梅永 雄二:編著 明治図書 定価:1800円+税 (2014.2)
私のお薦め度:★★★★☆
今年度の即実践講座をお願いしています、梅永雄二先生の編著によるライフスキルトレーニングの実践ブックです。
1章を梅永先生が執筆されたあと、後半の2章は教育の現場における実践を、特別支援学校の先生をはじめ各学校の先生方がテーマごとに紹介されています。
そのライフスキルのテーマは「生活(食事・みだしなみなど)」や「健康管理」などの身辺自立に関わるものから、「余暇」や「異性とのつきあい」、「お金の使い方」「公共マナー」にいたるまで、子どもたちが自立のために身につけてほしいスキルが網羅されています。
各テーマごとに、実践事例として2つずつの報告が載っています。
もちろん、自閉症は一人ひとり障害の表われ方や特性、課題は違っていますので、ここで紹介された実践方法がそのまま使えるというケースは少ないと思います。
それでも、各先生がいろいろ工夫して取り組んでこられた指導の中には参考になること、使ってみたいと思われる方法がたくさんあると思い、本書をおすすめ本に挙げさせていただきました。
例えば最初のテーマ「生活(食事・みだしなみなど)」の中から「一人で着替えよう」の工夫です。
こうした身だしなみに気を付けるということは、何のために気を付けようとするのか、どんなことに注意を払えばよいのか、どうやって不具合を見つけ出せばよいのかということが分かり、自分で身なりを整えることのできる技能を身に付けていなければとても難しいものです。
そのためには、第一に、身なりを整えるのに必要な技能を身に付ける。
第二に、身なりを確かめるために、例えば鏡を使うなどの手立てを身に付ける。
第三に、周囲との関係の中に成り立つ社会的な常識やマナーについての理解を促すという具合に、指導を進める必要があります。
こうして、まずは、着替えに対する本人の能力に応じた長期的、中期的、短期的な計画を立て、技能に関わる指導をしたあと、環境を整え自分でチェックできるように促していきます。
鏡を使ったチェック方法として、まずは立ち位置をテープで示して、その中に立った前に姿見を置き、その姿見の中にもテープでチェックの四角をいくつか貼っておきます。
首の位置にはエリ元が写る四角、胸元には縦にボタンのチェック、ベルトの位置にはシャツの裾が入っているかを見る横に長い四角・・・などです。決まった立ち位置から見ると、四角の中にチェックポイントが入り、一人で身だしなみを整えられるという訳です。
これだと、周りからいろいろ言われなくても自分でチェックできますね。自立に向けてのいい工夫の手立てだと思いました。自閉症児の中には、全体が見えてしまうと、どこを見ていいのか苦手な子もいます。
こうして、細部に注目する方法が向いていると思います。
「子どもの理由を大切にする」
何でそうするのか、しなければならないのか、子どもながらに知りたいものです。そんなときに、例えば、「みんながしているからだよ」「きまりだからだよ」では納得できないことがあります。その子自身が納得して受け入れられるような理屈が必要になります。他の人が迷惑するとか嫌な気持ちになるとか、そんな風に言われてもなかなか受け入れは難しい。
そんなとき、「すそが出ていたら機械にはさまってしまうから危ない。だから、すそをズボンの中に入れておくんだ」「とがったものを踏んだら足が痛くなって動けなくなってしまう。だから、上靴を履くんだ」など、自分の安全のためにそうする方がよいという理由があることで納得できます。
本書は、特別支援学校で取り組まれている実践例が多いため、知的に遅れのない場合はあまり参考にならないと思われるかもしれませんが、ここにあるように「身だしなみ」一つをとってみても、自閉症特有の対応が求められる場合もありますね。
このあたりをはっきり意識して支援を考えておかないと、高機能のお子さんが大学進学で一人ぐらしを始めたとたん、掃除・整理ができなくてゴミ屋敷状態になってしまうかもしれません。要注意ですね。
「なんのために」掃除をしなければいけないのか、ということを本人が納得しているかどうかの確認です。
また、異性との付き合い方についても触れられています。
これまで、私たちは、大きくなっても困らないように、小さい頃から異性とは適切な距離を持って (例えば、髪の毛の匂いを嗅いだり、ストッキングの感触を楽しんだり・・・しないように)、育てた方がいいと考え、また、異性のきょうだいやお母さんに対しても、本人が混乱しないように同じように接した方がいいと聞いていたように思います。
本書では最終的な目指す方向は同じですが、そこまでのニュアンスが少し違っった提案がありました。
体を触る、触られるという行動についての指導です。
今は知らない人だけど、将来あなたの体を触っていいことになる人について、医者、看護師を例に挙げて学習をしました。
そして、最後にお母さんとの現在、及び将来の距離感を考えてみました。
これは子どもや、その家族によってずいぶん違ってくることだと思います。大きくなって、人前でお母さんの胸に顔を埋めたり、抱きついたりしている様子は、あまりいい行動とは言えないと思います。しかし、お母さんは、時によっては医者、看護師以上の存在で体を触らせてもいい人になります。
また、大きくなっても、お母さんのことを大好きでいる気持ちは大切にしたいものです。
利夫君の場合は、女の人の髪を触ったり、においをかいだりしないように決めたとき、最後まで「お母さんはOK!」のルールにしました。そして徐々に減らしていきました。
男の子にとっては大切な異性ですから、お母さんとの心の距離は近くに、体の距離は徐々に遠くにしていくという考えです。
自閉症という特性に配慮しつつ、子どもの本来持っている思いも大切にしたいという学習ですね。
ライフスキルを教えていく中で忘れてはいけない視点だと思いました。
(「育てる会会報 256号」(2019.8) より)
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目次
まえがき
1章 ライフスキルトレーニングとは
1 ライフスキルとは
2 早期からライフスキルを指導するために
2章 ライフスキルトレーニングの指導事例
1 生活(食事・みだしなみなど)
① ホッと、楽しみ、いただきます!
② 一人で着替えよう
2 健康管理(睡眠・衛生・通院)
① 自ら「気付いて」取り組む健康管理
~“かっこいい ぼく”になりたい!~
② 行動上の問題をメンタル面の健康の問題として捉える
3 余暇
① サークル活動でライフスキルを磨こう!
~「ミュージカル部」の取り組みから~
② コスプレの大きな可能性 ~演劇による余暇支援~
4 異性とのつきあい
① 異性と上手に人間関係をつくるために
② 子どもの体と心の成長を大切に
5 お金の使い方・金銭トラブル防止
① 使う・稼ぐ・貯める、お金の三機能を学ぶ生活単元学習!!
② 小学生における買い物スキルトレーニング
6 ケータイ・ネット情報へのアクセス・トラブル防止
① 携帯電話やスマートホンを活用する
② 広汎性発達障害の小学生への取り組み
7 障害理解と福祉サービス
① 学校と福祉施設の連携によってライフスキルを高める
② 高機能自閉症への就労支援における取り組みの実際
8 公共マナー
① 場面を理解し、その場に応じて行動する力を高める
~日常の通級指導、在籍学級や家庭との連携、地域社会への汎化~
② 因果関係を図示することで理解し、性器いじりをやめられた実君