木村 順:著 小黒 早苗:協力 GAKKEN 定価:1600円+税(2014年8月)
私のお薦め度:★★★★☆
感覚統合、あるいは感覚統合療法という言葉については、みなさんすでに聞いたことがあると思います。育てる会でも以前会報で特集を組んだり、「よくわかる感覚統合」のテーマで講演会を開いたことがありました。
でもわざわざ“よくわかる”と銘打ったのは、“よくわからない”と思っている方が多いということの裏返しだったように思います。天井から吊るしたハンモックでグルグル周りをしたり、大きなバランスボールの上で腹這いになったり・・・子どもたちは楽しそうなのですが、それがいったい自閉症とどう関わっているのか? そもそも感覚統合って何の感覚を統合するの? そんな疑問にわかりやすく答えてくれる本が出版されました。
“そもそも”で言いますと、普通私たちが使っている五感、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚のうちの、“触覚”と、それに加えて五感には入っていない“平衡感覚”と“固有覚”の3つの感覚に主に働きかけるのが感覚統合だそうです。
この中でも、“固有覚”というのはあまりなじみのない感覚ですね。これが「感覚統合ってわかりにくい」と思わせているのかもしれません。
触覚についてのつまずきは、散髪や耳掃除、歯磨き、爪切りの苦手や、袖口が濡れていたり服のタグや素材をいやがったりすることに表れているのは、体感されている方も多いと思います。
また平衡感覚では、姿勢がすぐに崩れたり(脊髄系)、眼球運動のつまずきから中心を見るより周辺視が優位になって、手をヒラヒラさせたり、目の横でヒモをぐるぐる回したりする周辺視遊びや、文章を目で追うのが苦手になったりするそうです。これも経験のある方もいると思います。
そこで、今回の紹介文では、なじみの薄い固有覚を中心にご案内したいと思います。
筋肉や腱、関節の中にも感覚のセンサーはあり、それらを総称して「固有覚」といいます。人体の深いところで働いているということで「深部覚」ともいわれ、具体的には、3つの情報を脳に送る働きがあります。
1. 関節の角度
2. 筋肉の収縮の程度・力の入れ具合
3. 筋肉や関節の運動状態(どこで、どういう運動が生じているか)
つまり固有覚によって、自分の手足や関節がどの程度曲がっているのか、伸びているのか、またどのくらい筋肉に張りが生じているのかを知覚し、力の加減をすることができているのです。
そういわれてもピンとこないかもしれません。実は、固有覚は、筋肉や骨格といった運動器そのものが感覚器の役割を果たしており、そこに理解の難しさがあるのです。
そんなピンとこない方のために、固有覚を実感してもらうための実験です。
まず目を閉じて右手の指や腕でいろいろな形を作ってもらい、それを目を閉じたまま左手で同じ形を作るというものです。感覚に異常のない方なら普通にできると思います。
また、同じく目を閉じて、片手の手のひらを上に向け本を1冊乗せてもらいます。次に今度は本を5冊乗せてもらうという実験です。やはり違いは簡単にわかると思います。それは、目は閉じたままでも腕の筋肉の張りの違いを感じ取っているからで、5冊の本を支えるためには、筋肉がより強く収縮するという「力の入れ加減がわかる」ということ、それが固有覚の働きだそうです。
固有覚の統合につまずきがあると、力加減がうまくいかないため、動作や行動が乱暴で不器用といった姿として現れます。車の運転に例えると、アクセルやブレーキの踏み込み加減がうまくいかず、急発進、急ブレーキという乱暴な運転になってしまう、というイメージです。
子どもの場合は、物の扱いが乱雑、不器用といったことが問題視されやすくなります。これらは平衡感覚も関係していますが、感覚統合と関連づけて考えられないと、「もっと丁寧に」「そっと動かして」というように言葉で注意されます。
しかし感覚情報が交通整理できていない子どもにとって、何が「丁寧に」なのか、どうすれば「そっと」ができるのかまったく理解できないだろうと思います。
自閉症をもつ子どもたちの中には、高機能であっても不器用さが目立つ子もいますが、その背景には、この力加減がうまくいかないという固有覚の未発達による原因が隠れていることも多いのでしょう。
また、感覚統合でいう「ボディ・イメージ」全体について、上の車の運転の例では、“触覚”は車の輪郭、車幅、タイヤの位置がわかること、“平衡感覚”は上り坂、下り坂などの車の傾きがわかること、に対して“固有覚”はアクセル・ブレーキの踏み具合やハンドルの切り方がわかることとなります。
車をスムーズに運転するには、固有覚が大切な働きをしていることがわかる例えですね。
また、固有覚の低反応によって、体全体に刺激を与え、足りない感覚を補おうとして、壁にドーンとぶつかる自己刺激行動をとる子もいるそうです。そういえば息子がまだ小さかったころ、部屋の壁から壁へぶつかり続けるという、まるで動物園の檻の中の熊みたいな行動を繰り返していた時期がありました。不思議な行動でしたが、本書を読んで四半世紀ぶりに疑問が解けたように思いました。
本書は、題名の最初に「保育者が知っておきたい」とあるように、保育園の先生方をイメージして書かれています。したがって、園生活の中で感覚のつまずきに気付いたときに、どのようにアプローチしていけばよいのか、についても、普段園の中で行われているような遊びを通して具体的に解説されています。それも「キホン」のアプローチから、「アレンジ」の発展系まで紹介されていますので、各アプローチに書かれているポイントを押さえてとり入れていただければ、すぐに役立つ1冊だと思います。またアレンジの遊びは感覚につまずきのない園児たちにも喜んでもらえる遊びばかりなので、自然な形で行えるとご案内します。
もちろん、どれも家庭でも楽しんで取り組める遊びが多いので、保護者の方にもお薦めの1冊です。
(「育てる会会報 199号」 2014.11より)
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目次
はじめに
1章 解説 子どもが見せる「なぜ」を知るために
今、保護者の現場で起きていること
感覚統合と適応力
2章 解説 感覚統合 これだけは知っておこう
感覚統合で重視する3つの感覚
本能に強く関わる「感覚」
体のバランスに関わる「平衡感覚」
筋肉や関節の動きを感知する「固有覚」
自分の体に対する実感「ボディ・イメージ」
Column 手の不器用な状態像・そのほかの要因
脳の活動状態を示す「覚醒レベル」
3章 実践 園生活での気になる姿 その読み取り
①生活 関わりづらい
②生活 身支度がうまくできない
③生活 食事でのつまずきが多い
④生活 睡眠・排せつに問題がある
⑤あそび 集団活動でのつまずきがある
⑥あそび 固定遊具・運動用具を使ったあそびが苦手
⑦あそび お遊戯・リズム運動が苦手
⑧あそび 造形活動が苦手
⑨あそび 行事に参加できない
⑩そのほか気になる行動がある
Column 乳児期からの基本的な発達とそのつまずき
4章 実践 よき実践者となるために
専門性・プロの力量を高めるために
子どもアセスメントの進め方
5章 実践 保育の中で…楽しくあそんでアプローチ
感覚のつまずきへのアプローチ
キホン/タッチング
アレンジ/伝言ゲーム
ふれあいあそび
生活習慣も楽しく
いろいろな感触を体験
Column 音の敏感さへのアプローチ
平衡感覚のつまずきへのアプローチ
キホン/速度(上下、前後、回転)をつけて
アレンジ/揺れる&進むあそび
回るあそび
見るあそび
ボディ・イメージの未発達&固有覚のつまずきへのアプローチ
キホン/感覚系アプローチ
運動系アプローチ
アレンジ/固定遊具でいろいろな動き
トンネルくぐり/ボール送り
動物まねっこ
寝転がってストレッチ
お部屋で全身運動
写し絵・なぞり絵/○○はどこ?
手先を使ったあそび
生活習慣・お手伝いの中で
おわりに
参考文献
著者プロフィール