岡田 尊司:著 幻冬舎新書 定価:800円+税 (2009年9月)
私のお薦め度:★★★★☆
最近、自閉症やアスペルガー症候群について、子ども向けや初めての方向けのイラストの豊富な解説本を目にすることが多くなってきましたが、幻冬舎より新書版として発行された本書は、一般の大人の方向けの“知識”としてのアスペルガー症候群についての解説書と言えるでしょう。
本書の特徴的なところの一つは、アスペルガー症候群を障害としてのみ捉えるのではなく、その特性の人類の進歩に果たしてきた価値を積極的に認めるという視点にあるように思えました。
ある意味、アスペルガー症候群の遺伝形質は、強く集中しすぎると障害となるが、ほどよくあると、むしろ非常に強みを発揮する才能や特性となるということである。
社会性の乏しさや固執性といった、一見、生存や子孫繁栄に不利な形質が、別の局面では、種の繁栄に役立ってきたからこそ、これらの遺伝的特性が、人類の遺伝子プール(種が全体として保持している遺伝子)に保存されてきたと考えられる。
そうした例として、よく話題にされるビル・ゲイツやエジソン、アインシュタインだけでなく、他にもアスペルガー的タイプとして、ダーウィン、ジョージ・ルーカス、チャーチル、グラハム・ベル、本居宣長、宮沢賢治、最近ではノーベル賞を受賞された益川敏英博士・・・ 、など内外の著名人のエピソードを挙げて解説されています(敬称略)。確かにこうしてみると、アスペルガー的遺伝形質の人類への貢献度は大きいですね (^_^)
また、本書の中では、最新のいろんな仮説や考え方が紹介されています。
「ミラーニューロン仮説」や「超男性脳仮説」「環境ホルモン仮説」「ウィルス感染説」「ワクチン説」「重金属説」などなど・・
もちろん、結論にはいたっているわけではありませんが、最近よく耳にすることも多い話題だけに、必要以上にまどわされないためにも、一応の知識として知っておいてもいいと思います。
中には、これはちょっと・・・と異を唱えるような記述もありますが・・・
実際、幼い頃からビデオやテレビを長時間見ていた子で自閉症類似の状態が見られ、視聴を控えると症状が改善したという報告もある。どんな子どもも、人と滅多に顔を合わさず、表情のないロボットや画面に囲まれて育てば、間違いなくアスペルガー症候群になるだろう。
これなどは、出所は川崎医大のK元教授あたりからの報告かもしれませんが、前文の「自閉症類似の状態」と同じく、「アスペルガー症候群になる」ではなく、「アスペルガー症候群と似た症状を示すようになる」あるいは「アスペルガー症候群の症状を重くするおそれがある」ぐらいにしてほしかったですね。
また、「超男性脳仮説」の中では、人指し指と薬指の長さの違いについて「Eタイプ(共感タイプ:女性に多い)の人では、両者の長さがほとんど同じであるのに対し、Sタイプ(システムタイプ:男性に多い)の人では、人差し指の長さが薬指に比べてはっきり短い傾向があり、自閉症の人では、さらに短い傾向を示す」
ホンマかいな、と思いながら、哲平の指を見比べてしまいました (^_^;)
筆者の岡田氏、実は精神科医としてだけでなく、「小笠原 慧」のペンネームで横溝正史賞を受賞した「DZ」の作者でもあります。さすがに文章は読み手を意識した、とてもわかりやすい表現になっていますので、初めてアスペルガー症候群について読まれる方でも、最後まで読み通せると思いますし、この障害についての理解をすすめることができると思います。
その中でも、筆者が「子ども時代に見につける大切なこと」の一文などは、多少抽象的とはいえ、忘れてはならないことだと思います。本書の中でも、くり返しエジソンのお母さんの例を挙げ、アスペルガー症候群の子どもに必要なこと、その力を伸ばしていくために親のできる支援について述べられています。
それでは、最後にその箇所を紹介します。
学習的な課題は、ごく一部に過ぎない。もっと大きな意味で、人間として生きる上に必要な力を身につけ、本人が大人になったときに、自立して世渡りしていけるようになることが、本来の目的である。
勉強や成績といった目先の目的に注意を奪われ、偏った教育を施さないように心がけたい。学校時代は成績優秀で、いい大学を出たが、まったく社会に適応できなかったという無惨な結果になっては意味がない。
親がその子のために与えることのできる最上の贈り物は、安心感と自己肯定感である。この二つを授けられた子どもは、多少の逆境に出会おうと、方法を模索しながら、わが道を切り開いていく。苦しい状況に置かれても、自分を追い詰めすぎず、希望を保ち、一歩一歩進んでいける。少々生き方が不器用だろうと、世渡りが下手だろうと、自分を信じ、自分が進んでいる道を肯定できれば、やがてその人は、自分にふさわしい生き方にたどりつく。
不器用で飾り気のない純粋さゆえに、その価値はいったん認められれば、揺らぐことはない。
これは、アスペルガー症候群に限らず、現在、京都医療少年院に勤務されている筆者からの、若者とその親に向けてのメッセージに感じられました。
「安心感と自己肯定感」 子育てにおいて、忘れないようにしなければいけない支援だと思います。
(2009年11月)
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目次
はじめに - アスペルガーを抜きにして現代は語れない
身近に増え続けるアスペルガー症候群とは
現代の寵児にして問題児 ~ その分岐点となるのは何か
第1章 アスペルガー症候群とはどんなものか
第1節 ハンス・アスペルガーが出会った子どもたち
奇妙な子どもたちの出現
「大人のように話す」少年
「アスペルガー症候群」の誕生とその後
デメリットばかりではない優れた可能性
第2節 ケースは語る
三つのタイプより
(1)積極奇異型
(2)受動型
(3)孤立型
対人関係が不器用で、強いこだわりをもつ
第2章 アスペルガー症候群の症状はどのようなものか
三つの大きな症状とは
第1節 社会性の障害
体や心が共鳴しにくい
人との親密な関係が育まれにくい
相手の視点で考えられない
「心で感じる」ことが難しい
顔や表情を見分けられない
周囲の感情に無頓着である
第2節 コミュニケーションの障害
言語能力は優れていてもコミュニケーションに難あり
コミュニケーションが一方通行である
感情が言葉にならない
難しいことはよく知っているが、日常的な会話は苦手である
ごっこ遊びが苦手で、言葉を文字通りに受け取る
第3節 反復的行動と狭い興味 - 一つのことに囚われ続ける
同じ行動パターンに固執する
狭い領域に深い興味をもつ
人より物への関心が強い
秩序やルールが大好き
細部に過剰にこだわり、優れた記憶力をもつ
第4節 その他の特性や伴いやすい問題とは
感覚が繊細である
動きがぎこちなく、運動が苦手な人が多い
端正な容貌と大きな頭をもつ
整理整頓が苦手で、段取りが悪い
癇癪やパニックを起こしやすい
夢想や空想にふける
小さい頃、「注意欠陥/多動性障害」と診断されることもある
不安やうつなどの精神的な問題を抱えやすい
自閉症とはどう違うのか
第3章 アスペルガー症候群を診断する
診断からすべての支援は始まる
第1節 いかに診断するのか
診断するのが難しい理由
診断するための四つの要件
より多くの人が当てはまる「特定不能の広汎性発達障害」とは
第2節 併用される検査とは
(1)知能検査からわかること
(2)AQ 自閉症スペクトラム指数が目安になる
第3節 診断に際して注意すること
早期診断と背中合わせの過剰診断
将来、診断名が変わることもある
さまざまな個性があることを理解する
第4章 アスペルガー症候群の脳で何が起きているのか
脳にどんな異常が起こっているのか
なぜ頭が大きくなるのか
社会脳の働きが低下している
注目を浴びているミラーニューロン仮説とは
不器用さは、なぜ起きるのか
セロトニンやGABAの異常が影響しているのか
Sタイプの脳と「超男性脳」仮説
脳のタイプが人差し指と薬指に現れる?
第5章 アスペルガー症候群が増えている原因は何か
遺伝的要因の関与が大きい
有病率の急増は何を意味するのか
「似たもの夫婦」仮説は本当か
注目される環境的要因の関与
いかなる環境的要因が考えられるのか
(1)胎児期男性ホルモン仮説と環境ホルモン
(2)オキシトシンと分娩誘発剤
(3)ウイルス感染説
(4)自己免疫説
(5)ワクチン説
(6)周産期合併症説
(7)鉛など重金属説
心理社会的要因も関係している
第6章 アスペルガー症候群と7つのパーソナリティ・タイプ
青年期から成人期に見られるタイプとは
1.他人に関心が乏しいシゾイドタイプ
2.傷つくことを恐れる回避性タイプ
3.発想豊かだが変わり者に見られるスキゾタイプ
4.細部にこだわる強迫性タイプ
5.自分が大好きな自己愛性タイプ
6.アイデンティティが揺れ動く境界性タイプ
7.思い込みに囚われる妄想性タイプ
第7章 アスペルガー症候群とうまく付き合う
第1節 枠組みをしっかり作り、ルールをはっきり示す
ルールや約束事を明確にし、一貫した対応を
ルールの矛盾に対する苛立ちにどう対応するか
暗黙のルールも、具体的に説明する
視覚的サインを用いる
第2節 過敏性に配慮する
何気ないことが不快に感じることも
本人の秩序をみだりにかき乱さない
第3節 本人の特性を活かす
本人の特性にあった役割を与える
マルチタスクよりも、一つの分野で勝負
こだわりの部分と正面衝突しない
第4節 弱い部分を上手にフォローする
時間の管理が下手
助けを求めるのが苦手である
技術的に優れていても、マネージメントは不得手
統合能力の弱さは明白な指示で補う
第5節 トラブルを力に変える
メリハリのある対応が大事である
第8章 学校や家庭で、学力と自立能力を伸ばすには
子ども時代に身につける大切なこと
第1節 日常生活の問題にどう対処するか
「普通」を押しつけず、その子のいい所探しをする
厳格になり過ぎず、自主性を尊重する
エジソンの母親はどう対処したのか
生活をスムーズにする工夫
宿題や用事をすぐやらせるには
ビル・ゲイツは、いかに育てられたか
働くことから学ぶ
勤勉さという宝物を身につけさせる
教えたり世話をしたりする機会を作る
第2節 勉強好きにするコツ
得意分野から広げていく
教えられるより、独学を好む
指導する側も柔軟性が問われる
やる気を出させるには
提出物が出せないのには理由がある
集中できる環境作りの工夫をしよう
このタイプに優しい勉強法
第3節 安心して学校生活を送らせるにはどうすればよいか
他の子どもから孤立させないようにする
特性にあった教育の必要性は高い
特別支援教育について
本人に適した教育を選ぶ
このタイプにとって、よき指導者とは
第9章 進路や職業、恋愛でどのように特性が活かせるのか
第1節 アスペルガー症候群の強みとなる特性とは
優れた部分を伸ばそう
(1)高い言語的能力がある
(2)優れた記憶力と豊富な知識がある
(3)視覚的処理能力が高い
(4)物への純粋な関心がある
(5)空想する能力がある
(6)秩序や規則を愛する
(7)強く揺るぎない信念をもつ
(8)持続する関心、情熱をもつ
(9)孤独や単調な生活に強い
(10)欲望や感情におぼれない
第2節 アスペルガー症候群の人に合った友情、恋愛、家庭生活
友達という財産を育む方法
愛情生活のタイプは二つに分かれる
本人の価値がわかる人と
第10章 アスペルガー症候群を改善する
早期からの適切な手当てがよい結果を生む
軽症のケースほど、適切な援助を受けにくい
1.ソーシャル・スキルズ・トレーニングは活用度が高い
対処法のレパートリーを増やす
2.言語療法を行い、会話のスキルを高める
3.行動を分析し、メッセージを読み取る
手軽にできる行動分析とは
感情のコントロールを高める
4.症状に応じて薬物療法を行う
5.作業療法やデイケアを行う
6.遊びを通して社会性を養う
7.一対一でカウンセリングを行う
8.家族を支える
おわりに - 適切な理解と支えが、可能性を広げる
参考文献