自閉症の僕の七転び八起き  | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

東田 直樹:著 KADOKAWA 定価:1300円 + 税(2015年6月)
 
          私のお薦め度:★★★★☆
 
次のページ「近隣の講演会等のご案内」でも紹介している通り、今年9月に育てる会で講演をお願いしている東田直樹さんの最新エッセイです(平成27年6月25日刊)。
 
これまでも、東田さんの本はお薦め本コーナーでも紹介してきましたが、本書の印象は(あくまで私の印象なのですが・・・)なにか肩の力の抜けた、さわやかな風の吹きぬけるような自然体の読後感でした。
 
ただ、この紹介の文を書く為に、改めて読み返してみると、幼い頃から周りに理解されにくい障害を持ち、生きづらさを抱えて歩いてきた東田さんの想像以上に厳しい道のりだったことが綴られていました。
それでは、私の感じた“さわやかな”印象というのは、いったい何だったのでしょう。

再々度、読み返してみて、この節に思いあたりました。少し長くなりますが、引用させていただきます。
『夢』という一節です。
 
僕は、昔、自分が普通の子供になった夢を、よく見ていました。
夢の中の僕は、みんなの中で、いつも笑っていて、楽しそうにおしゃべりしたり、冗談を言い合ったりしています。これまでの自分のことなんて全て忘れ、もうひとりの僕が、この世に存在しているかのような感じなのです。
やがて目覚め、我に返ります。ここがどこだか、自分が何をしているのか、まるでわかりません。
夢であることを理解した瞬間、僕の目から大粒の涙が、こぼれ落ちていました。
夢は、時に残酷です。現実世界では決して実現できないことも、夢の中では簡単に叶うからです。
目覚めたとき、一瞬、夢か現実か迷うことはありませんか。ふたつの人生の岐路にたっているような感覚で、身動きできないのです。しかし、どれだけすばらしい夢でも、必ず最後には現実世界へと引き戻されます。
僕は、目をこすりながら、布団から起き上がります。
不思議なのは、夢の中の僕をうらやましく思いながらも、今の僕に戻れて、どこかでほっとしている気持ちがあることです。夢の中の僕が、本当の僕ではないことに気づいたからでしょう。
心の中に、障害者でない自分への憧れがあったのかもしれませんが、それは、映画の主人公に憧れる幼い子供と同じです。
夢は、自分を見直すためのまぼろしで、僕の生きていく世界は、ここだけなのです。
 
おやじの会で、酒を酌み交わしていると、知的に重度の自閉症の子どもを持ったお父さんたちは、みんな一度は、朝起きたら子どもたちが普通にしゃべって、起こしに来る夢を見たことがあると言います。
なまじ利発そうに見えて、発達に凸凹があるだけに、どこかネジを一本締めるだけで、なんとかなりそうに思えるのが幼い自閉症児たちですね。・・・やがて、そんな簡単なものではないと思い知らされるのですが・・・
 
ともかく、同じような夢を本人たちも見ていて、涙を流すことがあったというのは、この本を読んで初めて気づかされました。
本人にとって、その思いの切なさは、親である私たちよりもはるかに深いものがあったのでしょう。
その日の朝の思いを想像すると、いとおしくて目頭が熱くなってきます。
 
そして、私がさわやかな印象を持ったのは、この文の中で、
 
「不思議なのは、夢の中の僕をうらやましく思いながらも、今の僕に戻れて、どこかでほっとしている気持ちがあることです。」
 
と、東田さんが今の自分、自閉症という特性をもっている自分を肯定しているからでしょう。
 
そこには、諦めではなく、強がりでもなく、自閉症のままで、自然のままに自分をまるごと好きになった青年がいます。
その思いが、本書の中で川の底流のように流れているからだと思います。
 
また、東田さんは、今は文字盤ポインティングやパソコンを使ってコミュニケーションをとれるようになりましたが、最初に「自閉症の僕が跳びはねる理由」を執筆した中学生の頃は、お母さんに援助してもらわなければ思いがうまく伝えられなかったように見受けられました。
 
今の僕は、家族には言いたいことを言えるようになりました。それは、自分の思いをいつでも伝えられるという余裕があるからできることなのです。 (『感謝の言葉』より)
 
それが、なんとか想いを分かってほしいと切実な気持ちが伝わってきた前著などに比べ、本書が肩の力が抜けたように感じられた理由でしょう。
安心してコミュニケーションができるということが、心のゆとりや落ち着いた暮らしにはなにより必要なのだと思います。
東田さんが使っている文字盤ポインティングではなくとも、AAC機器でも、坂井先生のアシストスマホでも、PECSでも、筆談でも・・・その子に合わせたコミュニケーション手段を用意してあげることが、親やまわりの支援者にとっての、大きな役割の一つであると思えます。
 
最後に、子どもたちを代表しての、東田さんからお父さん方へのエールです。
 
『すばらしいお父さん』

ダメな父親など、いないと思います。
それは、ダメな子供がいないのと同じです。
自分のことを「ダメだ」と言っている限りは、少なくとも、いい父親になりたいという意欲がある、すばらしいお父さんではないでしょうか。
 
            (「育てる会会報 206号」 2015.6より)
 
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目次
 
孤軍奮闘
 
  どこから来たのだろう
  僕の自由
  自閉症者の孤独
  自閉症で良かったこと
 
   小さな気づき 1 ・・ 経過
 
十人十色
 
  地味な人と派手な人
  友達がいないこと
  不幸だと思うとき
 
   小さな気づき 2 ・・ 噂
 
一喜一憂
 
  季節が変わるとき
  顔のしわ
  旅先で
  「おしりかじり虫」と「アアア」
  怒っている人の声
  好きな運動
  心のトゲ
 
   小さな気づき 3 ・・ 仕方ない
 
四苦八苦
 
  写真と笑い
  脳の混乱
  がんばりシール
  かっこいい服装
  言葉をつかう難しさ
  立ち入り禁止
  ばんそうこう
 
   小さな気づき 4 ・・ 笑うこと
 
時々刻々
 
  新学期
  時間に縛られる
  今日やること
  記憶
 
   小さな気づき 5 ・・ 正しさ
 
創意工夫
 
  おかずを取り分ける
  切ったり貼ったり
  「ちょっと待って」ということ
  修正
  無理なこと
  なめなめ
  買い物でお金を払う
  本人に選ばせる
 
   小さな気づき 6 ・・ 言葉

暗中模索
 
  冷たいお風呂
  やめられないこだわり
  「人の気持ち」と「我慢」
  亀のような歩み
  居心地の良さ
  障害者
  人に見られたくない
 
   小さな気づき 7 ・・ 空を飛びたい

無我夢中
 
  僕の思考
  絵本
  「ただいま」「おかえり」
  気持との戦い
  門扉
  パズルの楽しさ
 
   小さな気づき 8 ・・ 生きていける

意思表示
 
  わかってくれる人だけわかればいいということ
  本当に話したい言葉
  みんなの言っていること
  頑張る
  感謝の言葉
  質問内容
 
   小さな気づき 9 ・・ 感謝
 
人生行路
 
  僕が話せなかった頃
  失敗体験を積み重ねない
  褒められること
  僕の考える支援
  夢
  どんな人になりたい
  知るという学び
  ありのまま
  世界にひとつだけの花
 
   小さな気づき 10 ・・ すばらしいお父さん
 
一家団欒
 
  苦しみ
  お母さんは太っ腹
  父のこと
  家族の一員
  姉弟
  母の日
 
 あとがき