小道 モコ、高岡 健:著 明石書店 定価:1800円+税 (2014年9月)
私のお薦め度:★★★☆☆
昨年4月、世界自閉症啓発デー記念セミナーで、門眞一郎先生とのコラボセミナーをお願いした、小道 モコさんの近著です。
コラボセミナーでは、真面目な中にも、門先生との掛け合いの中では、思わず笑ってしまうことも多かった講演でした。また、「あたし研究」や「あたし研究 2」を読まれた方はみなさん、その暖かな絵にホッとされたと思います。
一方で、岐阜大学医学部で精神病理学分野の准教授を務められる高岡健先生は、その専門領域同様、お堅い(?)先生という印象でした。以前、拝読した「発達障害は少年事件を引き起こさない」(明石書店:2009年)も、少年事件を考えていくうえで大変参考にはなったのですが、そのテーマの重さから、あえて若いお母さんたちも読まれるこの会報のお薦め本には紹介を控えさせていただいた次第です。
さて、そのお二人の共著です。ページを開くまで、果たしてどんな展開になるか、正直予想ができませんでした。
構成は、小道さんと高岡先生のメールのやり取りをベースにして、ところどころでお二人がそれぞれその背景にあった想いや解説をコラムの形で追記し、さらに小道さんの描かれたイラストや、以前に『「自閉症スペクトラム」から考える会「くれよん」』ブログに小道さんが載せられている文などを加えてできあがっています。
読後の印象は、一言で言うと『真面目』に尽きる、というものでした。
小道さんの生き方、感じ方の真っ正直な部分が、高岡先生とのやりとりの中で前面に引き出されて一冊の本になっているという感じでしょうか。
もともと、自閉症児・者やアスペルガー症候群の方の特性を表現するときに「真摯な」とか「嘘がつけない」とか表現することがありますが、それがそのまま1冊の本になった、という印象です。
もっとも、それはいたって適当に生きている定型発達者の側からみた見方で、当の小道さんにとっては、表題の通りで、『自閉症スペクトラム “ありのまま”の生活』であり、副題のように「自分らしく楽しく生きるために」、自分に正直に、楽しく生きている生き方なのでしょうね。
ただ、お二人のやり取りは共感できる箇所も多いのですが、固有名詞が話題になることも多く、しかもそのほとんどが感性を主とする音楽や映画などの芸術分野の場合、正直おいてけぼりにされた部分も、私には結構ありました。
小道→高岡 「『ウルトラミラクルラブストーリー』という映画を観ていただけると、うれしいです。」
高岡→小道 「『ウルトラミラクルラブストーリー』は、評判の高かった映画のようですね。
随所に話題になりそうなツボをうまく挿入していて、たとえばキャベツ畑に埋もれるシーンなどは、全ての観客の記憶に残る名シーンでしょう。これは言うまでもなく新たな誕生を暗示するシーンです。あまりに直球と言えば直球描写なのですが。
「町子先生」は共同体の彼方から光とともにやってくる人(まれびと)で、この点は「瀬戸内少年野球団」の夏目雅子と同じく、「先生」と呼ばれる人の本質をストレートに採用した設定になっています。町子先生と出会うことによって(共同体の彼方とスパークすることによって)、「水木陽人」のホワイトボードに記された行動予定表(なんだか時間の構造化のようですね)は、次第に日記へとかわり、最後は遺言にかわります。これが「進化」であり農薬によってもたらされるのですが、単純に農薬=悪、無農薬=善となっていないところが面白く感じられました(私はエコロジストが嫌いなのです)。・・・・」
いかにも、精神科医の高岡先生らしい分析なのですが、映画を観ていない者にとっては、なかなか「面白く感じる」のは難しいですね。
そしてさらにこの後、映画のそれぞれの解釈がお二人の間で続いていくわけですが、話についていこうと思うと、私もこの「ウルトラミラクルラブストーリー」なる映画を一度観た方がよさそうです。
ただ、この後6ページほどの話に仲間入りするだけのために、映画を借りに行くのもナンですし、話はさらに、この映画に出演している「町子先生」役の麻生久美子さんつながりで「インスタント沼」の映画の解釈になり、そこから映画を撮られた三木聡監督の話が続き、次に山下敦弘監督の「リンダリンダリンダ」や「どんてん生活」「リアリズムの宿」「マイ・バック・ページ」・・・
このあたりで、初めに戻って、映画を全部観るのは時間的に無理と諦めました(^_^;)
まあ、そのあたりはパスして(お二人とも映画や音楽には、造詣が深いですね・・と感心しながら)、なるほどと思えるところや、初めて教えられたところもたくさんある本でした。
だとすると、コミュニケーションにも二種類があると、考えたほうがいいのではないでしょうか。つまり、熱いコミュニケーションと冷たいコミュニケーションです。
たとえば、小道さんのイラストは(自己表出としての絵が結果的にコミュニケーションになった場合はもちろん、しぶしぶ描いて指示表出としての絵になった場合でも)、高精細度です。したがって、これは熱いコミュニケーションです。そのため、一方通行のように受け取られるかもしれませんが、イラストを見た読者が小道さんの姿をいろいろと想像して微笑むなら、相互性が確保されていることになります。
反対に、たとえば儀礼的に交わされる会話の遣り取りは、低精細度ですから、冷たいコミュニケーションということになります。それは相互的な交流のように見えますが、たとえば時候の挨拶を交換するとき、表情や口調から互いの「腹」を探り合う場面を想定すると、実際は互いに守りに入って鎧を固めているだけなのかもしれません。
現在は、冷たいコミュニケーションに偏重して「空気を読む」ことが過度に強調された結果、他方での熱いコミュニケーションが疎かにされている状況ではないでしょうか。 (高岡→小道)
六歳くらいだったかな。『7匹の子ヤギ』の絵本を読んで、身体を壊した。
物語の後半、母ヤギがお腹いっぱいになって寝ているオオカミのお腹を切りさき、子ヤギは助かった。でも、そのお腹に石をつめこまれたオオカミは、井戸に落ちて死んでしまう。というエンディングにショックを受けた。「そこまでしなくても・・・・」と思った。幼いわたしは、自分が何にショックを受けているのか、言葉で説明できなかった。だから周囲の人々は「?」と思っていただろう。食事が咽をとおらない。気分がワルくなっていく。負の何かを抱え、体調不良に陥る。まさか絵本が原因で体調を崩しているとは、誰も想像できなかっただろう。
(中略)
私が読んだ絵本は、実写というか、ぬいぐるみの写真が絵本になっていたので、子ヤギのフワフワした感じなどを、よりリアルに感じやすかったのかもしれない。オオカミのお腹を裂き、石をいれてお腹を縫う場面は、さすが実写の「ぬいぐるみ」。糸と針が本物で(絵じゃなくて)リアルだった。
「そこまでしなくても・・・」と思った。「助かったんだから、いいじゃない」とも思った。わたしの中では、とてもじゃないけど「助かってよかった、わーいわーい」とはならなかった。そして体調を崩した。
今はこうして説明できるけど、あの頃は・・・・。本当に混沌としていた。 (小道:ブログより)
高岡先生の熱いコミュニケーションと冷たいコミュニケーションの話も興味深かったですが、中でも小道さんの7匹の子ヤギの話などは、感受性の繊細な自閉症スペクトラムをもつ子どもたちと接する中で、親や支援者が配慮しておかなければいけないもののように思えます。
せっかく、小道さんが「今はこうして説明できるけど、あの頃は・・・・」と言葉にして教えてくれています。大切にしたいですね。
私にとっては、タテ読みとナナメ読みを組み合わせて読んだ本書ですが、タテ読みの部分だけでも十分お薦めの価値がありますし、映画や音楽のお好きな方でしたら、それ以上に楽しんでいただける一冊だとお薦めします。
(「育てる会会報 200号」 2014.12より)
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あたし研究
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あたし研究〈2〉自閉症スペクトラム―小道モコの場合
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発達障害は少年事件を引き起こさない
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目次
はじめに
第1部 本音がみえないから人間関係はムズカシイ - 日常を語る
京都
絵/イラスト
いじめ
英語
講演
家族
第2部 考えることがやめられないわたしとの付き合い方 - 個人史をたどる
父と母/叔父と叔母
『隣る人』
家族の死
祖父
記憶
第3部 乾いた心を潤す音楽、ラジオ、本 - 楽しみを広げる
Mika
エレファントカシマシ
グレン・グールド
ラジオ
熱い/冷たいメディア
第4部 いつでも出入り自由の共同体なら生きていける - 映画から世界を眺める
『ウルトラミラクルラブストーリー』
『インスタント沼』
『リンダリンダリンダ』
『どんてん生活』
『リアリズムの宿』と『マイ・バック・ページ』
つげ義春
第5部 孤独を感じるなら、それは何かの始まり - 自閉症スペクトラムは文化である
アスピーの発見基準
文化多様性
くすり
「フツー」とは何か
定型発達研究 - 集団というひとつの生物
おわりに
小道 モコ ・・・ コラム
あたしの表現
胆に響く言葉
社会という幻影
つぶやき
no need to be worried
I dream of you
花彩る春を
思考のループ
七匹の子ヤギ
わたしの中に流れる曲
相手の気持ちになる?
「孤独」という源
リクツ
高岡 健 ・・・ コラム
吉本隆明の遺したもの
死別について
イマジナリーコンパニオン
視覚と音楽
はたして相手の気持ちになれるのか?
定型発達研究としての「フツー」