲んだら「発達」するのでしょうか。何のために、発達障害児に薬を飲ませるのでしょう。私は、疑問を覚えます。
必要な薬は処方しますが、薬は「最小限の必要悪」であって、使わないに越したことはありません。使う場合も、「必要な患者に、必要な量を、必要な期間に限って」を原則としています。大人に対してすらそうですから、まして子どもには、私は必要以上に薬を飲ませることはしたくありません。

 

さすがに、岡山でも最近は保護者も専門医も、薬の処方に慎重になってきたように感じますが、ひと昔前までは、主治医の先生に困った行動を説明するたびに、薬の量がそのたびに増えていった・・・というような、笑うに笑えないような話も聞いたことがありました。
また、そんな風に一度増えた薬はいつまでも処方され続けるので、親が勝手に飲ませなくなった薬がどんどん貯まっていく、というような・・・もったいない話ですね。

 

また、特に筆者が危惧されているのは、「生徒に薬を飲ませたがる学校の事情」です。

 

いわゆる困った子、落ち着きのない子、学級崩壊の原因になっているような子に対して、小児科医や精神科医に診断をつけてもらいたがる傾向は、学校にもあります。


実際、私の病院にも、学校の先生から、「息子さん(お嬢さん)は発達障害の可能性があるかもしれないから、病院に行って診てもらってください」と勧められてくるご家族が多いのです。
確かに、授業中に動きまわって落ち着かない、空気が読めずに周囲から浮いてしまうような生徒が学級にいて、先生が困ってしまう状況はよくわかります。でもその裏には、無意識にしろ、「診断名をつけてほしい。診断名さえあれば、特別支援なり、通級なりの別枠に送り込めるから」という学校側の思惑が見え隠れしているように思えてなりません。
それどころか、「薬を飲ませて何とかしてほしい」と訴えてくる例まであります。

 

たしかに、これまた聞いたことがある話です。

ただ筆者もいうように、「授業参観もしたこともなく、学校現場でその子がどんな問題行動をしているのか目撃したこともない医師」に丸投げして、診断名をつけ薬の処方を求める教師がいるとすれば、それは教育の職務放棄になってしまうような気がします。
また、安易に診断をして、それで自分の役割が終わったと考える精神科医がいるとしたら、たしかに、あとは薬の処方箋を書くしかなくなるのかもしれません。

 

学校において落ち着きがなくて、いくら注意しても直らない生徒におあつらえ向きの診断名が「注意欠如多動性障害(ADHD)」、集団行動が苦手で、行事のたびにトラブル起こす生徒におあつらえ向きの診断名が「自閉症スペクトラム障害」です。

 

そこで、筆者は診断名をつけたり、薬を処方する代わりに、「生活習慣の改善」、中でも「睡眠」の改善を一番のポイントに挙げるわけです。

 

広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害など)のお子さんは、状況判断が甘く、人の思惑を察することが苦手で、空気が読めない。そして、想定外の出来事に遭遇したときに、うろたえ、たじろぎ、取り乱しがちです。
このような傾向は、うつ状態だったり、イライラしていたりして、こころに余裕がないときに多い。なぜ、こころに余裕がないのか。それは、十分な睡眠によってこころの余裕を回復して朝を迎えるということができていないからです。逆に、十分に眠れば、目覚めたときの心地よさがまったく違っています。
睡眠は脳に余裕を与えます。感情の抑えを利かせることができます。こういう状態で学校に行けば、想定外の出来事に出くわしても、うろたえ、たじろぎ、取り乱しが少なくてすみます。
つまり、睡眠時間が足りていないと、多動の子はますます多動になり、自閉症スペクトラム障害の子はますますそれらしくなってしまうのです。寝不足は、その子の欠点ばかりをデフォルメしてしまうといっていいでしょう。 

 

これは、子育ての中で、「体調の悪い日には、自閉症の特徴が顕著に現れる」というのは、多くの親御さんが体験したことでしょう。もちろん、その中には筆者のいうここで挙げられた睡眠不足のケースもあると思います。

 

でも、規則正しい生活をして、睡眠を十分とってさえいればパニックは起こさないのでしょうか。
子育ての経験からすると、どうもそれだけではないように思えてしまいます。


それよりも、自分の意思が思うように伝えられなかったり、自分の周りでなにが起こっているのか理解できなかったり・・・そんなケースの方が多かったように思います。

 

この、睡眠を改善すれば、健康なこころが創られるという筆者の主張の背景には、この後に続いて述べられている「発達障害は個性である」という考えがあるように思います。

 

発達障害は、持って生まれたもの。「持って生まれた病気」といえば深刻な響きがありますが、「持って生まれた特性」といえばいいでしょう。だから、完璧に治るものではないし、その必要もありません。治さなければいけないほどの病気ではないのです。
先述したように、注意欠如多動性障害は大人になれば落ち着いてきます。自閉症スペクトラム障害は、大人になれば理屈で考えて冷静に行動できるようにもなってきます。

つまり、放っておいても、成長とともに落ち着いてくるのです。

 

自閉スペクトラム症の子どもを育てていると 「放っておいていいのなら、苦労はしないヨ」 と言いたくなるところです。適切な支援を続けていないと、二次障害を引き起こしたり、マスコミを騒がしたりする例もあります。
それでもまあ生活習慣の改善がいいのは、メタボの自分もいつも言われていることですから・・・不承不承ながら、納得しましょう。

ただ、私としては、本書には親として納得したくないような、ところどころに気になる箇所もあります。

世間の人を、異質のものを排除しようとする多数派、「放たれた猛獣(ニーチェ:「道徳の系譜」)」にたとえて、発達障害を持つ人にこう警告しています。

 

だから、猛獣と化す可能性のある彼らを挑発しないことです。彼らの獰猛な加虐欲求を刺激しないことです。そのためにも、「この人たちに自分のことを知ってもらおう」などとは思わないことです。

彼らは発達障害について理解する感性を持っていません。異質な価値観、異質な世界観を許容するほどの寛容さも持ち合わせていません。
発達障害の人たちにあっては、わかってもらおうという願望を、当面は、封印してほしいと思います。

そして、わかってもらえない寂しさに耐える力を鍛えてほしいと思います。

 

育てる会では、発達障害への理解を持っていただこうと、年5回のセミナーや毎年の夜間講座なども開いていますし、自閉症を理解し応援いただいている賛助会員の方も400名以上いらっしゃいます。違った文化も受け入れていただけると思って活動しています。
発達障害を持つ人たちにも、もっと私たちや世間の方(非自閉症圏の人たち)を信じてほしい、信頼してなんでも相談してほしいと願っています。


薬に頼らないのは賛成です、生活習慣を整えるのも賛成です・・・ので、そのあたりを考慮してのお薦め本とさせてください。

 

             (「育てる会会報 257号」(2019.9) より)

 

----------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------

 

目次

 

  はじめに  発達障害の子どもに薬は無意味!?

 

第1章 その薬は本当に必要なのか 
       子どもに薬を使うことの問題点

 

  サザエさんは「大人の発達障害」?
  精神科にかかれば誰でも病名がつく!?
  診断名がついても解決にはならない
  生徒に薬を飲ませたがる学校の事情
  医療は万能ではない
  医師にできないことで、学校にできること
  薬は症状を一時的に抑えているだけ
  長期服用が子どもの脳に与える影響
  子どもに落ち着きがないのは正常
  「生活リズムの乱れ」で症状が悪化する
  睡眠を見直したら多動が1週間で改善!  
 
第2章 「子どもの発達障害」に薬はいらない
       こころの健康をつくる生活習慣

 

  「薬に頼らない精神科」はこうして生まれた
  薬は一生飲み続けなければならないもの?
  健康を創るのは薬ではなく生活習慣
  薬よりも早く効く方法があった!
  患者側にも意識改革が必要
  治療=薬と思っていないか
  医師と患者の関係は対等
  精神科医は患者の病気を治せない!?
  「薬に頼らない精神科」から「生活習慣精神医学」へ

 

第3章 発達障害の子どもが変わる「眠り方」
       自律神経と睡眠の関係

 

  一番のポイントは「睡眠」の改善
  「睡眠不足」の子どもが増えている
  質のいい睡眠のためには運動も必要
  起床時刻はずらさない
  「睡眠日誌」で毎日の睡眠をチェック
  なぜ、休み明けに朝起きられなくなるのか
  「起立性調節障害」は時差ぼけと同じ!?
  短時間睡眠はパニック・不安も誘発する
  生活習慣が整えばこころも整う
  大人のこころの病に飲酒は大敵
  こころとストレスの関係
  女性の不調改善も「睡眠」がポイント

 

第4章 発達障害という「個性」を生きる
       子どもを伸ばすために親ができること

 

  発達障害を「カミングアウト」する人たち
  病名にとらわれてはいけない
  「病気」なのか「個性」なのか
  自分も発達障害かもしれない
  もはや、診断名なんて関係ない
  人生を生きる難しさは皆同じ
  人にいいたきないことは、誰にだってある
  子どもを伸ばすためにできること
  多動は「抑える」よりむしろ「発散させる」
  変化に対応するのは苦手
  ルーティン、マイルールなど、こだわりが強い
  知的好奇心を伸ばす際の注意点
  「こころの予行演習」で想定外を少なくする
  失敗という経験を学びに変える
  自分に合った仕事と出会うには
  共通の趣味を持つ同士を見つける
  「好き」を仕事にできないときは
  自分だけの知的世界をつくる生き方
  不登校の期間はなるべく短くする
  引きこもりにさせないための工夫
  不登校でも“外”に出ることが大切
  学校以外の選択肢もある
  特別支援学級か通常学級か迷ったら
  特別支援学級のメリット
  自分に合った教育で伸びる子もいる
  発達障害も「発達」するということ

 

第5章 なぜ、発達障害の子どもが増えたのか?
        原因は子どもか、それとも・・・

 

  アスペルガー症候群は「古くて新しい」精神疾患
  「病人」が増えたのではなく「診断件数」が増えた?
  「発達障害じゃないか調べてください」
  アメリカで双極性障害が急増した理由
  精神科医が起こした「ピーターマン事件」
  大人のADHDは、実はそれほど増えていない!?
  精神科医によって診断は変わる?
  精神科にもセカンドオピニオンが必要
  人生はトライ&エラーの繰り返し
  オプティマル・アウトカム(至適予後)という考え方
  医者の役割は患者さんを幸せにすること

 

  おわりに

 

  参考文献