東田 直樹:著 エスコアール 定価:1000円 + 税 (2013.12)
私のお薦め度:★★★★★
今から7年前、2007年「自閉症の僕が跳びはねる理由」で当時中学生だった東田直樹君の本が世に出たとき、その本の真偽をめぐって自閉症の関係者の間で大きく分かれる論議がなされていました。
言葉を持たない、知的にも重度の自閉症と思われていた東田君、会話もままならなくてただ「跳びはねて」いた少年の中に、こんなにも感性豊かな世界が広がっている・・・
信じる側の保護者にとっては、悲嘆の中に奇跡が生まれたような、新たな希望をもたらすものでした。
信じない側からは、「自閉症児はみんな実際には高い知能を持っており、なんらかの原因でそれが発揮できないだけである」という昔からの願望、「朝起きたら急にしゃべれるようになっていた」という夢を抱かせるだけの話というものでした。
その論争に輪をかけたのが、その表現が当時は東田君の手にお母さんが手をそえて文字を綴るという、FC(ファシリテーティッド・コミュニケーション)の手法が使われていたことでした。
その頃欧米では、そのFCによって虐待があるとして訴えられた家族や施設職員の裁判が続き、まったくの無実で訴えられた方もいたため、日本ではFCは懐疑的に受け止められていたように思います。
当時、私が書いた「自閉症の僕が跳びはねる理由
」の書評を改めて読みなおしてみても、やはり私も同様の感想でした。
私のお薦め本 「自閉症の僕が跳びはねる理由」 (2007.8)
さて、評価の難しい本です。
養護学校中等部に通う東田直樹くん、話し言葉はあまりもたずに、自閉度も重度と思われるカナータイプの少年です。
これまでも高機能自閉症の方や、アスペルガー症候群の方が、自らを振り返って、その感覚や受け取り方、考え方の違いを著してくれた本が出版されるようになり、私たち非自閉圏に住む人にとって参考になることが多かったです。それは、周りから推測するのではなく、まぎれもなく自らの言葉で語ってくれたからだと思います。
それに対して本書は、題名のように、跳びはね、パニックをおこし、会話もままならないカナータイプの少年が、質問に答える形で、自らの住む自閉症の世界を語っている・・・・という本です。
もし、それを信じるとするなら、知的障害を伴い、言葉を持たないと言われる重度の自閉症児の中にも、かくも論理的で情緒あふれる、ある意味普通児よりもはるかに冷静で大人びた世界があるとういう希望の持てる本です。
まさに親からすると、想像をはるかに超える、素晴らしい事実の発見かもしれません。
しかし、最初に評価が難しいと書いたように、それが綴られたのは、どうやら会話でも鉛筆でもパソコンでもなく、FCによって行なわれたということです。FCについては、私も別の所で書きましたが(親の目から見た自閉症に対する問題書籍 )、日木流奈氏の例で示したように現在の時点では懐疑的です。
(中略)
知的障害を伴う自閉症児の中にも、私たちと変わらない、むしろそれより優れている理性や論理的思考が隠れており、ただそれを表現する方法が見つからないだけ(直樹くんの場合は、文字盤によるFCで見つけたということになるわけですが・・・)、という考えは、とても魅力的に見えるのですが、もう20年近く息子と暮らしていて、残念ながらそう信じるのは難しいというのが正直なところです。
それよりも、知的障害を伴う自閉症のままでも、楽しく幸せな、充実した人生を送ることはできるはずです。 真偽は別として、お母さんだけが読み取れるFCに頼っているだけでは、自立への道は難しいのではないでしょうか。
この本に対する評価は、数年後、直樹くんが社会に出て、親離れしてどんな人生を歩き始めるか・・・もし、それが公表されるとしたら、改めてその時 させてほしいと思います。
さて、どうやら “その時” がきたようです。
先日の、育てる会会員用メーリングリストでもご案内したように、NHKの 「君が僕の息子について教えてくれたこと」 がテレビ放映され、ご覧になられた方も多いと思います。
東田君の世界、本物でしたね。
今では、FCとは一線を画し、自らパソコンに文を打ち込んだり、携帯用の文字盤を指で押さえながら、自らのことばで話されていました。質問にも、自分でポインティングしながら、ゆっくりですが、丁寧に答えられていました。
東田君とご家族には、真偽を疑ったことをお詫びしないといけませんね。申し訳ありませんでした。
そんな東田直樹君が、2010年10月から2011年8月まで、18歳の頃に書かれたブログから加筆、修正されたのが本書です。
前著「自閉症の僕が跳びはねる理由」や「続・自閉症の僕が跳びはねる理由」が、それぞれの質問に答えていくという形で綴られていたのに対し、本書はもっと自由に、18歳の瑞々しい感性でその世界が表現されています。
絵本などを読んでいる時何度も同じ質問をするのは、答えを忘れるからではなく、何度も答えを聞きたいからです。
答えを知りたいのではなく、聞きたいのです。
なぜなら聞いた時に、頭の中にその答えがイメージとして浮かび上がってくるからです。
浮かびますが、すぐに消えます。だから、また聞くのです。物の形が浮かぶというより、言葉のイメージが広がる感じです。
たとえば「オートバイ」という答えなら、オートバイだけではなく、オートバイが走る道や、空、風景が浮かんできます。
それが楽しくて何度も同じ質問をすることがあります。
会話ができないため、同じ質問を繰り返す、何度も確認を求めてくる我が家の息子にも、同じような理由があるのかもしれません。
まさに、「君が僕の息子について教えてくれたこと」です。
ビールを、僕がわざと「ジュース」と言うのは、「違う、ビール」と言ってもらいたいからです。また、自分のではないお皿だとわかっているのに、自分のところに置こうとすのも「それ、お母さんの」と言ってほしいからです。
僕がしつこく繰り返すので、家族は困ります。答えてくれる人がいらいらしていると普通はやめると思いますが、いらいらしているのがわかっても、やめられないのが僕のようなタイプです。いらいらするとその気持ちが言葉にも表れて、相手の返事がいつもと変わってきます。
答えの内容が知りたいのではなく、その言葉のリズムや音の響きが僕にとっては重要だから、思った音が聴けるまで繰り返してしまいます。
もっと早くそうと知っていれば、イライラする前にいつもと同じリズムで息子に答えて(応えて)あげられたのに・・・ 申し訳なかったですね。
また、他にも親として教えられること、気付かされることも多かったです。
障害児がいると、その子の幸せのために何をしてあげたらいいのだろう、とみんなが悩みます。けれども、僕らが本当に望んでいることは家族の幸せです。自分が不幸になること以上に、自分のために家族が不幸になるのが辛いのです。僕らは、それを言葉で伝えられないし、態度でも表すことができません。
僕が「子供の前で泣かないでください」というのは、小さければ小さいほど、その子は自分を責めてしまうからです。
心を癒すためにも泣くことは必要です。でも、親が子供の前で泣くと、子供が泣けなくなってしまいます。子供は、いつも泣いていると思われるかもしれませんが、自分のことで泣けなくなるのです。家族のことが心配で心配で、そのために泣いてしまいます。
そして、悲しみの原因をつくった自分のことが嫌になるのです。本当は心がずたずたで自分のために泣きたいのに、それをすることすら罪悪感を抱きます。
家族も辛いのは、わかります。けれども、その子にとっては家族が、すべてなのです。
お願いですから、その子の前で泣かないでください。
それに続く「告知」のページも、ぜひみなさんに読んでおいていただきたい一節です。
これまでも吉田友子先生のお話しなど、専門家の立場から家族に寄り添った告知の話などはお聴きする機会があったのですが、ここではまさに告知を受ける本人の側からの“願い”が詰まっています。
東田君は「文字盤ポインティング」という手法に出会い、コミュニケーション手段を見つけたわけですが、同じように会話のできない、重度の知的障害と思われている子ども達の中にも、同様の世界が広がっているのかもしれません。
今はまだその表現手段を手にしていないだけで、わが子たちも告知について同じ “願い” を持っているかもしれないという、 “想像力” は告知する側も持っておいていただきたいと願います。
それから最後に「障害は誰のせいでもない」そして「私たちはあなたを決して見捨てないし、あなたが成長するのを応援し続ける」と約束してあげてください。
真剣に心を込めて言ってください。子供は、聞いていないような態度をとるかもしれません。でも、聞いていると信じて伝えてください。きっと伝わると思います。
親が告知するのは、子供の人生に責任をもつ宣言だと思います。一生子供の面倒をみるということではありません。しかし、何らかの手立てをしないと、自立するのは難しいことがはっきりしたのです。告知は、親が子供の自立のために、これから一緒に頑張っていこうと言ってくれる誓いであってほしいと願っています。
告知されたあと、子供がどんな気持ちで、その後の人生を送らなければいけないのかを心配するより、親としてこれからどのような態度で子供と接するのかを気にしてもらいたいです。
告知が、お互いにとって良かったと思えたら、それは理想的な告知ではないでしょうか。
今では、東田直樹氏、22歳になられ、北海道から沖縄まで全国各地で講演会を開催されているそうです。
中でも事前打ち合わせなしの「質疑応答がすばらしい」と言われることが多いそうなので(「跳びはねる思考」2014.9より)、機会があれば岡山でもぜひお話をお聴きし、質疑応答をお願いしたいですね。
(「育てる会会報 197号 」 2014.9 より)
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目次
第1章 自閉症という僕の個性
混沌
1.話したいのに話せない
いらない
オウム返し
使える言葉
声
困難
勝手なこと
言葉のキャッチボール
同じ質問
2.制御不能な身体
クレーン現象
確認
バイバイ
笑い
道
眠い
買い物
寒さ
飲みもの
3.記憶とこだわりと気持ちの折り合い
記憶の混乱
注意されたことを忘れる
診察
メニュー
割れているクッキー
スケジュール
時間をずらす
休日
外食
第2章 振り返って思うこと
コンプレックス
1.学び
絵本
ごほうび
勉強
走る
キャッチボール
英語
2.幼稚園・学校
苦しみ
味方
並ぶこと
鏡文字
綱引き
玉入れ
合唱
本番
友達
ふたりの僕
3.家族
お菓子食べるよ
プレゼントを開けない
母の日
パン焼き係さん
悩み
混乱
姉の成人式
幸せだと思う瞬間
告知
第3章 生きやすくなるために
ヒーロー
1.わかってほしい
心が揺れる
できない気持ち
失敗
褒めること
理由まで決めつけないで
待つ
ここ
泣くことを受け止める
好きだという気持ちを伝える
2.支援
迷い
選択
危険
叱られる
頭を叩く
具合の悪い時
笑顔
服を噛む
パニック
反応
自然体でいてほしい
第4章 「自閉症だから」じゃない
秋晴れ
1.心地いい時間
桜
川
水たまり
テレビ欄
パズル
エレベーターの扉
2.独自の世界観
思考
障害者は純粋か
自問自答
水の中
小さい子
空気を読む
通じる
3.毎日をやり過ごす
空は人の心を映す
最先端の人間
カッパ
ハト
小さな花
詩 どん底からの脱却
あとがき