門野 晴子:著 十月舎:発行 星雲社:発売 定価:1800円+税 (2009.3)
私のお薦め度:★★★★☆
以前、会報61号で紹介した「おばあちゃんの孫育ち ~孫は自閉症だった~ 」や、「星の国から孫ふたり ~バークレーで育つ「自閉症」児~」などを書かれたノンフィクション作家、門野晴子さんの“子育て”ならぬ“孫育て”エッセイです。
門野さんは、先日、岡山で著書「星の国から孫ふたり」を原作とした同名の映画が上映されたとき(育てる会でも書籍の販売協力をさせていただきました)、講演をいていただいたので、お聴きになられた方もいらっしゃると思います。
さて本書に戻って、その内容ですが、国際結婚してバークレーで暮らす娘さんの一家を訪れ(年に3回、2ヶ月ずつ・・・ですから、年の半分はアメリカ暮らしですね)、“星の王子さまと姫さま”エリックとジェニファーが引き起こす数々のドラマと、それを見守る周りの温かな人々の様子が綴られています。
フォト・エッセイと名づけられているとおり、秋元良平カメラマンによる写真も豊富で、本当に愛らしい二人の様子がとらえられています。以前には、自閉症の特性の一つに「天使のような可愛らしさ」が挙げられることがありましたが、改めてそれを実感させられるような表情が写しとられています。
本書の印象を一言でいうと、自閉症児の子育ての楽しさ、というところでしょうか。もちろん、一筋縄ではいかない子どもたちです。いろいろやってくれます。時にはババ(筆者)とマミー、キレちゃうこともあります。
この寒空に大丈夫かと庭に出ると、固く縛ったはずの水道栓を開けたジェニーが泥んこ三昧で、全裸をまっ黒に塗りたくっていた。ギャーと言うババの声に振り向いた顔もまっ黒で、目だけがギョロついた野生のジェニファーといったところ。
バケツにお湯を入れて泥を落せるだけ落そうとしたが、マミーとふたりがかりで洗っても髪にこびりついた泥は取れない。カリフォルニアの冬は暖かいといっても、サンフランシスコ湾から吹き上げる風は身を切るように冷たい。風邪を引いたら大変と風呂に運び、バスタブの湯を何回も取り替えて洗ったら、泥んこ全身美容の姫さまはピカピカに美しくなった。
最後のお湯にジェニーを入れて、私は着替えを急いで用意する。バスタオルを持って姫さまを迎えに行くと、なんと今度は風呂の湯をバスルームにまいて水浸し。
バスタブの中にトイレットペーパーを入れてドロドロの湯にも。次々とやってくれるよなあ。
「ジェニファー、もう勘弁ならん!」
ピンクのお尻をピンピンと叩くと、ジェニーが「いたいーっ」と日本語で反応。
それを見ていたマミーも、バスルームの惨状にアタマにきて追い打ちをかけるように言った。
「ビシッと言ってやらなきゃあかんよ」
するとジェニーが言ったもんだ。
「ビシッ」
ホント、笑ってしまいますね。私たちの経験でも、後から思い出すと、笑ってしまうようなエピソードをいっぱい作ってくれる子どもたちです。
本書の素晴らしいところは、それをリアルタイムで、家族中で楽しんでいるところでしょう。ともすればキレたり、ヘコんだりする自閉症の子育ての中で、今を楽しむ心の余裕の大切さを感じるためにもお薦めしたい本だと思います。
またそれとは別に、本書で感じたのが、アメリカでの人権意識の高さ、子どもを主体にとらえることが当たりとなっている社会での、自閉症児や家族の暮らしやすさですね。
エリックがババとの遠出の散歩中、突然迷子になって、あわてて施設の受付でヘルプ・ミー、「彼はオーティスティックなの」と言ったとたん、ガードマンの顔つきが変わり、近くの警官にも連絡して、そこから離れた博物館の庭で探し出してくれたそうです。
私が胸が一杯になったのは、エリックを中心に半径4、5メートルの円を描くように、10人ほどのポリスやガードマンがさりげなく見守ってくれていたことだ。 名前は? 住所は? 電話は? 誰と来たの? などと「未知の、怖い」大人たちは彼に訊かず、それらしい男の子を見守っていてくれた。彼らはオーティズムの研修まで受けていたんだ、とこの社会の人権意識に、フトコロの深さにババはうなる。
「助けて」と未知の人に訴えることができない子を、訴えることができない障がいだと理解して見守るやさしさは一朝一夕では培えないと考えるからだ。
孫の温かい手を握って歩く幸せの足の下に、大勢の人々の長い闘いと血が流れた「アメリカの民主主義」を感じた日ではある。
早く、日本でもそんな日がくるといいですね。まだまだ誤解や偏見と戦い、親たちが理解を求めて訴えていかねばならない日々が続きそうです。でも考えてみると、アメリカってそんなに弱者に優しいだけの国ではありませんね。国民皆保険制度がまだ難しいように、開拓者時代から自己責任が唱えられ、アメリカン・ドリームの陰では貧困や人種差別の問題も依然根深いものもある国です。
そんなアメリカでできていることなら、礼節を重んじるとされる日本であれば、きっと追いつけるはずですね。頑張りましょう。
もっとも、「ワガババ介護日記」や「寝たきり婆あ猛語録」などの著者でもある、反骨精神旺盛な門野さんは書かれています。
エリックが小学校に上がってからのIEP(個人教育計画)で、毎年のように普通学級を勧められる。エリック専用のエイド(補助員)をつけるから普通学級で学ぶほうが彼にはいい、と。
こう言われると喜ぶ親もいるけれど、私たち家族は子どもに合った環境・療育方法を考えると、スペシャル・エデュケーションで学ぶ権利を手放してなるものか、という考えだ。
このババがもっとミもフタもない言いかたをすれば、ふつうや人並みになんかしたくない。せっかくスペシャルないのちに生まれてきたんだから、スペシャル・エデュケーションで心地よく育ってほしい。ある意味で、“ふつう” ほどしんどいものはない ―。
日本に本当の意味で障害者の権利が根付かないのは、これとは逆に「普通が一番」「人と違うのはよくないこと」という思いこみが、社会にも、親の中にもあるためかもしれませんね。そのため、今でも「普通に近づける」ことが障害児教育と思って努力する風潮があるように思えてなりません。
まずは「みんな違って、みんないい」「違っている≠間違っている」と、違っていることを肯定することからはじめ、「そのままでいいんだよ」と将来にわたって認めてあげることが大切なのでしょう。
例えばエリックのIEPは、集まった専門家のエリックへの褒め合戦で終始するそうです。
「あんなこともできる」「こんなこともできる」「じゃあ、こんなとこをもっと伸ばそう」
それが本来のIEPかもしれないですね。
なにをやっても叱られない。なにをやっても褒められる。
マイナスは視点を変えればプラスだと身をもって示す専門家たちがうれしい。
専門家の承認は、子育ての不安に揺れる家族にとって精神安定剤のようなものだ。
まあ、そんなに深読みはしないでも、本書を読んで自閉症児の子育て、孫育ては結構楽しいものだと思ってもらえたら、ある意味それで十分と思え、本書をお薦めします。
それでは最後に門野さんがアメリカで見たというテレビコマーシャルの紹介です。
どう解釈するかはお任せですが、さすがにアメリカという洒落たセンスを感じました。どこかで使いたくなるようなフレーズです。
「2万3千人に1人の子どもが交通事故に遭います。オーティズム(自閉症)は166人に1人です」
「ブロードウェイのショーに、毎年オーディションを受けた1万1千人の子どものうち、1人が出ています。オーティズムは166人に1人です」
(なお、本書は少しマイナー(失礼<m(__)m>)な出版社から発刊ですので、一般の書店にはあまり並んでいないかもしれません。育てる会事務局には在庫を用意していますので連絡してください)
(「育てる会 会報 156号」 2011.4)
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目次
はじめに
私の孫はエイリアン
グルメ・オブ・北斎
褒めまくり
オトコマエ
ひいババの「遺産」
エイリアン“脱走”騒ぎ
歌わないで!
IEP(個人教育計画)は褒め合戦
おばあちゃん子は三文安い
ザッツ・エンターティーンメント
野生のジェニファー
Erik & Jennifer 2007 Graffiti
タイガードラマ
エリックの初恋
イケメン好きDNA
そして、ジェニーがしゃべった
真夏の寒い冬
来すぎ! 食べすぎ! 遊びすぎ!
“天才”はつくられる
次はコート(法廷)で会いましょう
教師が輝くとき
少し長いあとがき