山下 久仁明:著 ブイツーソリューション 定価:1600円 + 税 (2018.7)
私のお薦め度:★★★★★
前著「ぼくはうみがみたくなりました」が発刊されたのが、平成14年。映画が完成したのが平成21年ですから、小説でいえば16年後の続編ですね。
赤磐市や岡山市でも映画を何度も上映会を開いたので見られた方も多いと思います。自閉症の青年、浅野淳一君や、看護師の門倉明日美さん、幼稚園の吉田園長夫妻などが織りなす甘くて、ちょっぴり切ない自閉症を取り巻く等身大の映画でした。
もともとシナリオライターが本業の、自閉症の息子さんをお持ちだった山下さんが書かれた原作でしたので、最初読んだ時から映像が浮かんでくるような小説で、映画の出来栄えも期待どおりのものでした。もしまだご覧になられていない方がおられましたら、事務局にDVDがありますので、ぜひご覧いただければと思います。
さて、本編に戻りますと、舞台は映画から1年後の世界です。懐かしい登場人物で、心配していた吉田園長もまだまだお元気です。
続編のいいところは、みんな見知った顔ぶれなので、安心してその世界に入っていける所でしょう。
感情移入もスンナリいけます。弱いところは、頭の中の登場人物が、どうしても映画の俳優陣の顔から抜け出せない所かもしれません。それだけ想像を大きくふくらませることは難しいですが、頭の中で映画の続編が上映されていると思えばそれも楽しいですね。
なにしろ、映画「ぼくうみ」の続編は難しそうです。
映画の上映会で全国行脚をさせて頂いた時、「続編を作ってください」とよく言われました。
でも私は「絶対に作りません」と答え続けました。
理由は単純明快、五千万もの借金なんて二度と背負いたくないからです。
その代わりに「続編の小説だったら書きます」と公言していました。
ゆえに、いつかは書かなきゃならんよなあと、ずっと思っていました。
今度は軽度の話を書こうとずっと考えていました。
こうしてようやく「ぼくはうみがみたくなりました その後」を手に取ることができました。
しばらく(?)は、映画は諦めて、頭の中の上映会で我慢しなければいけないようです。
さて、ストーリーですが、前作で自動車運転試験問題集を、全問完璧に暗記していた自閉症の青年、浅野淳一くん(今も作業所に通っています)と、同じく前作では血をみると失神していた看護師の門倉明日美さん(現在も血を見ることは苦手で、結局保育園に看護師として就職しました)が、主な舞台を自動車教習所「おおひらドライビングスクール」と「なのはな保育園」に移して進んでいきます。
そこに、新たに登場するのが、いたって真面目で、そしてそれゆえに周りの人をなぜか怒らせてしま
う大平洋(おおひら ひろし)青年。想像された通り、アスペルガー症候群の律義すぎる青年です。
そして、頭はいいのに保育園では周りの子どもたちとはうまく遊べない早太くん。
山下さんが書きたいといっていた、「軽度の話」の青年と少年です。
この大人3人とプラス1人が周りを巻き込んで、あるいは巻き込まれながら物語は進んでいきます。
また、脇役としての淳一くんの弟、健二くん、この続編では狂言回しの役どころですが、結構いい味出しています。
そんな健二くんと幼なじみの香織チャンの会話です。
「作業所だって、お兄チャンも詩織チャン(注:香織チャンのお姉さん)も自分で選んだ場所じゃないんだよ。親と学校の先生で勝手に決めた場所。詩織チャンだって、本当は歌手になりたかったとか、オリンピックは無理としてもパラリンピックに出たいとか。思っていても、それを私たちに伝える手段すらないんだから。人間が平等だなんて嘘だよ。産まれた瞬間から不平等なの。ずるいと思わない?」
香織はほんとすぐ涙を流す。かなり気の強い性格で、泣いている顔などほとんど見たこともないが、涙をこぼすのは何度も見ている。よく怒るが、怒るときも涙をこぼしながら怒る奴だ。福祉の道を志す典型的なタイプだよな、と健二は思うが、そんなことを口に出したらまた怒られるから言わない。
知的障害の兄と身体障害の姉が通っていた療育施設で出会い、自分と香織は今年で19歳。
障害児の〈きょうだい〉として、いつもセットで遊ばされてきた。それが当たり前だった。
「それなのに全然違うんだよねえ。浅野クンと私の考え方って」
香織は姉が大好きで、何の迷いもなく・・・いや、少しはあったんだろうけど・・・福祉の道を自分の進路に決めていた。
でも健二は違う。福祉というジャンルには興味がない。
ただ、嫌いではない。好きでないだけだ。
幼い頃は淳一のことを疎ましく思ったりもした。けれど、今は何とも感じていない。淳一がいること、それが日常だからだと思う。兄貴は兄貴で、自分は自分。それだけのこと。自分は生きたいように生きる。でないと、自分が自分でなくなってしまう。 (弟:健二)
何となく、この健二くんと香織チャン、我が家の長男と長女の生き方と似ているようで親近感を抱いてしまいます。
一方の主人公の淳一くんは無口(?)ですので(心の声は太字で表現されていますが)、実際の声はほとんど外には出て行きません。
「あさのじゅんいちクン!」「はい~っ」ぐらいです。
したがって、会話は周りの人たちの間でかわされ、話しは進んでいきます。
「淳一君が幼稚園の頃はね、障害児なんて迷惑だって言われて当たり前の時代だったから。淳一君のお母さんだけじゃない。他のお母さんも、障害児のお母さんはみんなペコペコしていた。健常児の中に入れてもらえるだけでありがたいと言っていた。本心なのか口だけなのか、それはわからないけど、とにかくそうしていないと仲間外れにされてしまうから」
「もっと昔は、さらにもっと違ったらしい。障害児は学校へも通えなかったんだから。就学猶予やら就学免除と称して、学校側が障害児を拒んだ。それが、養護学校が義務教育になって、今は特別支援学校か。養護学校だって、国がつくってくれたわけじゃない。障害児の親たちが謝りながら頑張って、必死に声をあげ続けて、それでようやく国の制度を動かしたんだ。
特別支援学級もそうだ。地元の学校に通いたいという障害児の親たちが謝りながら市役所に通い、行政を動かした。まずは先に謝る。それから要求する。いかにも日本人らしいやり方だけど、それが効いた。少しずついろんなことが改善されていった。そんな影響を受けて、学校だけじゃなく、幼稚園や保育園も障害児を受け入れるようになった。ウチの幼稚園もだ。その最初が淳一クンだ」 (吉田 元園長)
岡山でも、今は亡き今田恒子さん(元 自閉症協会岡山県支部 支部長)たちが、子どもたちをつれて県庁に乗り込んだという話を聞きました。混乱してパニックを起こす子どもたちを見て、行政も「何とかしなければ」と動いてくれたそうです。
先輩たちの頑張りのおかげで少しずつ岡山も良い方向に変わっていけたのだと思います。私たちも、まだ幼い子どもたちが、我が子たちの子ども時代より良い環境で育っていけるよう努力していきたいと思います。
また中には、思わずホロッとしてしまう文もあります。
淳一の通う作業所までは徒歩で40分程。晴れの日はもちろん、雨の日も雪の日も淳一は歩いて通っている。送迎の車に乗せてもらうことも可能だったのだが、散歩の好きな淳一は徒歩通勤を選んだ。
今になってみれば、幼い頃から一人で歩かせていてよかったと思う。もちろん事故は心配だった、が、もし何かあったらそれは寿命だと思うようにしていた。
淳一の親になって以来、これまでに何人もの障害児のお母さんと知り合いになり、仲間になり、友人になった。自閉症に限らず、ダウン症だったり、肢体不自由だったり、障害の種類は様々だ。
生きているだけで精一杯、そんな重度重複障害をもつ子のお母さんも何人もいる。そして、何人もの子どもたちのお葬式に参列した。お母さんは言っていた。寿命だったんだ、と。
健常であろうが障害があろうが、人間には寿命がある。仕方ないこと、どうにもならないことがあると瑞江は思う。だから、あまり将来のことは考えない。それより今を大切にしたいと思う。 (母:瑞江)
以前、会報のお薦め本でも紹介したのでご存知の方もあると思いますが、著者の山下久仁明さん、ハンドルネームが「レインボーおやじ」さんです。レインボー = 虹 = 2児 の父ということで、本書の設定と同じく自閉症児 大輝(ひろき)くんときょうだい児の二人のお子さんをお持ちでした。
その大輝くんは映画 「ぼくはうみがみたくなりました」 の完成を待たず、「おさんぽいってもいいよぉ~」
と散歩に出かけた途中で、列車に接触して亡くなられてしまいました。
山下さんがちょうど映画の制作にとりかかられた年でした。その事情を知っている者から見ると・・・、「寿命」とあきらめざるを得ないのかもしれませんが、あまりに切ない一文に感じられます。
映画のロードショー公開から10年、大輝くんの13回忌も終えられたそうです。
あの映画の中に、大輝くんはいつまでも生きているように思えます。
肝心の主人公たち、淳一くん、明日美さん、洋さん、それに早太くんの物語を書くのは、小説の筋や結末に絡んできてしまいますので、脇役のみなさんの思いの紹介だけになってしまいました。
お薦め本では、小説や絵本の案内は難しいですね。
それでも、本書の終わり近くの15節、そして16節からエピローグに続く文は、ぜひ自閉症児を育てておられるみなさんに読んでいただきたいと願っての、お薦めの一冊です。
(「育てる会会報 250号」(2019.2) より)
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