拝啓、アスペルガー先生 | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

奥田健次:著  飛鳥新社  定価:1296円+税(2014年8月)
 
      私のお薦め度:★★★★☆

これまでも会報で紹介してきた「自閉症児のための明るい療育相談室」や「子育てプリンシプル」などの著者、奥田健次先生の近著です。
奥田先生には、吉備国際大学に勤務されていたころ、育てる会でも大変お世話になり、応用行動分析のイロハを教えていただいたのですが、その後桜花大学大学院で客員教授を勤められたあと、現在は軽井沢で「行動コーチングアカデミー」を設立され、自閉症児や発達障害、不登校などの問題解決にあたられているそうです。

本書は、そんな奥田先生が、これまで支援してこられた子どもたちの中から、16人のケースを選んで、その支援記録を公開されたものです。
もちろん、名前は匿名で、状況も個人が特定されないようにアレンジされているそうですが、登場してくる子ども達は、みんなとてもイキイキしていて(イキイキし過ぎる子どもたちもいますが・・・(^_^.))、さすが実在の子どもたちならではのエピソードばかりです。
 
抱えている問題は、一人ひとり違いますが、読まれているお母さんにとって、思い当たるようなこともきっとあると思います。
教室に入れなくて、かろうじて午前中だけ保健室登校になったチトくん、暴れ放題、騒ぎ放題でお母さんに暴力をふるってしまうレンくん、不安で修学旅行に行きたくないメイちゃん、4年生になってもおねしょで失敗してしまうレイアくん・・・などなど。
 
そんな問題が奥田先生の手にかかると、奇跡のように氷解していきます。
「教室にいられない? その日のうちに直せますよ」さすが“子育てブラックジャック”と呼ばれる先生です。
 
その発想は、まさにコロンブスの卵、言われてみればなるほどと思い、しかも「その日のうちに」と言いながら、その過程は無理をさせないスモールステップで、後戻りしないように少しずつ前に進んでいく方法です。
 
たとえば、最初の例の教室にはいれなくて保健室登校になってしまったアスペルガー症候群の診断を受けている小学校3年のチトくん。
 
最近は、小学校に入学したばかりのチトくんの弟も、「兄ちゃんだけ休んでずるい」と言って登校をしぶるようになっきたそうです。このままいくと、きょうだいそろって不登校という、しばしば陥る「不登校のきょうだい間連鎖」になってしまう ―――。
どげんかせんといかんわけです。
 
そのために奥田先生が考えたのは、学校での1週間の時間割をコマ割りの表にして、出席できたコマを塗っていくという方法です。
一週間がきれいに長方形に塗りつぶせたらご褒美に週末にお母さんと電車に乗って買い物に行けるわけです。内容はともかく、目指すのはきれいな長方形を作る、ということだけです。
もちろん、必要以上の無理はさせないスモールステップですから、最初はコマ割りもお昼の給食まで、場所も保健室でもOK、とにかく全てのコマに学校にいることが目標です。
 
そして、この約束には小学1年生のチトくんの弟も興味を持ってくれたそうです。ちょうどいいので、弟にもやってみることになりました。弟がきれいな長方形になったのに、チトくんは長方形にならなかった場合、お母さんは弟とふたりっきりで電車に乗って遊びに行く。これで、学校を休んだ時の兄のことで「ずるい」と思うようになっていた弟も、そしてチトくんも、むしろ競って登校するようになるでしょう。お母さんは、こうした新しいルールを、あらかじめチトくんにキッパリと伝えました。
3年生の1学期がスタートしました。これを始めた最初の週、チトくんもがんばったのですが、残念ながら水曜日が3時間目からの登校となってしまって、長方形にはなりませんでした。
弟は見事にパーフェクト。その週末、お母さんは弟とふたりっきりでチトくんが大好きな特急に乗ってひと駅区間の電車の旅に行きました。もちろん、チトくんは自宅でお留守番。悔し涙を飲みましたが、自分が達成できなかったせいだと分かっています。
2週目からはチトくんも完璧、バッチリでした。「絶対に達成してみせる!」と鼻息も荒く、毎朝みられたモタモタがなくなりました。そして見事に毎日休まず、昼まで学校にいることができるようになったのです。
 
見事に、チトくんと弟の行き渋りは解決できたわけです。見てわかりやすい方法と、決められたルールは守るという特性をうまく利用した成果でしょう。
そして次には、やはりスモールステップでスタンプラリー式で教室に入れることをめざし、やがて全ての時間を教室で過ごせるようになっていきます。
 
その後、毎週「長方形にすること」ができているチトくん。
またちょっとずつ、新しい目標に向かっていこう。無理しなくていいよ。
でもね、何もしないのは間違いだから、ちょっとずつ無理してもらいますけどね。
大切なのは、小さい目標の積み重ね。
これを「スモールステップの原理」といいまして、私の支援計画ではどんな問題でもこのステップを即座に作ることにしています。実は、成人の人間関係の問題や就労の問題についても同じなのですが、目標のどこをどう小刻みにしていくかが臨床家としての腕の見せどころのひとつなのです。
 
他の子ども達の問題行動の例でも同じで、叱り0(ゼロ)体罰0で、次々とアッという間に行動を改善していきます。これが、奥田先生がプロと呼ばれる所以でしょう。
 
ちなみに、本書の題名、『拝啓、アスペルガー先生』のアスペルガー先生とは、アスペルガー“症候群”の先生という意味ではなく、この障害を最初に報告された“ハンス・アスペルガー先生”へ捧げた本という意味です。
 
アスペルガー先生には「その子どもに合った適切な教育を施せば、子どもたちは才能を発揮する」という確固たる信念がありました。「才能を発揮する」という表現には誤解や混乱を生み出した歴史もありますが、一人ひとりに合わせた適切な教育の必要性や可能性に注目すべきだと思うのです。
本書で取り上げたのはアスペルガー症候群に限らず、自閉症スペクトラム、LDやADHDと診断された子どもたちもいますが、いずれもそれぞれに合わせた適切な課題や目標を設定して支援を行っています。
アスペルガー先生がもしまだ生きておられたなら、私の支援した子どもの姿を見てもらいたかったと思っています。
だって、才能、魅力、発揮しまくりですからね。 
 
拝啓、アスペルガー先生。
こんなありえへん支援が世の中にあっても、いいんじゃないでしょうか?
 
なお、子育てに忙しくてなかなか本が読む時間がないとおっしゃるお母さんには、本書の中からさらにケースを抜粋した、マンガ版「拝啓、アスペルガー先生」(飛鳥新社:1300円)という本もでていますので、あわせてお薦めします。
 
     (「育てる会会報 201号」 2015.1より)
 
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目次
 
   はじめに 
 
 1 学校へ行こう チトくんの話 
 2 暴力少年から正義の学級委員長へ レンくんの話
 3 修学旅行大作戦! メイちゃんの話
 4 読字困難は笑って克服 ユマくんの話
 5 自己主張を練習する ナナくんの話
 6 「脱・保健室」! 教室をオアシスにしよう マシモくんの話 
 7 ベッドウェッティング卒業 レイアくんの話
 8 「最悪」を練習する!? アリちゃんの話
 9 食いしん坊から調理師への道 ノアくんの話 
10 感動&爆笑の口上手! トイくんの話
11 お友達を叩くなら、むしろ外へ連れ出して! サトちゃんの話
12 早起きはサーモンの得? テラくんの話
13 「合言葉」の活用で生活向上 タスキくんとアカネちゃんの話
14 「特派員」になってフラッシュバックを克服 ダイアくんの話 
15 十津川警部のお力をお借りする  アーサくんの話
16 ナイトメアをぶっこわせ マイコちゃんの話
 
 おわりに