ゴトウサンパチ:著 明石書店 定価:1600円+税(2011.6)
私のお薦め度:★★★★☆
以前、会報で紹介した「どろだんご 」の著者の瑠璃真依子さんは中学校の先生を経験されていましたが、今回紹介する“ゴトウサンパチ”さんは今も現役の高校の先生です。
副題に「現役教師の僕が見つけた幸せの法則」とあるように、大学農学部を卒業され、農業高校で実習助手の教職員として勤務されています。家庭では二男二女の父親として、勤務先の学校ではアスペルガー症候群であることを“堂々と”カミングアウトして働かれているそうです。
もっとも教育現場とはいえ、農業高校という職場では発達障害に対する理解はまだまだのようでいまだに意気消沈する日々が続いているようです。
「僕もアスペルガー症候群らしいのです」と言ってまわった。すると
「だから何?」
「あなたは気持ちが楽になるかもしれないけど、そう言われた私たちにとってはストレスなんだ」
「アスペだからって、あなたは先生なんだから、仕事は今まで通りしていただかないと困る」
「そんなことを知ったからって、今まで通りに接するからね」などなど
それでも、僕はカミングアウトしたことをまったく後悔していないんだ。
「出すぎた杭は打ちにくい」。これが僕の持論だ。僕も出すぎてしまえばいいだけなのだから。
一方で、こんなにユニークな立場にある先生で、しかも当事者としての講演は貴重な話ですので、今は芋づる式に講演依頼が増えてきて、しかもそのほとんどは官公庁からの依頼だそうです。同じ公務員として働いている学校の中では、障害を隠すようにと言われているのですから皮肉なお話ですね。
さて本書の紹介に戻ると、その構成は「怪獣サンパチ生まれる」の章から始まって、これまでの著者の人生が綴られています。
多くの成人当事者の方と同様、幼少期にはまだアスペルガー症候群という言葉すら知られていなくて(1971年生まれ、現在41歳)、変わった子、困った子と捉えられ、まさに怪獣サンパチだったわけですね。中でも積極奇異型の筆者の周りでは常に突然の嵐が吹き荒れることになります。
ある日、いつもの時間に下校して自宅玄関を開けようとすると、鍵がかかっていた。なぜだろう。いつもなら牛乳瓶のケースの下に鍵を隠してあるのに、その日はなかった。
「くっそ!」 その瞬間切れてしまった。家を一周し、鍵のかかっていない窓を探した。でもどこも閉まっていてはいれない。そういう時の不安感を自分で抑えることなんて不可能だった。
僕は立てかけてあったバットを持って、思いっきり玄関のガラスを割った。ガラスは意外にもろいもの。一振りでしっかり割れた。その瞬間とても安心した。これで家に入れる。
その後、帰ってきた両親との修羅場の展開は、みなさんの予想通りです。
今なら、障害についての理解も進み、決して悪気があったわけではなく、どうしたらいいかという方法や、感情コントロールのやり方を教えてもらっていなかったためだと分かりますね。それだけ、今の子どもたちや家族は、当時に比べて恵まれているように思います。
そして、大学、市職員、学校と苦労を重ねながら、たどり着いたのが「発達障害」という言葉だったわけです。
岡山でも多くの当事者の方が困られているように、まだ日本では成人の発達障害を診断してくれる医療機関は少なく、筆者もたくさんの病院で門前払いを受けたあと、ようやく思春期外来で現在の主治医に巡りあうことができました。
「こんなに有意差があれば、今まで生きづらかったでしょう」
能力の差に加え、独特の感性、独特の思考やこだわり。
発達障害は劣っているのではなく、ただ違っているだけ・・・
それが生きづらさなのでしょうね。
本書を読んで、その違いを少しでも多く、発達障害を持たない人にもわかってほしい、感じてほしいと願います。
発達障害だから許してほしいということでは決してないんだ。しかし、発達障害者だと知ったおかげで、もう一度やり直したい、改善策を見つけたい、そんなポジティブな考えができるようになってきている。
発達障害者だったから、良かったこともあるかもしれないじゃないか。自分の良さを認めてもいいんじゃないだろうか。発達障害者だって胸を張って生きてもいいんじゃないか。
そんな風に考えるようになった時、妻は僕にこう言った。
「あなたは今までたくさんの人を困らせてきたのよね。それじゃあ、罪ほろぼししたらどう?」
「そっかぁ・・・・・・わかった」
こうしてゴトウサンパチさんは、“罪ほろぼし”のため、発達障害の理解のために当事者として、本書を執筆され、各地で講演活動も続けておられます。
また機会があれば、岡山にもお呼びしてお話を伺いたいですね。
(「育てる会会報 177号
」より 2013.2)
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目次
はじめに
第1章 怪獣サンパチ生まれる
母のお腹がお気に入り ・・・・・ 誕生
クラス一の力持ち ・・・・・ 幼少期
保育園での様子
消えないトラウマ
こっちを見ないで
新居と台風
一人ぼっちの特権 ・・・・・ 小学生時代
一、二年生
パニック
心は乙女
音楽との出会い
入院生活
プチ不登校
テレビが先生
習いごと
三、四年生
初めてのつまずき
先生なんて大嫌い
しなきゃいけない症候群
死との対面
将来の夢
五、六年生
そんな僕の勉強法
秘密基地
親友と彼女
おねしょの恐怖
第2章 愛とPOCKと暴力のはざまで
ドラマのようなわが母校 ・・・・・ 中学生時代
恐怖の部活
バンド結成
女たらし
校内暴力
口は災いのもと
竹馬之友
いじめの恐怖
完璧主義
若すぎる胃潰瘍
進路変更
成績不振
傘立てに座りながら ・・・・・ 高校生時代
農業高校
協調性
僕の居場所
些細な衝動
思い込み
研修旅行
強運
生徒会長
さらば父よ。さらば母よ ・・・・・ 大学生時代
旅立ち
第二の故郷と今田さん
アルバイト
運転免許
ボヘミヤン
自炊のこだわり
キャンパスライフ
グループ制作
サークル
研究室
第3章 就職するなら公務員
Jターン
就職
採用試験
設計という仕事
職員研修
勘違い
転職だー!
Uターン
実習助手という仕事
想定外
ややこしい存在
農業教員への志
ビジネス感覚
ジレンマ
友情
初めての異動
錯覚
時と場合?
挫折は想定外
監督業
フラッシュバック
焦り
恨みやねたみと不信感
希望の光
運命的な出会い
特別支援教育
診断
支援者への道
罪ほろぼし
カミングアウト
講演活動
四つのお願い
当事者だというリスク
第4章 僕は転んでもただじゃ起きない
攻撃は最大の防御
兆し
エネルギー
リベンジ
うつの姿
子どもたちの声
SSRI
うつを治すぞ
第5章 拾う神々に守られて
五人の味方
妻との出会い
育児休業
僕の担当
僕の子育て
身だしなみ
抑えられないこの気持ち
迷い子
両親への想い
家族のきずな
おわりに
三つの「期待」 ― 解説にかえて ・・・ 国立特別支援教育総合研究所 柘植 雅義